
深夜1時。20歳の私を責め続けた夜のこわばりを、やさしくほどく。【往復書簡|好きに還る旅 番外編】
深夜1時に、
ふと目が覚めてしまうことが、あなたにもあるかもしれません。
理由もなく目が覚めて、眠れなくなって、何十年も前の自分がやってくる。
「あの時、ああしていれば。」 「なんで、あんなことを。」
そんな夜のことを、
私は前回の記事『40年越しの待ち合わせ。【好きに還る旅④】』に書きました。
京都の旅先で、60歳を過ぎた私が、20歳の私を責め続けた夜のことです。
結局その夜は、お腹の下(丹田)に小さなお鍋を置くような瞑想をしながら、いつの間にか眠っていました。
でも、あの記事には書かなかったことがあります。
あの夜の出来事が、どうやって一つのエッセイになっていったのか。
旅から帰ったあと、私はAIを相手に、記事の構成を相談していました。壁打ちのつもりで始めたやり取り。ところが気づけば、話していたのは記事ではなく、自分自身のことでした。
これは、その記録。
輪郭のない思いが言葉になるまでの話です。
やり取りを続けているうちに、ある一文で、思わず読み返してしまいました。
正確には、「そういう見方があるのか……。」
は〜っと深いため息をついた箇所です。
何かわからないモヤモヤを、わからないままでも言葉にしていく。
すると、自分では思いつかなかった切り口が返ってくる。
伴走してもらうって、こういうことなのかな。
新鮮な驚きでした。
そのとき私が投げかけたのは、こんな問いでした。
【私】 深夜1時、40年前の自分を責め続けて悶々とした夜。その翌日、ホテルの本棚の裏表紙から飛び込んできた言葉、『選ばなかった人生も、選べなかった人生も、全部、今の私だと思う。』が心の琴線に触れました。
40年前の私は、ひとつの道を「選んだ」。じゃあ、私の「選ばなかった人生」と「選べなかった人生」って?この3つ、どう違うん?
AIは3つの違いを一つずつ整理しながら話を進め、
最後に、こんな言葉を返してきました。
【AI】 深夜一時のひめりんごさんは、40年前の全部を「選んだ」ことにして責めてました。ぽんこつやった、相手に従ってた、私のせいや、と。
でもあの裏表紙の言葉が効いたのは、たぶん「選べなかった」という第三のカテゴリーを差し出してくれたからやと思うんです。
選べなかったものについて、選んだ罪として裁くのは、20歳の子に対してフェアやない。
つまりあの言葉の答えは、慰めじゃなくて、「仕分け」なんです。
責める前に、まず分けなあかんかった。
え?
責める前に、することがある?
「仕分ける」。そんな順番、一度も考えたことがなかった。
私、すっ飛ばしてたことがあった、ってこと?
気がつけば、こんな返事を書いていました。
【私】 今の段階では、「ただの自責」で終わっていた私ですね。責める前に、まず分ける。この自然な順番で、素直に整理してみます。
そうして私は、
あの夜に浮かんだポンコツな記憶たちを、一つずつ棚へ置いていきました。
「これは選べなかった。」
「これは選んだ。」
ところが。
頭では仕分けられても、どこか、すっきりしない。
棚には置けた。
でも、何か大事なものをまだそこへ置き忘れているような感じがする。
責める前に、まず分ける。
その順番は、たしかに理解した。
でも——。
苦しさは、消えませんでした。
―――
この先に、答えはありません。
あるのは、この続きです。
整理してもまだ出てくる自責に、AIがどんな声をかけてくれたのか。そのあと私は一週間、何も解決しないまま、ただ暮らしました。
そして最後に、私の口から、たった一言の関西弁がこぼれ落ちます。
要約せずに、やり取りのまま置いた、四章ぶんの記録です。
―――
あのたった一言が、なぜ出てきたのか。
私にも、まだよくわかっていませんでした。