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移民になって感じた世界④|「外国人」が仲間になるまで

    前回まで、デンマークの「移民・難民のための教育準備コース(FIF kursus)」での経験と、移民になって感じた世界について書いてきた。
    ただ、「移民」については、デンマーク生活1年目を過ごした全寮制学校、フォルケホイスコーレでも考えたことがある。
    私が半年ずつ過ごした、2校のフォルケホイスコーレでの出来事について書きたいと思う。


    留学生募集をやめたワケ

    私の2校目のフォルケホイスコーレは美しい島にあり、ある時、別の学校の生徒と先生たちが修学旅行で泊まりに来たことがあった。

    首都コペンハーゲンにあるその学校は、数年前まで多くの日本人が留学先に選んでいた有名校。
    しかし、ある年から留学生の受け入れを中止した。

    ランチの時、その学校の先生と席が隣になったので、理由を尋ねてみた。

    先生の話を要約するとこうだ。

    日本人留学生の中には英語があまり得意でない人もいたが、彼らは話がわからなくてもわかったふりをする。
    水難事故の危険があるカヤックの授業でも、説明を理解できていないのに「大丈夫」と言った生徒がおり、危険な目にあった。
    それをきっかけに、留学生の受け入れをやめることにした。

    言いたいことはわかる。

    ただ、その話を聞きながら、私は社会の移民政策の縮図を見ているような気がした。


    なぜ留学生を受け入れるのか?

    フォルケホイスコーレには、デンマーク人もお金を払って滞在しているが、一定の補助金が国から出されている。
    そしてその恩恵は留学生も受けている。

    それは、「留学生の存在がデンマーク人生徒たちにとっても意味がある」と国が考えているからだと聞いたことがある。

    実際、私たちの存在をとおして「移民との関係」を考えてくれた人もいたように思う。

    2校目の学校では特に、私たちは「外国人」としてというよりも、「同じ場所で暮らす仲間」として過ごしていた分、そう強く感じることがあった。

    そこでは、友達や先生が私たち外国人留学生の立場や文化を考えて、日常的に助けてくれていた。
    私たちが日本の歌やダンスを紹介し、それを他の人たちが楽しんでくれたことも。
    (『残酷な天使のテーゼ』が人気だった。)

    いつもまわりの人たちのあたたかさや思いやりを感じていた。

    そうやって一緒に暮らしていても、異国での暮らしに孤独やストレスを感じることもある。
    一人の留学生がそのことをポツリと語ったのを聞いて、デンマーク人生徒たちは会議を開き、どうすれば留学生にとっても居心地よい場所になるかを話し合ってくれていた。

    私たちが困っていることを伝えられたのは、「わからなければ相談しよう」と思える空気感があったから。

    そして、まわりが「理解しよう」としてくれたのは、同じ場所で暮らし、時間を共にする仲間だと思ってくれていたからだと思う。

    お互いに伝える・受け止める関係が築かれた場所では、違いがあっても生きていける。
    私たちも、そうした文化をつくる一員だった。


    居心地よい学校・社会とは?

    正直、助けてもらってばかりだった。
    ただ、誰かにとって居心地のよい場所は、他の誰かにとってもそうなることがある。

    人との関係を損得で測らず、あたたかく見守り合える世界はつくれると思う。
    そう思えるのは、あの半年があったからだ。

    だからこそ、前述の学校が留学生の受け入れをやめたこと、その理由が言語によるコミュニケーション不足だったことが、残念に思えてならなかった。

    とはいえ、留学生も、受け入れる側も、どちらも手探りなのだと思う。


    留学生側の姿勢

    身をもって感じたのは、「誰もが誰でも受け入れてくれるわけではない」ということ。
    私たち留学生側がどのように人と関係を築き、コミュニティと関わっていくかが、受け入れる側の気持ちを変えることもあるからだ。

    2校目の学校では、「外国人」としてではなく、「一緒に暮らす仲間」として受け入れてもらえたと感じている。
    一方で、最初の学校では日本人だけで集まってしまうことも多かった。

    時々、デンマークの中にある日本人街で暮らしているかのような気持ちになることもあった。
    卒業が近づいた頃でさえ、デンマーク人生徒から名前ではなく「日本人」と呼ばれたこともある。

    悪意があったわけではない。
    でも、少し寂しかった。

    同じ学校で暮らしていても、関わらなければ私は一人の人間ではなく、「日本人」という集団のままだった。


    多文化共生とは?

    留学生にとっても、現地の学生にとっても、みんなが心地よく暮らせる場所をつくろうとしながら過ごした時間は貴重だったと思う。

    もちろん違いはあるけれど、それがまた面白い。
    そうやって、目の前の相手を知ろうとすること。
    小さな違いを面白がれる関係を築くこと。

    そんな日常って、愛しい。

    移民になって感じた世界は、どこにいても忘れたくない、人とのつながり方を教えてくれた。

    ▶︎前述の「移民・難民のための教育準備コース(FIF kursus)」のことは、以下noteにもまとめています。


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    海外生活や一人旅に「homeとは何か」を求めた3年間の記録。今は、書きながら内側のhomeを育てている途中。猫が好き🐱 会社員▶︎小学校教員▶︎フォルケホイスコーレ▶︎デンマークで大学生▶︎旅人▶︎キャリアチェンジに挑戦中

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