
器用貧乏から、器用富豪へ。
僕の職能が「前提をつくり直す役割」になった理由
肩書きより、
持ち歩ける職能のほうが人を助けると思っている。
デザイナーから事業部長まで、
いろんな役割を経験してきたけど、
最初から「前提を扱う人」になろうなんて、
まったく思っていなかった。
ただ目の前のことを断らずにやり続け、
もがきながら、迷いながら、前に進むしかなかった。
その20年の蓄積の結果、
気づけば今の働き方にたどり着いていた。
多くのプロジェクトが止まる理由は、
未言語化そのものよりも、
古い前提のまま動いてしまっていることにある。
働き方、組織、判断基準、価値観。
時代は変わっているのに、
前提だけが昔のまま残っている。
僕が昔から苦手だった「既成概念」というやつ。
過去の成功体験や、変われない前提が、
小さな違和感を生み、
気づかないうちに前へ進む足を止めてしまう。
僕自身も、この違和感にずっと悩みながら働いてきた。
最初は、ただ「作ること」が楽しかった
キャリアの入り口はデザイナー。
構造も前提も、正直どうでもよかったし、
そもそも、そんなことも知らない若手時代。
自分の手で何かが形になり、
目の前の景色が変わる感覚が、ただ楽しかった。
依頼が来れば断らない。
興味があれば全部やる。
できるかどうかは後で考える。
その貪欲さと、ブルドーザー気質が、
僕をいろんな領域へ連れていった。
デザイン、空間、スポーツイベント、文化芸能、
イルミネーション、舞台進行、展示会、広告、
プロモーション、アート、デジタル、Web、映像、
自治体、地域、省庁、海外案件。
ティッシュ配りから国際会議まで。
転職で会社や役割も変えながら
全部、現場でやってきた。
30代前半。
何でもできるけど、何者でもない。
肩書きは増えるのに、自分の核が見えない。
正直、少し飽き性でもあった。
同じ環境にいると景色を変えたくなり、
転職や引っ越しを繰り返していた。
当時は言語化できなかったが、
役職や立場に自分を縛られたくない感覚だけは、
確かにあった。
いわゆる、器用貧乏のしんどさだと思う。
正直、
「それって何をする人なん?」
という状態からのスタートだった。
でも、分からなくても引き受ける。
曖昧でも前に出る。
チームの間に立つ。
そうやって現場に入り続けるうちに、
少しずつ自分の役割が見えてきた。
自分は「作る人」ではない。
作る人たちが、ちゃんと動ける状態をつくる側なんだと。
器用貧乏は、異常な場数と責任で化ける。
20年で、1000以上のプロジェクト(企画も含む)を
現場で動かしてきた。
ジャンルも規模もバラバラ。
成功も失敗も山ほどある。
ブラック企業という言葉がない時代では、
当たり前に若手は仕事なんか選べなかった、
業界にもよるが
広告・イベント業界にいると場数だけは化け物級と思う。
あれを肯定したくはないが、
結果的には積み重ねてきた全てが自分でもある。
でも、ある時から視点が変わった。
点で見ていた経験が、
勝手に線でつながり始めた。
横断的に理解できる。
判断が早くなる。
フォローできる引き出しの数。
詰まりそうな場所が、少し前に見える。
これは勉強では身につかない。
場数と、責任ある立場と、
失敗の積み重ねだけがつくる感覚だと思う。
器用貧乏だと思っていたものが、
気づけば最大の資産になっていた。
最初から
「この職能で行こう」と決めていたわけではない。
ただ、
前提がズレていると物事が進まない、
という場面に、何度も立ち会ってきただけだ。
何をやるかより、
なぜやるのか。
どこまで決めていて、何が決まっていないのか。
そこを整理し直すと、
驚くほどスムーズに動き出す。
気づけば自分は、
前提をつくり直す役割を引き受けるようになっていた。
AIは、職能を奪わずに拡張した。
AIが出てきて、
仕事が奪われる、という話もよく聞く。
でも、少なくとも自分の実感は逆だ。
企画、設計、資料づくり。
一定レベルまではAIが担ってくれる。
だからこそ人間に残るのは、
決断と推進。
前例が通用しない状況で、
限られた情報でも腹を括って決める力。
これは、経験とアンラーンの蓄積でしか育たない。
AIはそれを倍速にする装置であって、代替ではない。
器用貧乏は、若いうちは正直しんどい。
評価もされにくい。
遠回りに見える。
だが、
それを積み重ねた結果、
点は線になり、
線は構造になる。
これが、自分にとっての
Connecting the dots だった。
愚直に点を積むのをやめなければ、
ある瞬間に臨界点を超える。
時代に逆行するだろうが、強く言える事は
20代の若いうちは、金を払ってでも苦労した方がいい。
これは、普遍の真理やと思う。
(無駄で意味のない苦労ではない)
色々なところで言われ、当たり前の話でしかないが、
20代を死に物狂いで経験した事が(絶対に死ぬな)
30代で確実に基盤となり、更に広がっていく
それが40代以降で開花する。
絶対にそうなります、これは断言できる。
もっと優れてて20代で開花する人もいるが、
その稀に憂いていても仕方ない。
隣でもない、SNS上の芝を見るよりも、
他人と比べずに、自分と向き合うべき。
で、20代ガムシャラにしなかった場合は
それは、30代も何となくの人にしかならない、
そして40代になって、違和感ある人間が醸成され、
50代以上は。。。
本当にこれまで、限界までやり切ってきた人が
成長しないはずがない。
周りの歳が近く、仕事を回せてる人たちは
全員例外なく苦労をしてきてる。
20年弱かかったが
器用貧乏は器用富豪へと全く別のモノに化けた。
器用富豪に、辿りつくと
相談が来た瞬間に、
簡単な依頼であれば
一瞬でゴールと、
やる事、
やる手順が
見えてくる事がある。
だが、その感覚に
快楽や存在意義を
求めてはいけない。
その、おごり、慣れ
過去の成功体験からしか
導きだせなくなると
器用富豪は、
権力、立場に固執し
ただの老害に
ゆっくりと変わり果てていく。
常に
新しい意識と問い
自分が嫌う
既成概念そのものに
ならない為の
自分への戒めが
本当に大事だと思う。
具体的には
自分自身も事業も、サービスも
ライフサイクルカーブの意識を
持っておくこと。
絶対に波がある
それを理解し、受け入れる事。
1本の何かに縋ろうとせずに
何本もライフサイクルの種を生み出し続ける事で、
本当の意味の
器用富豪になると思う。
その領域に入る
今、スタートラインに立ったばかり。
このあと、
その職能をどこに置くか。
どんな場で使うか。
誰と育てていくか。
もしこの文章のどこか一行でも、
今の自分の点に引っかかるものがあれば。
それはもう、
線になり始めているサインかもしれない。