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プロベーション・レポート ~新入社員の四カ月~ 第五章10

    第五章 第十話「Melodic Storm」

    結論から言えば『今日のところは勝った』と言っていい。

    気さくなおばあちゃんは俺の話を真摯に聞いてくれたし、従業員の老後を犠牲にするようなやり方に本心から涙した。

    そして俺は知らなかったが、かつて前社長の時代は商社だったこと、何らかの行政処分が下って米一本に解体された後しばらくして前社長は突然亡くなったのだそうだ。

    「では社長が就任される際にこのような制度にする、もしくは以前からそうだったとしてこれを残すように進言された方はいらっしゃいますか?」

    「ええ、私も専務もなにぶん急な就任でしたので。会社の仕組み等については常務に一任していました。」

    まぁたおめぇかクソ親父!!
    一体なにをどんだけやらかしてんだ!!

    「専務も急だったんですか?」

    「ええ、専務とは言いますけど私の息子ですもの。」


    ・・・マジか。
    ぜんっぜん似てねぇじゃん。

    こんなお上品なマダムからあんな強面の、太った大倉孝二みたいな人が出てくるの?

    「あなたの勇気ある告発に感謝します。週明けにでもこの件についての緊急会議を開きますので、小林くんも会議に出ていただけますか?」

    へ?俺?

    と思って事務長を見ると、なんかさっきと変わらない表情で俺を凝視している。
    なんか喋れよ。
    ヤベェブツでもキメてんじゃねぇかこの人。


    ・・・まあ乗り掛かった船だし?
    なんも変わらんかったら意味ないし?
    じゃあ自分でやってみるかな、と思ってその要請を引き受けた。

    話がまとまり社長が帰った途端、事務長はなんか急にアホみたいにハイテンションになって、ピンパブ奢ってくれるって言い出した。
    まあ楽しいからいいけどね。

    役職者は全員招集するとのことだったので、取り急ぎ課長に連絡して、
    「退職金と年金が大事だと思うなら何でもいいから会議で協力しろ。」
    などという人質を取った悪役めいたムーブをかましておいた。

    翌週月曜、社長提案の緊急会議が開かれた。

    社長、専務、常務、炊飯部長、営業一課長、営業二課長、事務長、精米工場長、そして俺である。

    我ながらどうしてこんな面倒なことになったのかと自問してみたが、
    「こんな基本給の会社が悪い!」
    ぐらいの答えしか出てこなかったので、深く考えるのをやめた。


    結果的に今、目の前で繰り広げられているのは専務と常務によるおばあちゃんいじめであるのだがね。

    常務はいつも通りデケェ声で『これは必要な措置なのです!』とか騒ぐだけ。

    このおばあちゃんは思っていた以上にこの問題を重く受け止めてくれていて、営業二課と炊飯事業部の労働環境改善によるコスト低減効果にもきちんと言及して提案してくれているのに。

    財務担当とかいう専務くんは話をまともに聞く気すら無いように見える。

    おい、専務。
    あんたは社長の息子じゃないのか。


    でもまぁこのままじゃどうしようもない。

    「新人の立場で失礼かとは思いますが、発言の許可をいただきたいです。」

    「もちろんです。今回小林くんの提言がなければこの会議そのものがありませんでしたから。お願いします。」

    「社長、ありがとうございます。ではまず素朴な疑問をひとつよろしいですか?
    専務と常務は何故そこまで強気に社長の提案を否定しておられるのでしょうか?」

    専務と常務の顔が歪む。
    コワモテで売ってらっしゃる方は違いますなぁ。

    「社長の提案の本質は営業二課、炊飯事業部における業務改善による残業時間の削減と、給与明細上の基本給額が著しく低水準で計上されている問題の二つの改善についてです。
    残業時間が短くなれば固定残業代をここまで高く計上せずとも労基対策など必要なくなりますし、総支給を変えずに基本給額面を正常化することがそれほどまで財務に悪影響があることなのか?
    と、そこまでは私にはわかりかねますので仮にそれを実行したとして、財務影響のある部分というものをお伺いしたいのです。」

    ぐはぁ!サラリーマンごっこしんどい!
    もっと雑にまとめたい!
    金使わんくなったからちゃんとしよ!って!

    「それなら社会保険料への影響がある。具体的には健康保険と厚生年金保険料、退職金積立の金額が増えることになる。」

    そらそーよ。
    もらう側にも、だけどな。

    「具体的にはどれほどの影響があるのか、試算は出せますでしょうか?専務。」

    「私からもいいでしょうか?私は確かにあまり会社のことがわかるわけではありません。しかし、例えば炊飯工場が毎日早く終われば光熱費やパートさん方の人件費が節約できるのではないですか?」

    「私からも。えー炊飯事業部全体において、長時間労働が常態化していたことによりー、えー主にですねー、えー派遣社員及びパートアルバイトの人件費が問題となっておりました。
    えー先々週に着手いたしました業務改善計画において・・」

    なんて?業務改善計画?
    部長、まさかあのブートキャンプのこと?

    「業務改善前後の比較としての先週一週間のコストについては数字が出ております。ですので、これを仮に一月分の差として出すことは可能です。」

    「私からもよろしいですか?」

    「ええ。営業二課長よろしくお願いします。」

    「はい。こちらは試算までは出せませんが、営業二課の残業抑制が上手くいっており、明らかに各車両の走行距離に差が出ています。
    ですので燃料費、ひいては車両の買い替え頻度の低下が予測されます。」

    二課と炊飯はまあそうだろうねえ。
    じゃあお得意のどんぶり勘定でもぶちかましましょうかねぇ!

    「仮に残業そのものがゼロになったとして、そうなれば固定残業代が必要なくなりますよね?
    それを全て基本給に吸収させた場合の数字は比較的簡単に出せませんか?」

    「ふむ、そうは言っても具体的な金額の試算がなければなんとも。今日のところは持ち帰りという形で今後検討したい。」

    チッ・・・まぁ、これまでかなぁ。
    ここで保留されたら俺には打てる手なんかない。
    だから現場が死ぬんだー、なんて言ったところでどうにかなるもんでもない。


    「私はわかります。」


    え?

    「私は普段からこの額面の明細を全社員分作る、ということを大変苦々しく思っておりました。
    先ほどの小林くんの提言のような残業ゼロでの試算はありませんが、ごく一般的な給与のバランスを取ったものでよければすぐにでも用意があります。」

    ・・・この人は酔い潰れさえしなければ結構すごい人なんじゃないかと思った。

    ー次回ー 
    第五章 第十一話「会心の一撃」

    概要・目次はこちら

     
     
    元飲食業。 働く人たちの空気や、職場の歪みと妙な連帯感を書いています。 noteにて小説『プロベーション・レポート』連載中。 この度、作中企業である米崎ライス株式会社様より、外部広報のお仕事をいただきました。

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