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プロベーション・レポート ~新入社員の四カ月~ 第五章1

    第五章 
    第一話「YUMEGIWA LAST BOY」

    ・・・・・・・
    長い・・・長すぎる・・・

    間も無く20時になろうかというのに終わる気配が無い。

    求人票によれば9〜18時のはずの仕事は『すまんが初日の出社は7時半で頼む』という電話があった時から暗雲バリバリ、期待と不安と不満で胸いっぱいのスタートとなった。


    ・・・のだが18時を過ぎても一向に会社に戻る気配もなく、まだ外回りをしているというね。

    20時過ぎぐらいに事務所へと戻り、元ラガーマンだという上司は労いの言葉と共に翌日の出社を6時と言い張り、俺を驚愕させた。

    こちとら5時就寝の生き物である、いやあった。
    長年の生活習慣により、もはや初出社という一大イベントを目前にしても3時ぐらいまで寝付けない。

    とはいえそんな文句を言っても仕方がないので、飲食に勤務していた時のマネージャー電話限定着信音を目覚ましにする、という必殺技を採用することにした。

    これにより寝坊の危機は解消された。
    問題は『きっと眠い』以外に無い。


    「一つ聞きたいんだが、5時に寝ていたというのはいつもなのか?」

    ・・・なんだって?当たり前じゃないか。
    このラガーマンは妙なことを聞く奴だな。

    「ええ、だいたいいつもでしたね。あ!でも一昨日ぐらいからはちゃんと起きてますよ!」

    まあ、まだ成功したのは今日が初なのだが。

    しかし朝の時点でもしや、とは思ったがどうやら間違いない。
    この人は俺たち相手に商売していながら俺たちのことを知らないのだ。

    だから12時とかに飛び込みに来るし18時とかに平気で電話してくるのか!と当時を思い出して腹が立ったが、今この人にその怒りをぶつけても仕方がない。

    「お疲れ様です!お先に失礼します!」

    事務所に戻り、荷物をまとめていると突然肩を叩かれた。
    振り返ると俺を面接した常務とかいう男が立っていたので、とりあえずの挨拶をしておいた。

    が、なにやら俺に用があるらしい。

    「いやぁどうだったかな小林くん。ここは君のいたような温いところと違って厳しいぞ!あとあれだな、うちはみんなが帰れるようになるまで誰も帰らないという文化がある。君も早く馴染んでくれよ!」

    肩をバシバシ!と叩かれた。


    ・・・正直なところ今にもキレそうである。
    課長は知らなかっただけだからまだいいが、こいつは今、確実に飲食を馬鹿にしたな?

    俺のルーツを馬鹿にされたことにも腹が立ったし、なにより客を馬鹿にしている態度にも腹が立った。

    いや、正確には俺は今客ではないのだが『温いところ』なんて言葉が自然と出るのならこいつは客をナメている以外無い。

    どのように返事をしたのか覚えがないほどには頭に血が昇っているので、一階にある喫煙所に寄って帰ることにした。

    「あ!噂の新人さん!?おつかれさまー!」

    階段を降りたところでメガネが目に入った。
    うん、ザ・メガネくんだ。
    なんの変哲もない感じの。

    「お疲れ様です!小林です!」

    「い、いやそんなかしこまらないでよー!松本です。よろしくお願いします。」

    「よろしくお願いします!」

    「ところで今日は課長と一緒だったんだっけ?」

    「そうですね。今のところは課長について配送と新規の流れを見ていますね。」

    「それなら明日は火曜日だから、きっとお昼はとんかつ屋って言われるね!味噌カツで有名なチェーン店と老舗の二代目がやってる個人店で選べ、って言われると思う。」

    あーあのチェーン店ね、いい店はいい店なんだがいかんせん味が観光客向け過ぎる。

    「それなら老舗のとんかつ屋さんがいいですねぇ。」

    「お!君もそっち派?本当に美味しいんだよー!楽しみにしてて!」

    「ありがとうございます。ではお先に失礼します。」

    気のいいメガネくんだ。
    彼が同じ部署なのは結構助かるな、ああいう軽い感じの人はいてくれるだけで助かる。

    とはいえ18時終業の会社でまだほとんどの人が残っている様子なのだから、ここではこれが普通なのだろう。
    やってらんねぇ。

    結局21時になってしまったが、急いで自宅に帰ると電気は消えており、明日早番だと言っていた彼女はとっくに寝ていた。


    「・・・ごめんね。」


    あれから数日、直属の上司がどういう人か知りたかったから結構頑張って話を振ったし、メガネくんと、野村さんという俺好みのおやっさんと同行した・・・けどさぁ。


    ・・・こいつら休憩しすぎじゃね?

    待機時間だ、とは言ってたけど毎日3時間とか昼寝してるのは異常だろうよ。
    はよ終えて帰れ、俺は帰りたい。


    どうにもモヤモヤした感情を抱えながら帰宅すると彼女が起きていた。

    「あのさぁ!」
    「はい!!なんでしょう!!」
    我ながら完璧な返事である。

    「確かに私は『夜型の人と家庭を築く自信がありません』って言ってプロポーズ断ったけどさぁ。」

    「あー、うん。これじゃ同じことだよねぇ?」

    「当たり前でしょ!結局一緒にご飯食べることもない!寝る時間も違う!なのに朝もいない!なんなのこれ!?」

    「はい・・・おっしゃる通りです。」

    「まぁあんたに当たってもしょうがないんだけど、その会社ブラックすぎない?
    だって元々は9〜18時って条件で?
    出社が6時で退社が22時?それに加えて固定残業代で超過分無しなんて話にもならないわよ!」

    「辞めた方がいいよねぇ・・・」

    「それはそうでしょ、早く辞めて次探したら?」

    「いやぁ・・・そうは言ってもここまでの短期間で辞めて次、って条件悪くならない?」

    「今が最悪な条件だと思うんだけど。」

    「そうねぇ・・・でも次の就職先探すってのも大変だよ?今回は有給も雇用保険も無い。めんどくさいってわけじゃないけど。」

    「それでも辞めた方が正解でしょ。その会社は。」


    ・・・腹が立ってきた。

    辞めた方が正解なのもわかる。
    ただ、彼女の都合に合わせて、更に正解とやらを叩きつけられるのもなんだかムカつく。

    そもそも俺が決めたことだとはいえ、この人起点で俺は飲食を辞めたのだ。

    彼女の言う『普通の時間の仕事』を実現するのに飲食では無理だった。
    だから転職した。

    転職先の選定理由として、飲食業界になんらかの関わりが持てる仕事ならなんとか自分も納得できると思った。

    そしたら会社がうんちだった。

    めっちゃサボるし!あいつらは飲食のことを知らなかったし!中には飲食をナメてるやつすらいる!!
    朝ははえーし!帰りはおせーし!文化だとかなんだとかしゃらくせぇ!!あー腹が立つ!!!


    ・・・とはいえ彼女の言うことが正しいのは事実だ。

    となるとゆっくり考えなければいけないな。
    今日は答えが出るまで考えよう。

    今後どうするのかを。


    ・・・飲食との関わりを絶つ覚悟があるのかを。

    「ごめんけどあと少しやれるだけやってみる。だから色々考えておかなきゃいけなくて、今日は先に寝てて。ごめんね。」

    「色々?何を考えるのよ?・・・まぁわかった。無理しないでね、おやすみ。」

    「うん、おやすみー。」


    さて、気づけばもう朝方。
    おおよそ眠眠打破くらいの濃さに調整したであろうインスタントコーヒーをマグカップいっぱいに用意して、今回の条件を整理した。


    ・定時で上がれるようにすること
    ・俺だけ定時は面倒なことになるから半分くらいの人を定時で帰す
    ・他にもやらなきゃいけないことが出てきたら都度考える
    ・期限は三ヶ月、試用期間のうちにケリをつける


    マグカップいっぱいの眠眠打破を一気飲みし、
    とぼとぼと家を出る。

    カフェインがキマってくるまではまあ眠いよね。
    仕方ない、と愛車に乗り込み煙草に火をつけた。

    「やれるだけやってやる。」

    ー次回ー 
    第五章 第二話「迷子犬と雨のビート」

    概要・目次はこちら

     
     
    元飲食業。 働く人たちの空気や、職場の歪みと妙な連帯感を書いています。 noteにて小説『プロベーション・レポート』連載中。 この度、作中企業である米崎ライス株式会社様より、外部広報のお仕事をいただきました。

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