メインコンテンツへスキップ
見出し画像

プロベーション・レポート ~新入社員の四カ月~ 第五章14

    第五章 第十四話「若者のすべて」

    退職願の提出で会社の天地がひっくり返った大騒ぎを迎えた数日後、ようやく俺に平穏が訪れようとしていた。

    っていうか辞めるって言う前にこの平穏があったのなら俺の作戦大成功!
    という感じだったのだが、残念ながら俺の作戦は大失敗である。

    そもそも退職願を提出したその日に社を挙げての大宴会が開催されたことに問題がある。
    だってめっちゃ引き留めるじゃん。
    そのために宴会するとか超嫌じゃん。

    『ぜってぇ辞めるの辞めねぇからな!』と決意するには充分すぎるパンチ力の出来事である。

    残り時間がある身となれば出来ることをやっていくことに前向きになれる。
    例えば炊飯で一体何をしたのかをきちんとロジックとして炊飯部長に伝えようとしてみたのよ。

    俺としては16時に帰社してからの時間に炊飯部で自分の仕事をやりつつ部長と岡本くんに伝えてやれれば、と提案したのに部長がお礼がてらと飲み屋に呼ばれ、

    「いやぁ!君のおかげで本当に助かった!」

    から始まり、俺の話を武勇伝的に脚色したものを本人に熱く語るなどという黒歴史の掘り起こしもびっくりなイベントになった。

    目の前の小さな高橋克己は楽しそうである。
    まあいいか。

    とりあえず俺の殴り書きを岡本くんにプレゼントしてあげてという話には賛同してくれたのでよしとする。
    彼があれを解読できる人であるならなんとかなるだろう。

    二課長にも何故か炊飯で何をしたのかの詳細を聞かれたので『二課じゃないの?』と聞いたら二課は見たから大丈夫らしい。嘘臭え。

    「いやー結局辞めるっていうね!」

    「最初に辞めてても一緒だったんじゃないの?」

    「まぁそういう話でもねぇんだよなー。例え一週間だろうが三ヶ月だろうがやれるだけやったなら案外気分は悪くないもんよ?
    最初に忠告された時点で辞めてたら何かしら後悔を引きずることになったと思うし。」

    「プライドってやつ?私そういうの無いからわかってあげられないんだよね。」

    「プライド・・・プライドねぇ?なんかそういうことでもなくて、きっかけは入社初日に常務が『お前のいたような温いところと違ってうちは厳しいぞ』と言ったことなんだけどねえ。
    聞いた瞬間にはキレてたし、確かにあの時点で辞めてたら引きずっただろうなぁ。
    まあ、なんにせよわがままに付き合わせて悪かった。」

    「スッキリしたならいいんじゃない?
    で、どうするの。戻る?」

    「いやぁ?実際飲食戻るのもなんか違うでしょ。夜型人間が子育てに参加できねぇってのはその通りだし、戻ればどうせ俺は無茶をする。飲食大好きだからね。」

    「そんなもんなのかなぁ?少なくとも私は今の仕事にそんな大好きなんて感情は持ててないし、今後も持てないと思うからわかんないや。」

    「まぁ、俺なりのケジメってやつ。」

    「ところでこの三ヶ月で何したのあんた。私ほっといてって言われたから詳しいこと聞いてない。」

    「はは、結構長くなるぞ?」


    「ハァ?あんた一体何しにその会社入ったのよ!」

    「あはははは!おもしれーだろ?」


    俺のルートは一旦課長が引き継いでくれて、今後来るのか来ないのかもわからない新入社員に任せることになった。

    課長は今なら新しい人が来たとしてもしっかり育ててやれると言った。
    おぉ?ねぇ俺は?
    まぁ好きにやるからほっとけって言ったのは俺なので自業自得である。

    それ以降は平和なもんだった。
    会う度に長話を仕掛けてくる社長を出来るだけかわし、
    サンプルどころか炊飯の喫煙所に行きたいことすら止め始める松本くんに普通にイラつき、
    須藤くんの焼肉を食えるのも後少しかとしんみりし、
    ついに野村さんにゴールデンバットはもらえなかった。

    ちなみに俺が退職願を出してからというもの常務が俺にウザ絡みしてくることもなくなった。

    退職予定日まで残り一週間となったその日。
    知ってたけど関係ないし、と無視していたことが問題があるとして緊急会議にかけられることになった。

    ・・・営業一課長その人である。

    ー次回ー 
    第五章 第十五話「前進/僕/戦場へ」

    概要・目次はこちら

     
     
    元飲食業。 働く人たちの空気や、職場の歪みと妙な連帯感を書いています。 noteにて小説『プロベーション・レポート』連載中。 この度、作中企業である米崎ライス株式会社様より、外部広報のお仕事をいただきました。

    あなたへのおすすめ