
正しさって、だいたい曖昧
「正しいことをしましょう」と言われることがある。
わりと小さい頃から聞いてきた気がするし、
今でも普通に使われる言葉だと思う。
でもこれ、たまに考える。
正しいことって、なんだろう。
たとえば、
人を傷つけちゃいけないとか、
暴力はダメとか、
そういうのは、まあわかる。
というか、これはさすがに守らないとまずい。
取り返しがつかない系のやつだから。
ここに関しては、
わざわざ捻くれて考えなくてもいい気がする。
いや、たまに考えちゃうけど。
問題は、それ以外。
「なんとなく良くないよね」とされているものたち。
“普通はこうするでしょ”とか、
“それはちょっとどうなの”みたいなやつ。
このへんになると急に、
正しさの輪郭がぼやけてくる。
そもそもその“普通”って、
誰が決めたんだろう。
みんながなんとなく守ってるから、
なんとなく正解っぽくなってるだけなんじゃないか、とか思ったりする。
こういうことを考え出すと、
だいたいちょっと面倒な人になる。
安心してほしい、自覚はある。
で、こういうことを考えていると、
なぜか恋愛に行き着く。
自分だけかもしれないけど。
恋愛にも、なんとなくの“正解ルート”がある。
学校とか職場で出会って、
少しずつ仲良くなって、
気づいたら好きになってて、みたいな。
あるいは紹介とか、
一目惚れとか。
このへんは、
誰に話しても「いいじゃん」と言われるやつ。
いわゆる安心安全ゾーン。
でも、それ以外も普通に存在する。
浮気とか、不倫とか、
セフレから始まる関係とか。
あまり大きな声では言えないタイプのやつ。
こういうのは、
だいたい「良くない」とされる。
実際、面倒なことになる確率も高いし、
倫理的にどうなんだ問題もついてくる。
ただ、ここでまた少し引っかかる。
それを外から「それはダメです」と
きっぱり言い切ることに、
どれくらい意味があるんだろう、と思うことがある。
いや、わかるよ、ダメそうなのは。
自分でも思う。
でも同時に、
その関係の中身を何も知らないまま、
ラベルだけ貼るのも雑じゃない?とも思う。
このあたり、だいぶ面倒くさい思考をしている自覚はある。
たとえば、
もう関係が冷めきってるのに続いてるだけの関係とか、
簡単には抜け出せない事情とか。
そういうものが積み重なって、
結果としてそうなってる場合もあると思う。
それでも「順番が違う」と言われたら、
まあ、それはそうなのかもしれないけど。
その“正しい順番”って、
どこから来たんだろう。
誰かが決めて、
みんなで守ってるだけなんじゃないか、とか。
結局のところ、
正しいとか正しくないとかって、
わりと後付けなんじゃないかと思う。
うまくいったら「よかったね」だし、
失敗したら「やっぱりね」みたいな。
そんなもんじゃないか、とも思う。
とはいえ、
何をしてもいいわけではない。
これは本当にそう。
誰かを傷つける可能性があるなら、
それなりの覚悟は必要になる。
軽い気持ちで始めたものが、
普通に大火事になることもある。
火遊びのつもりが、普通に燃えるやつ。
だから結局、
「好きにすればいいじゃん」と言い切るには、
ちょっと怖いし、
「こうするべき」と言われると、
それはそれで窮屈に感じる。
たぶんみんな、
その間でなんとなく選んでる。
ちゃんと考えてるようで、
わりと雰囲気で決めてる。
自分も含めて。
正しいことなんて、
最後までよくわからないまま、
それっぽい選択をして、
あとから理由をつけているだけなのかもしれない。
まあ、それでもいいのかもしれないけど。
ちゃんとできている気は、
あんまりしていない。