
怒りという娯楽
父が、最近気に入っている曲を教えてくれた。
争う人は、正しさを説く 。
正しさゆえの、争いを説く。
その正しさは、気分がいいか?
正しさの勝利が、気分いいんじゃないのか?
つらいだろうね 、その一日は。
嫌いな人しか 出会えない。
寒いだろうね 、その一生は。
軽蔑だけしか 抱けない。
Nobody Is Right,
正しさは 道具じゃない。
“自分の正しさを振りかざせば、自分以外が間違いばかりで、嫌いな人しか 出会えない”
という部分が、刺さったらしい。
私もどちらかといえば、
正義とか、正しさにこだわるタイプだ。
自分にとっての正しくないことを許せなくて「なんで、こうしないのか」とイライラする。
でも、正しさで相手に勝って、スッキリしたいだけなのかもしれないという問いかけは持っておきたい。正しいとか正しくないとかを手放した時に、大事なことが見えてくることもあるのかもしれない。
怒りはビジネスになる。
自分の中に譲れない正しさがあるから、
怒りが生じる。
間違っている奴らをコテンパンにすることは、とても気持ちがいい。
そう、スッキリする。
スッキリする結末をみるために、
人は、お金を払う。
ストーリーでも、理不尽であればあるほど。
嫌な奴がより酷いことをするほど。
徹底的にやっつけるラストを
期待してお金を払う。
わざわざ、不快な気持ちになってまで。
正しさを求めるから、「間違い」がうまれるのかな。
悪いやつは、確かにいる。
でも、逆に全て正しい人は、多分いない。
だから、
「こういうこともある」
「あったことは、あったこと」
「嫌なことは距離を取る」
「とりあえず寝よう」
自分の中の正しさとも距離をとって、
その流れの中で生きていけるマインドに近づけたら生きやすいのかもなぁ。
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