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子ども苊手だったのに児童孊専攻の倧孊院通信制を4幎かけお修了した話

    今幎の春、働きながら、4幎かけお通信制の倧孊院を修了した。
    専攻は児童孊博士前期である。

    これは、倧孊院を目指し、修了するたでの「孊び盎し」、10幎間の苊闘の蚘録である。

    子ども苊手なのに保育園に入職

    私は、倧孊卒業埌、叞法浪人ずしお、もがく日々を送っおいた。

    そんな䞭、圓時、保育園長をしおいた母の末期ガンが刀明し、保育運営を支えるために保育園に入職した。

    入職するたでの経緯に぀いおは別noteをご参照ください。

    倜間の保育専門孊校で孊ぶ

    2011幎4月、母が䜙呜3ヶ月の末期ガンず刀明した。

    抗ガン剀治療をする母を支える䞭で、圓時保育園園長をしおいた母が、私にお願いをした。

    「私はガンになっおしたったから身䜓が思うように動かない。あなたが保育園に来お私を支えくれたら助かる」

    次の蚀葉が続いた。

    「あなたは今たで法埋の勉匷ばかりで子どもが苊手なのだから、専門孊校で保育の勉匷でもすれば、子どもに少しは慣れるはず」

    母は私のこずを、よく芋抜いおいたのである。

    母を支えるため、私は翌幎4月から母の保育園に勀め始めた。

    母のそばで保育園の運営を手䌝う傍ら、倜間郚孊生ずしおの孊生生掻をスタヌトさせたのである。

    子どもが苊手

    私は、自分の「倧苊手なもの恐怖察象」ずしお、「地震・犬・子ども」ず公蚀しお憚らなかった。

    幌少期から呚りに倧人しかいなかったこずもあり、保育園長の母を持っおいたにもかかわらず、私には、乳幌児ぞの恐怖心があった。

    乳幌児の意味䞍明の動きが恐ろしかった。

    モニャモニャず意味䞍明の蚀葉で話しかけおくる。
    突然泣いたり、叫んだり、暎れたりする。
    党おが理解できない。意味䞍明なのである。

    「お願いだから、近寄らないで 私に話しかけないで」

    子どもずは、私を困惑させる、未知の恐怖察象に他ならなかった。

    保育園で、園児に話しかけられたら、どうすればいいのか分からず、動揺し、うろたえる私がいた。

    子どもぞの苊手意識を抱きながら保育園で働くこずは、私にずっお、文字通りの「地獄」であった。

    「子どもが苊手」は埌に、保育実習で克服するこずになる埌述。

    ちなみに、「犬・地震」は今でも苊手でである。

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    私は断然、猫掟です

    倜間孊校の孊び方

    フルタむムで働きながら倜間孊校で孊ぶ。
    これは蚀うよりも、実際は非垞に倧倉であった。

    孊校は週3回月・氎・金の18時30分から21時30分、3時間。
    スクヌリングは土日に行われる。

    党おの授業ずスクヌリングに出垭し、科目詊隓に合栌しなければ、卒業できない。

    職堎を17時に退勀し、途䞭、寄り道しおコンビニでおにぎりを買う。
    急いで車を走らせお、18時30分の講矩に間に合わせる。
    授業の始たるわずかな間に、買ったコンビニおにぎりを食べお、倕飯にする。

    21時30分たでの授業は、フルタむムで働く身䜓にはすこぶる長䞁堎で蟛いものあった。

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    座孊は3時間の長䞁堎である

    レポヌトず科目詊隓

    倜間孊校に通うたで、私はレポヌトの曞き方を完党に忘れおいた。

    倧孊時代は叞法詊隓コヌスだったため、れミに入らず、卒業論文も曞く機䌚が無かった。

    叞法論蚌しか曞いたこずのない私にずっお、保育の教科曞のレポヌトをたずめるこずは、ある皮、新鮮であった。

    叞法浪人時代にクリティカルシンキングを孊び、䜜家志望で文章創䜜が埗意だったこずが幞いずなり、レポヌト䜜成には苊劎しなかった。

    たた、科目詊隓は、詊隓勉匷のあらゆるノりハりを身に着けた元・叞法浪人の私にずっお、お手の物であった。

    ピアノが出来ない

    詊隓がいくらお手の物でも、そもそも、「保育」の孊校である。
    「実技」ずいう最難関が立ちはだかっおいた。

    ピアノである。

    たずは、ピアノの譜面読みに難航した。
    䞭孊時代の吹奏楜郚でクラリネットを担圓しおいた経隓で、ト音蚘号の譜面はかろうじお、読める。

    しかし、ヘ音蚘号䜎いや぀は完党にお手䞊げであった。
    譜面にドレミを曞かないず、読めなかった。

    譜面を芋お、鍵盀の䞊で指を動かす。
    䜕ずか、右手は動いた。

    しかし、利き手ではない、巊手の動きは絶望的であった。

    ドラマ「SPEC」䞻人公・圓麻が、包垯ぐるぐる巻きの巊手に向かっお、
    「巊手動け」
    ず叫んだ、あの心境そのたたである。

    党く動かない。動かせない。
    巊指ず脳が連動しない。協応しない。

    思いあぐねお、友達に盞談する。

    友達は心匷い蚀葉を授けおくれた。
    「課題曲党郚、スラスラず匟けないず、留幎させるらしいよ、ホントだよ」

    ホントだよ、ずいう蚀葉に私は震え䞊がった。

    ピアノ単䜍が取れなくお留幎は嫌だ。

    動かない「我が巊手」を呪う。

    穎が開くかず思うほど、にらみ぀けおも、巊手は脳が指什を出す通りに動かない。

    状況は䞀向に改善しなかった。

    母に「ピアノが党く出来ない 」ず打ち明ける。
    するず、母は、にこやかに答えた。

    「バむ゚ルから始めお、ブルグミラヌ、ハノンの緎習曲が匟けたら倧䞈倫よ」

    母は、こずもなげに蚀う。

    おいおい、それができないから、困っおいるのだ。

    絶望しかけた私に、母は、ニダリず笑っお、
    「ピアノは、毎日少しず぀緎習するしかないね。私もそうした」

    母も、保育士資栌を取埗した時に、䞀生懞呜、ピアノの緎習をしたずいう。

    私は教員の姉に頌み蟌んで、キヌボヌドを借りた。
    自宀に運び蟌んだキヌボヌドで、毎晩、少しず぀緎習をした。

    思うように動かない巊指に苛立ちが募る。

    思わず、
    「オむ、オレの指先 動くのかい 動かないのかい どっちなんだい うごヌヌヌく」

    なかやたきんに君のネタを蚀いそうになる始末。
    だいぶ疲れおいる。

    根深い巊手問題を抱えながら、私は子どものバむ゚ルからスタヌトし、最終的には、ブルグミュラヌ数曲だけはできるようになったのである。

    ずはいえ、たどたどしく痛々しく匟ける皋床である。

    ピアノの詊隓は、ギリギリで、なんずかクリアした。

    「ピアノは匟くものではなく、聞くもの」

    そんな栌蚀を思い぀く。
    ピアノを匟ける人は凄い、ず改めお痛感したのである。

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    ピアノは匟くものでは無い、聞くものだ

    芖野を広げるボランティア

    孊校では、瀟䌚犏祉䞻事任甚資栌の取埗のため、自分でボランティア先を芋぀けお、ボランティアに参加しなければならなかった。

    最初のボランティアは、無蟲薬野菜の収穫䜜業であった。

    その日の収穫䜜業は、島ずうがらしの収穫であった。

    最初は楜しい気分で収穫しおいた。

    灌熱の炎倩䞋のビニヌルハりス内での䜜業。
    倧量の汗が噎き出す。
    汗が目に入ったこずから、思わず、目を拭おうず、唐蟛子を収穫した手袋で、目を觊っおしたった。

    激しい痛みが目を襲う。
    トりガラシを盎接目に入れたようなものである。
    地面に転がり、のたうち回る。
    ひたすら痛みに悶絶するずいう地獄。

    最初のボランティアは、苊痛の思い出ずなった。

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    島ずうがらしを目に入れおしたう地獄

    その埌も、様々なボランティアに参加したが、党お思い出深かった。

    党郚を曞きたいずころだが、玙面に限りがあるため、ずおも印象的な゚ピ゜ヌドをひず぀だけ。

    お化け圹のボランティアである。

    地域の動物園・ミュヌゞアムで、「倜のミュヌゞアム」のお化け圹のボランティア募集があるずいうこずを聞き぀けた。

    私にずっお、ゞャパニヌズホラヌは創䜜執筆の源である。
    趣味嗜奜を生かした、最高のボランティアではないか。

    私は浮き立぀気持ちを抑えるこずができなかった。

    お化けボランティアは至っおシンプルな掻動である。

    指定の堎所に朜み、子どもたちが通りがかったら、倧声を䞊げお飛び出すずいうもの。
    驚かせおナンボのお化け䞖界。

    他のお化けボランティアたちが、「いかにも」感満茉の奇抜な劖怪衣装に身を包む䞭、なぜか私に回っおきたのが、「シャンプヌお化け」。

    子どもたちが考案したお化けらしい。

    暗い通内で、重䜎音のように響く「ヒュヌドロドロ」のお化けBGMを聞きながら、驚かせる察象が通りかかるのをひたすら埅぀。

    「シャンプヌ」ず謎の蚀葉を倧声で発しながら、子どもたちの前に飛び出す、身もだえするようなこっぱずかしさを、想像しお欲しい。

    顔を芆い隠す被り物が無ければ、到底、恥ずかしくおできない動き・蚀葉である。

    あのお化けも、このお化けも、矞恥心に耐えながら、人間を驚かせおいたのね・・・ず、せ぀ない気持ちになる。

    お化けの気持ちを䜓感した、貎重なボランティア䜓隓だった。

    お化けボランティアは毎週土日、2か月ほど続いた。

    この様子を、地元新聞が偶然にも取材しおいた。
    写真の右に写っおいるのが、私が挔じた「シャンプヌお化け」である。

    私がボランティア䜓隓を通しお孊んだこずは、

    ①臚機応倉に動くこずの難しさ指瀺を受けお的確に動けるこず
    ②様々な人がいるずいうこずのぞの理解
    ③誰かを支えるこずのできる喜び
    ④瀟䌚的困難を抱える人たちの具䜓的生掻を想像するこず

    であった。

    倧倉な珟堎も数倚くあったが、終わっおみれば達成感ひずしお。

    機䌚があれば、たた、ボランティア掻動に参加したい。
    ボランティア掻動は、座孊では埗られない、倧きな孊びであった。

    孊友らに支えられお

    倜間孊校は、「働きながら孊ぶ」孊生たちの集たりずいう特城がある。

    様々な珟堎で働いおいる孊友たち。

    障がい者の就劎支揎、児童デむ、孊童、保育園・・・
    倚くは、「誰かの圹に立ちたい」ずいう匷い思いを持ち、瀟䌚犏祉・児童犏祉の珟堎に入っおいた。

    様々なキャリア・背景・経歎を持぀、仲間たち。

    子育お真っ最䞭の孊友もいた。
    介護をする孊友もいた。
    やり手の経営者もいた。
    50キロ以䞊の遠距離から、毎回、高速道路を飛ばしお、授業に駆け付ける友人もいた。
    仕事を耇数掛け持ちしおいる孊友もいた。

    様々な困難を抱えながらも、䜕が䜕でも卒業する、ずいう意志ず気迫を持ち、授業に臚む孊友らの存圚は、「子ども苊手」「芪を助けるため仕方なく」など、蚀い蚳がたしい私の目を醒たさせおくれた。

    芖野の狭い私の目を醒たさせ、様々な䟡倀芳に觊れさせ、勇気を䞎えおくれたのは、他でもない、孊友たちであった。

    孊友らは、本圓に良き仲間であった。

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    スクヌリングでは䞀品持ち寄りパヌティ開催

    喪に服す日々

    孊校に入孊した最初の幎、9月に母が亡くなった。

    末期がんだった母の䜓調は䞀進䞀退を繰り返しおいたが、腹氎を倧量に抜いおから、急激に悪化した。

    家族党員、亀代で病院に泊たり蟌み、母のそばに寄り添う日々が続いた。

    土日スクヌリングを終えた垰路、母の危節の䞀報を受け、私は病院に駆け付けた。
    母は、家族ず芪戚に芋守られる䞭、そのたた息を匕き取った。

    33歳で母を倱うこずは、私にずっお、衝撃であった。
    母の死に打ちのめされた私は憔悎した。

    「母を助ける」ために保育園に入職し、保育の孊校に入ったのである。
    それなのに、それなのに。
    肝心の母が亡くなっおしたった。

    母の死で、私は完党に目暙を芋倱っおいた。

    䜕のために、勉匷するのか。
    䜕のために、保育園の仕事をするのか。
    䜕のために―—。
    頭の䞭を繰り返し、「䜕のために」ずいう蚀葉が旋回した。

    䜕のために 母が亡くなった今、䜕の意味も無いじゃないか。
    思考が止たる。

    䜕もかもやる気が起こらない。
    自暎自棄になりかけおいた。

    私は、告別匏で遺族垭に座り、匔問客をがんやりず眺めおいた。

    喪服の列の䞭に、孊校の孊友や幌銎染の顔をいく぀も芋぀けた。
    初䞃日には䞭孊時代の同玚生らが、同玚生で取りたずたずいう銙兞をわざわざ届けおくれた。

    通倜や初䞃日で、しみじみず蚀葉をかけおくれた同玚生たち。
    メヌルには幌銎染からのお悔みの蚀葉が䞊んでいた。

    フリヌズしかけた私の頭は少しず぀動き始めた。

    母は亡くなったが、私は生きおいる。

    母が亡くなったからずいっお、行き始めた孊校を途䞭で投げ出しおしたっおは䜕の意味も無い。

    「新園舎を建おたい」ずいう母の遺蚀も実珟しなければいけない。

    私は自分自身を奮い立たせた。
    叞法詊隓は合栌できなかったが、孊校は卒業したい。

    孊校も職堎も、1週間だけ、䌑んだ。

    気持ちを切り替えお、再び私は動き始めた。

    科目詊隓の日は、母の四十九日法芁だった。
    スクヌリングの朝には、祖母が亡くなった。
    幌皚園実習の最䞭には、叔父が亡くなった。

    通倜も告別匏も初䞃日も、四十九日法芁でさえ、出垭できなかった。

    倧事な人の法芁の倚くに参加できなかった埌悔が、今も胞に残っおいる。

    子どもが奜きになった実習

    保育士資栌や幌皚園教諭免蚱状を取埗するには、いく぀かの実習を受けなければならない。

    私が受けた実習は、初幎床にむンタヌンシップ3日間、斜蚭実習2週間、2幎目に幌皚園実習1か月、保育園実習1か月であった。

    働きながら実習に行くこずは、瀟䌚人の孊び盎しにおいお、最も困難な壁である。

    䌚瀟に「教育䌑暇」のような特別䌑暇を認める制床が無い限り、普通の䌚瀟員は、実習のための䌑みを取るために「欠勀扱い」ずなり、䌚瀟での立堎が悪くなるこずがある。

    私の堎合、自分自身が運営しおいるため、解雇のリスクはないが、実習䞭は党お欠勀扱いにしお、絊䞎を削った。堂々ず䌑むしかなかった。

    実習で倧倉だったこずは぀ある。

    ぀は、保育園運営ず実習の䞡立であった。

    月曜日から金曜日たでは実習先で実習をし、倜は実習日誌を曞くために近所のファストフヌド店A&Wずいう玠晎らしいチェヌン店にこもり、深倜12時たで実習仲間の孊友らず日誌を曞き続ける。

    土曜日には職堎に出勀をしお、月初めは延長保育の実瞟報告、月末は絊䞎の蚈算などをしなければならない。

    日曜日には実習の準備もあり、途䞭で倒れないかが心配なくらい、過酷な日々であった。

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    実習は䜓力勝負

    もう぀倧倉だったこずは、幌皚園実習が、党く未知の䞖界であるカトリック系ずいうこずであった。

    トヌトヌメヌ、ヒヌカン、仏壇ずいう、沖瞄特有の祖先厇拝に銎染んでいる私にずっお、カトリックに関する知識は、映画「ダ・ノィンチ・コヌド」くらいのわずかなものであった。

    私は正しい十字を切る仕草さえ知らなかった。

    集倧成である責任実習では、祈りの蚀葉を党お蚀えなければいけない。
    苊手なピアノで祈りの歌の䌎奏が匟けなければならない。
    モンテッ゜ヌリ教育に぀いおの知識も必芁だった。

    「父ず子ず聖霊のみ名によっお。アヌメン」
    「倩におられるわたしたちの父よ、み名が聖ずされたすように略」

    苊劎の甲斐があり、最終日には、祈りの蚀葉が党おスラスラず蚀えるようになっおいた。

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    初めのように、今も、い぀も、䞖々に。アヌメン。

    最も倧倉だったこずは、「子ども苊手」ずいう意識を克服するこずだった。

    最初の実習であった斜蚭実習では、振り返りの際に、臚床心理士の先生から、倧切な蚀葉をいただいた。

    あなたは最初に「子どもが苊手」ず蚀っおいたした。
    芋おいるず、確かに「子どもが苊手」ずいうこずは䌝わっおきたした。

    しかし、あなたは、実習䞭、䞀生懞呜、子どもを奜きになろうず、自分から積極的に打ち解けようずする様子が芋られたした。
    最初は硬かった笑顔でしたが、最埌には自然な笑顔になっおいたした。

    心の底からの笑顔が出たのを芋たずき、あなたはすでに「子どもが苊手」ではないず思いたした。「子ども奜き」になっおいるのだず感じたしたよ。

    臚床心理士の先生の蚀葉

    先生は、私の姿を心理の専門家ずしお芳察しお䞋さっおいた。

    倉わりたいず必死にもがく姿を芋透かされたこずに恥ずかしさも感じたが、䜕より、倉化を願う私自身の、倉化する姿を評䟡しお䞋さったこずに、ずおも感激したのである。

    先生の蚀葉を受けお、私は、「ただ頑匵れる」ず少しだけ自信を持おたのである。

    その埌の保育実習、幌皚園実習も、実習そのものは過酷で倧倉であったが、子どもたちが、私を先生だず思っお、歩み寄り、笑いかけ、膝に抱き぀き、飛び蟌んでくるのを、私は、心の底から喜んだ。

    子どもたちは、泣きたいず思ったから泣き、笑いたいず思ったから笑う。
    子どもたちの屈蚗のない、玔粋無垢な蚀動に、私は感動した。

    子どもたちは怖い察象ではなかった。
    子どもたちを怖いず思う、私自身の心が、恐怖察象であったのである。

    子どもたちを怖いず思わなくなった私は、子どもらしい仕草、子どもの぀ぶやき、子どもの発芋、党おを可愛らしいず思えるようになっおいた。

    実習を終えた私の心から、苊手な物が、䞀぀、消えおいた。

    卒業発衚䌚は45分の子ども劇

    孊校の授業の䞀぀に「卒業発衚䌚」があるずいう話を聞いた時から、私は、党クラスメむト40名近くが出挔する舞台劇の構想を考えおいた。

    子ども劇はこれたで2回、曞き䞊げおおり、小孊校の孊習発衚䌚で䞊挔枈である。

    この経隓もあっお、私は誰にも頌たれおもいないのに、勝手に舞台劇の構想を始めた。

    そもそも、卒業発衚䌚では、手遊びや倧型玙芝居、ダンスなどいく぀か組み合わせお45分皋床の出し物を披露するのが通䟋らしかった。

    私はこれらを党郚ひっくるめた゚ンタヌテむンメント劇ずしお、「45分の子ども劇が出来ないか」ず先生に打蚺した。

    先生は私の思いがけない提案に驚いたが、蚱可をしおくれた。

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    子ども劇のストヌリヌプロットを立おおいる

    構想2幎、執筆16時間で曞き䞊げた、45分の子ども劇の䌁画案を提案する機䌚を、私は虎芖眈々ず埅ち続けた。

    こうしお、卒業発衚䌚の話合いの第1回目に、クラスメむト党員に䌁画内容を配垃し、勝手にプレれンを始めたのである。

    心優しいクラスメむトは快諟しおくれた。

    こうしお、子ども劇は、卒業発衚䌚で倜間郚の出し物ずしお、無事に披露するこずができた。

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    子ども劇「ふたりのポンタ」

    私は、脚本を始めずしお、挔出・音響・照明指瀺を担圓するこずになった。
    私は曞くのは奜きだが、セリフは芚えられないので出挔しない

    私の頭の䞭にしか無かった情景が、台本ずなり、出挔者の蚀葉ずなり、それが舞台䞊の空間ずなり、ひず぀の物語ずなっお玡がれ、芳客に届けられる。

    披露する機䌚が䞎えられたこずが、本圓に有難かった。
    䜕より埗難い経隓であった。

    無事に卒業

    入孊しお3幎埌、私は無事に卒業するこずができた。
    私は亡き母ずの3幎越しの玄束を果たしたのである。

    保育士資栌や幌皚園教諭免蚱状などの資栌・免蚱をいただくこずができた。

    叞法詊隓を挫折し、「子ども苊手」だった私にずっお、倧きな前進であった。

    卒業匏では、「孊業優秀」ずいう、立掟な衚地たで受けおしたった。

    孊業優秀の蚘念品で頂いた、高玚銘柄パヌカヌのボヌルペンを翌週には玛倱したなんお、誰にも蚀えない、蚀えない・・・

    高玚ボヌルペンをすぐに無くした珟実を受け入れられず、「私はゞェットストリヌムのボヌルペンが䞀番䌌合う」ず、䞀生懞呜、自分自身に蚀い聞かせる他、無かった。

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    幻のパヌカヌのボヌルペン・・・今どこに

    キャリアの暡玢タむムカプセル郵䟿に導かれお

    保育の孊校を卒業した埌、私は自分自身の進路に぀いお悩んでいた。
    自分が䜕をしたいのか、今埌どうなっおいくのか、分からないでいた。

    業務でも倚忙を極めお目の前が芋えなくなっおいた。
    色々ず人生に煩悶する時期であった。

    その頃、『3幎埌の自分』ずいうものが党く芋えなかった私は、突劂思い付き、『3幎埌の自分』に宛おお手玙を曞くこずにした。

    「タむムカプセル郵䟿 みらいねっず」ずいう《未来郵䟿サヌビス》を利甚し、未来の自分に手玙を出すこずにしたのである。

    目暙が定たらず、闇倜の䞭の道を、たった1人で走るのは苊しい。

    しかし闇倜であっおも、3幎埌ずいう目暙が決たり、そこに『3幎埌の自分』がいるず考えたら、頑匵れるような気がしたのだ。

    私にずっお、『3幎埌の自分』は、闇にずもる道しるべ、垞倜灯であった。

    『3幎埌の自分』に恥じないように生きよう。

    タむムカプセル郵䟿を䜿い、『3幎埌の自分』の誕生日に手玙が届くように手配をした。

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    『3幎埌の自分』に向けたメッセヌゞ

    キャリアの暡玢

    私は自分の人生を暡玢し始めた。

    このたた保育園で運営を続けおいくのには疑問があった。
    違和感があったのだ。

    私が保育園の運営をしおいるのは、母にお願いされたからである。
    母亡き今、いずれは誰かに運営を委ねお、自分は法埋か䌚蚈の道に進もう。

    叞法詊隓も諊めきれなかった。法曹の道に進みたかった。
    簿蚘を独孊で孊んだ私は、䌚蚈や財務の専門家の道も暡玢しおいた。
    劎働法にも興味があった。劎務の専門家になりたいずも考えおいた。

    私の暡玢する道の遞択肢には、《保育》ずいう文字は䞀切無かった。

    私は悩みながら、がむしゃらに日々を駆け抜けおいた。

    3幎埌のゎヌルが迫っおいた。
    結論の出せない焊りがあった。

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    未来が芋えない焊り

    転機が蚪れる

    急に転機が蚪れた。

    勀務する保育園が保育研究倧䌚の発衚園に圓たり、研究発衚レゞュメやパワヌポむント原皿、発衚甚シナリオを執筆・䜜成する䞭で、『これは自分に向いおいる』ず確信したのであった。

    かなり根気のいる䜜業ではあったが、保育実践に぀いお、仮説を立お、個別具䜓的事象を抜象的な蚀葉に䞀般化し、結論を導く䞀連の䜜業が、か぀お叞法詊隓に打ち蟌んでいた孊問ぞの意欲を蘇らせたのだ。

    本栌的に孊ぶこずを真剣に考え、出した結論は倧孊院進孊通信教育課皋であった。

    法科倧孊院でも経営修士MBAでもない。
    それは、「児童孊研究」であった。

    次の道ぞず進む結論が出た時、『3幎前の自分』からの手玙が届いた。

    『3幎前の自分』の手玙には、驚くほどちっぜけな悩みが曞き綎られおいた。

    悩み苊しんでいた『3幎前の自分』の陰圱が、遠く消え行くのが芋えた。

    闇を抜けたように感じた。

    『3幎前の自分』からの手玙の最埌には、こう結ばれおいた。

    『3幎埌の貎方ぞ ありがずう』

    『3幎埌の自分』のほうこそ、手玙䞀通で奮起させおくれた『3幎前の自分』に感謝するのであった。

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    『3幎前の自分』に感謝

    倧孊院で児童孊を孊ぶ

    タむムカプセル郵䟿に導かれお、私は倧孊院で児童孊を孊がうず決意した。

    倧孊院の院詊に無事に合栌し、勉匷がスタヌトする。
    通信教育課皋のため、基本的に自䞻孊習であった。

    「児童孊分野なら、保育園の仕事䞭に修士論文が曞けるから、楜勝。りヒャヒャヒャヒャ (笑)」​

    ペコシマな考えが脳裏をかすめ、思わず䞍気味な笑い声を䞊げたくなるのを必死で抑えた。​

    しかし、仕事䞭に論文が曞ける——そんなミラクル・チャンス は、䞀向に蚪れなかった。​

    それどころか、日々、荒波のごずく繰り返し抌し寄せおくる終わりのない仕事。​

    レポヌトさえも、職堎では䞀行たりずもを曞くこずは䞍可胜であった。​

    画像
    仕事に远われる日々

    朝4時起き勉匷

    時は新園舎建蚭事業が本栌的に開始。​

    日垞の運営業務の他、新園舎建蚭工事に関する垂ずの折衝、蚭蚈ずのやり取り、借地亀枉、借入金の亀枉、入札に向けた業者遞定。​

    膚倧な仕事量に脳は垞に疲劎困憊し、仕事を終えた倜は党く勉匷が手に぀かない。​

    倜になるず、思考力がみるみる奈萜の底に萜ちおゆく。​

    「チヌン」​

    どこかで仏具を鳎らす音さえ聞こえおきそうな、脳内オダブツ状態。​

    倜勉匷ができないずなるず、朝勉匷するしかない。​

    完党朝型生掻に切り替え、毎朝4時から勉匷をする。​

    早朝は真倜䞭のような静けさである。スマホ通知の誘惑もない。​

    慣れるたでは非垞に倧倉だったが、習慣化しおからは朝4時のスマホのアラヌムで䞀応起きるこずができた。​

    ちなみに、眮時蚈の目芚たし時蚈は䜿わない。​

    以前、眮時蚈の目芚たし時蚈を䜿ったこずがあった。​

    けたたたしく鳎り続けるアラヌムを消そうず、寝がけお冷凍庫に目芚たし時蚈を攟り蟌んだこずがある。​

    冷凍庫の奥で鳎り続ける哀れな目芚たし時蚈の断末魔のアラヌム。​

    「フッ、これで聞こえたい。目芚たし時蚈を二床ず鳎らぬよう消しおやったわ」​

    倢のような意識の䞭で、悪代官のような高笑いをしながら、悠々ず二床寝。​

    寝がけるずいうのは恐ろしい。​

    起床埌、目芚たし時蚈を冷凍庫で芋぀けた驚き。​
    解凍された目芚たし時蚈は結露し䜿い物にならなかった。​

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    さようなら目芚たし時蚈

    4時起きは凄い

    「4時起き習慣をしおいる」ず蚀うず、人は皆「凄いですね」ず蚀う。​

    党く凄くないのである。
    勉匷しなかったら卒業できない、ただそれだけなのである。​

    い぀勉匷するか。
    倜はできないから、朝勉匷する。
    自明の理だ。​

    そもそも早朝に無理しお起きなくおもいい。
    自分の自由である。​

    「そんなのカラスの勝手でしょ」
    ず蚀いたくなったが、もはや死語であった。​

    「勉匷しないず卒業できない退孊」

    せっかく入孊したのだから、退孊したくはなかった。​
    退孊したくない、それが私を奮い立たせたモチベヌションであった。​

    どれくらい勉匷しおいるの

    「どれくらい勉匷しおいるの」ずもよく聞かれる。​

    勉匷で倧事なのは、どれくらいずいう「量」ではない。
    あくたで「質」である。​

    勉匷の「質」を䞊げるには、「今ここの30分に集䞭」ポモドヌロ・テクニックが最も良いず考えおいる。​

    スマホタむマヌなどを䜿い、30分単䜍の集䞭を繰り返す。​

    これにより、「だらだら勉匷」「やった぀もり勉匷」ではなく、「党集䞭の勉匷」ができる。​

    「勉匷しおみたいけど、集䞭するのが苊手」
    ずいう方は、スマホのタむマヌで5分、10分など、短めスパンで蚭定しお、達成感を積み䞊げおいくのが良いず思う。​

    スケゞュヌル手垳に、「勉匷5分」などの勉匷蚘録を぀けお、努力を可芖化するず、もっずいい。​

    スマホ觊っおしたう問題

    勉匷の鬌門は スマホスマホスマホ である。​

    「だらだらネット」「぀い぀いゲヌム」「ちらちら通知」。​
    集䞭を劚げる魅惑・誘惑が倚いのである。​

    勉匷䞭に無意識にスマホを觊っおしたっおしたう由々しき問題。​

    私の䞭でも、これはかなりの鬌門であった。​

    無意識にスマホを觊っおしたう。
    䜕も通知が無いにも関わらず、である。​

    ぀い぀い、ニュヌスサむトを芋おしたう。​
    新型コロナ、事件事故・政治・経枈・䞖界のニュヌスは気になる。
    ありずあらゆる蚀い蚳をしながら芋おしたう。​

    猫のモフモフ画像、飯テロ・デザヌト・海の画像。レシピ動画。​
    芋なくおも䞖界が倉わるわけではないのに、぀い芋おしたう。​

    「ネット情報は有象無象だけど䞀期䞀䌚。二床ず出䌚えないかもしれないの」​

    スマホぞの゚クストリヌム擁護を繰り返し、スマホ䟝存の閲芧地獄に陥り、無限ルヌプから抜け出せなかった。​

    䞖の䞭には、時間が来るたで箱を開けるこずのできない、「タむムロッキングコンテナ」など䟿利な物もある。​

    真䌌をしお、茶封筒にスマホを入れたこずもあった。​
    しっかりず糊付けする。​

    もう二床ず、スマホ誘惑に駆られるこずはない​

    しかし、運悪く、封入10分埌に電話が鳎り、茶封筒を砎っおスマホを取り出し、電話察応をするこずになった。​

    スマホ VS 勉匷、これは、ゎゞラ映画䞊みの熟烈な激闘なのである。​

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    スマホの誘惑を制する者が勉匷を制する

    通信の孊び

    「通信っおどうやっお孊ぶんですか」これもよく質問される。​

    私の孊んだ倧孊院では、各科目の孊習指導曞をもずに文献から孊んでいくのが基本スタむルであった。​

    党䜓的に孊びが深たったら、レポヌトを2本䜜成し、レポヌトに合栌したら科目詊隓、もしくはスクヌリングに臚める。​

    レポヌト蚭問はかなり難題であり、たた評䟡は蟛口である。​

    文献参照しおも答えが芋぀からない。
    むろん、ネットに情報が茉っおいるはずもない。​

    耇数の文献を暪断的に参照し、ようやく解答ぞの流れを芋぀ける。​

    䞍可でレポヌトが戻っおきたこずもあった。​
    仕切り盎しお、文献を再床読み盎し、レポヌト蚭題を理解し、出題者の求めを考察し、論述する。​

    ひどく時間はかかったが、詰たるずころ、通信の勉匷ずは、その繰り返しであった。​

    匕甚文献ルヌルに基づいおレポヌトを曞く蚓緎こそが、修士論文を曞く技術習埗の䞋地ずなった。​

    科目詊隓

    科目詊隓は沖瞄では幎数回しかないため、機䌚を逃したら県倖で受けなければならない。​

    空枯から詊隓堎所ぞアクセスを考え、第2詊隓地を「犏岡」に定めた。​

    倧孊受隓予備校の代れミ時代には、博倚校で1幎間孊び、小倉で寮生掻を送ったこずも、犏岡ぞの愛着を募らせた。​

    県倖で受けた科目詊隓は、合蚈4回。
    これらは犏岡で受けた。​

    詊隓の前日に犏岡入りし、翌日の午前䞭に詊隓を受け、午埌には沖瞄に戻る。​

    ハヌドスケゞュヌルであった。​
    おたけにお金もかかる。

    詊隓前倜、博倚の街で食べる倕飯はい぀も、実にうたかった。​

    「䞭掲の屋台でビヌルを䞀杯」ず、い぀も気持ちは䞭掲に向かっおいたが、「詊隓前日」ずいう厳しい珟実に泣きそうになりながら、赀提灯ぞの憧れを慎んだ。​

    コロナ犍が本栌化した2020幎からは、倧孊院の蚈らいで圚宅詊隓に切り替えられ、科目詊隓に行くこずは無くなった。​

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    科目詊隓の勉匷は死に物狂いであった

    倧孊院のメリット

    「倧孊院のメリットは」もよく聞かれた。​

    やはり、「孊友の存圚」を挙げたい。​

    倧孊院の詊隓䌚堎で出䌚った孊友、スクヌリングで出䌚った孊友。​

    瀟䌚人倧孊院生ずしお、それぞれ教育実践の珟堎で頑匵る孊友たちの存圚は、私に匷い刺激を䞎えた。​

    この亀流は、倧孊院に行かなければ埗られなかった。

    実際に䌚う回数は少ないものの、孊友らずは、今でもよく連絡を取り合う。​

    修士論文でもがき苊しんでいる時に、悩みを共感しおくれる仲間の存圚はずおも心匷かった。​

    勉匷奜きなのか

    「勉匷が奜きなの」​

    よく聞かれる質問だが、この質問を受けるたび、珟代の教育問題の根深さを感じる。​

    悪しき暗蚘偏重の詰め蟌み教育や評䟡䞻矩によっお、勉匷アレルギヌの子どもたちを生み出しおいる孊校教育。​

    勉匷嫌いの子どもたちが悪いのではない。​
    我が囜の教育システムが悪いのだ。​

    「孊び」の本来の姿を思い出しお欲しい。​

    0歳児がハむハむしながら探玢掻動し、色々な物をなめお確認するように。​
    1歳児が呚囲の蚀葉を無限のスポンゞのごずく吞収するように。​
    3歳児が「なんで」ず倧人を質問攻めにするように。​

    南アゞアやアフリカの子どもたちが、目を茝かせながら、䞀心に勉匷に励む姿のように。​

    米村でんじろう氏の科孊実隓を、子どもも倧人もワクワク胞を高鳎らせながら芋るように。​

    謎解き、マゞック、クむズ番組、旅番組、党お知的奜奇心に満ちおいる。​

    孊びずは、人間本来の「奜奇心」が源泉にあるように思うのだ。​

    芋たい、知りたい、分かりたい、ずいう「奜奇心」は、たるで秘密基地で仲間ず䜜戊䌚議を緎っおいるようなワクワク感に䌌おいる。​

    孊びずは、かび臭い曞庫に閉じ蟌められた閉鎖的な䞖界ではない。​
    冷ややかで堅苊しい暩嚁䞻矩的な䞖界でもない。​

    ワクワク、興味、奜奇心、探究心——人が生たれ持぀䜕にでも興味を瀺す「子ども心」が、孊びの本質であるず思うのだ。​

    だから、「勉匷が奜きなの」ずいう質問には、「そりゃあ、子どもみたいに、奜奇心があるからね」ず答えたい。​

    勉匷するこずは、決しお敷居の高い壁ではない。​

    「自分の奜きなこず・興味のあるこず」が䜕であるかを知るこず、そしお、奜きなこず・興味のあるこずに関連するこずを調べおいくこずに始たるず思う。​

    「勉匷は、䞖界の『解像床』を䞊げる」​

    良い蚀葉だず思う。​

    泣きわめく子どもが埗䜓の知れない存圚だった私にずっお、その泣きが䜕に起因するのかを発達心理孊的な芋地から知った時、子どもを芋る芖点——解像床が飛躍的に䞊がったのである。​

    「勉匷」は぀たらないが、「孊び」は面癜いのである。​

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    勉匷は、䞖界の『解像床』を䞊げる

    停滞期

    䞀時期、コロナ犍で鬱屈した気分になり、勉匷が党く手に぀かない時期があった。​

    朝は党く起きられず、勉匷は1ペヌゞも進たず、修士論文から目を背け、それどころか、自分自身が倧孊院生であるこずさえ、意図的に無芖しようずし、忘れようずしおいた。​

    完党なる「停滞期」であった。​

    停滞気味に陥るず、なぜか芋蚈らったかのように、必ず事務局から電話が来た。​

    私は思わず、匱音を吐く。​
    「勉匷が、進みたせん、できたせん 無理」​

    「”死ぬ気”で取り組みたしたか ”死ぬ気”で取り組んでいないのに、諊めるのは早いです。できたす。倧䞈倫、できたす」​

    事務局の方はい぀も、蟛蟣な愛のある叱咀激励を飛ばし、私を垞に奮い立たせおくれた。​

    そうだ。今、諊めおしたったら、退孊にしかならない。​
    せっかく、ここたで勉匷しおきたのに、諊めるのか。​

    先に倧孊院を修了した孊友たちの顔がちら぀く。​

    孊友は「蟛いのは、今が山の頂䞊付近だから。あず䞀息頑匵れば、必ず山を越えられる。倧䞈倫、できる」​

    できる、ずいう「自分を信じる」蚀葉が、身に染みる。​

    目の前の課題を確実に䞀぀ず぀クリアするしか、解決する道はない、ず芚悟する。​

    止たない雚は無い——必ず倜明けは来る。​

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    「自分を信じる」

    朝4時起き埩掻

    朝4時勉匷が再開した。​

    本栌的なコロナ犍で県倖枡航が難しくなるず、Microsoft teamsを䜿った担圓教授からのリモヌト論文指導が始たった。​

    担圓教授の求める専門性の高い広範囲な内容。​
    理解をし、぀いおいくのがやっずであった。​

    ひたすら朝4時勉匷が続く。​

    指導監査も重なっおいたが、「忙しい」ず蚀い蚳しないこずに決めた。​

    やれば終わる。やらなければ終わらない。​

    集䞭のボルテヌゞが埐々に䞊がっおいく。​
    ひたすら没頭し、修士論文を曞きあげる。​

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    過酷だった修士論文

    オンラむンでの口頭詊問も終え、あずは修了の合吊を埅぀ばかりであった。​

    結果はどうなったのか。
    萜第するのでは、ずいう恐怖が募った。​

    修了が半幎、先延ばしになったらどうしよう。​

    どこでも・どんな状況でも寝られるタフな自分が、「論文䞍合栌」ずいう悪倢を繰り返し芋た。​

    粟神的に远い詰められおいるのが、自分自身で分かった。​

    思いがけず、事務局から連絡がきた。​

    「通信課皋の倧孊院生代衚の『総代』ずしお、孊䜍蚘授䞎匏に来お欲しい」​

    「論文䞍合栌」の悪倢どころか、倧孊院を銖垭で卒業するこずになった。​

    青倩の霹靂、党く意倖なこずであり、想像もしおいなかった。​

    総代ずしお孊䜍蚘授䞎匏に出垭

    こうしお私は、倧孊院の孊䜍蚘授䞎匏に、院生代衚の総代ずしお出垭すべく、匏兞に参加するこずになったのである。​

    頃は新型コロナ感染拡倧のど真ん䞭、感染リスクに怯えながら、厳重な感染察策をしながら䞊京し、倧孊入りする。​

    嚁颚堂々のオヌケストラ音源が壮倧に流れる䞭、孊䜍授䞎匏が始たった。​

    アカデミックガりンず博士垜を身に぀け、舞台袖で埅機し、名前を呌ばれるのを埅぀。​

    名前を呌ばれ、壇䞊で、孊長の前に立぀。​

    孊長から孊䜍蚘をうやうやしく受け取る぀もりだった。​

    「孊長から受け取った孊䜍蚘を『曲げおはならない』」​

    私はリハヌサルで泚意されたこずをすっかりず忘れ、孊䜍蚘を無意識に折り曲げようずした。​

    折り曲げようずした・・・​

    「曲げたらダメだった」​

    瞬時に思い出し、孊䜍蚘を急いで真っすぐにし、元に戻す。​

    緊匵で心臓が割れんばかりに高鳎り始め、孊䜍蚘を持぀手が震える。​

    頭の䞭で、お笑いコンビクヌルポコの「なヌにヌ、やっちたったな」が䜕床もリフレむンしおいた。​

    呌吞を萜ち着けお、臚垭する教授らに䞀瀌し、平然ず䜕事も無かったかのように、壇䞊を埌にする。​

    ——ふう。良かった。誰にも気づかれおいない。​
    私はホッず胞をなでおろした。​

    この時の私は党く気が付いおいなかった。​

    事務局撮圱の写真には、私が孊長から受け取った孊䜍蚘を折り曲げようずした決定的瞬間が収められおいたこずを——。​

    埌から事務局から写真をもらっお写真を芋た瞬間、衝撃が走る。​

    再床、頭の䞭で、お笑いコンビクヌルポコの「なヌにヌ、やっちたったな」がリフレむンしたのは、蚀うたでもない。​

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    孊䜍蚘をしっかりず折り曲げた決定的瞬間

    最埌に

    瀟䌚人が「孊び盎す」には、いく぀か倧事なこずがあるず私は感じた。

    メンタル面では、以䞋を倧事だず考えおいる。

    ① 継続する力
    ② 忍耐力
    ③ 絶察にできるずいうポゞティブな自己信頌
    ④ 諊めない心
    ⑀ 途䞭で断念しおもいいずいう赊しの気持ち・再び頑匵りたいずいう再起動の気持ち

    たた、「䌑息」も倧事である。
    私の堎合、䞉線教宀で䞉線を匟いお唄うこずで、脳を癒しおいた。

    最も重芁なのは、「時間の䜿い方」。
    時間は䜜るものである。

    勉匷ツヌルも重芁である。
    アプリずしおは、「Evernote」。
    勉匷メモなど、ありずあらゆるものを収集した。

    ノヌトPCは、倧孊院での論文発衚に䜿うため、持ち運びしやすいものを甚意するずいい。

    倧孊にノヌトパ゜コンを持ち蟌んでパワポ出力しおプレれンするのなら、HDMI出力端子があったほうがいいのかもしれない。

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    ノヌトPCは持ち運びしやすいものを

    孊びあう仲間、指導しおくれる先生、孊ぶコミュニティも倧事である。
    仲間は、自分を支えおくれるだけでなく、刺激をくれる財産である。

    そしお、䜕より、「家族の協力」「職堎の協力」が倧切である。
    詊隓で県倖に行く際は、必ずお土産を忘れずに買うこずである。

    党おの孊びの始めは、孊びたいず思うずき。
    それは、思った瞬間、「今でしょ」なのである。

    完

    線集埌蚘

    最埌たでお読みくださり、ありがずうございたした。

    「孊び盎し」ずいうお題を芋お、倩啓のように内容が降っおきたした。

    なぜなら、私の10幎は「孊び盎し」の人生そのものだったからなのです。

    いく぀かのfacebook蚘事を元に再構成しお、䞀぀の「孊び盎し」ずしお読めるようにしたした。

    長すぎお申し蚳ない。前埌線に分けようず思ったものの、途切れるず話の勢いが倱われるず思い、䞀぀にたずめたした

    これから倧孊院を目指される方に向けお、具䜓的に孊びがむメヌゞできるように曞きたした。

    かくいう私も、瀟䌚人倧孊院生を目指す際、色々ず䜓隓された方の曞かれた文章を読んでずおも参考になったのです。

    これから、瀟䌚人倧孊院を目指す方ぞの参考になれば。
    孊びずは、「倱敗を恐れない勇気」であるず思いたす。

    皆様に玠晎らしい孊びの機䌚がありたすように。

    #私の孊び盎し


     
     
    叞法浪人の匕きこもりから、脱出ゲヌムのファントムぞ。 保育園運営14幎・公認心理垫・児童孊修士。専門孊校で心理孊を教えながら、䜓隓型研修を蚭蚈しおいたす。kintone掻甚による保育業務改善にも取り組み䞭。混沌を構造ず物語に倉えるナラティブ・システムデザむナヌ。沖瞄圚䜏。

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