
子供を心配していたはずなのに、不安なのは自分だった
以前、子供の様子を見て、心がざわついたことがあった。
周りには、友達と話している子もいれば、他のことをしている子もいる。
その中で、うちの子は一人でいるように見えた。
その様子を見た時、私の心はざわざわした。
その瞬間、頭の中で色々な言葉が浮かんできた。
あ、一人だ。
普段友達いないのかな。
どうしているんだろう。
寂しくないかな。
大丈夫かな。
なんとなく馴染めていないんじゃないか。
苦しいんじゃないか。
もっと言えば、クラスの中で下の方に見られているんじゃないか、とまで。そこまで飛んでいた。
上とか下とか、そんな見方をしている自分も嫌だった。
このままずっと変わらないのかもしれない、とも思った。
まだ起きてないことまで、一気に想像していた。
良くない方に。
頭の中だけで、どんどん話が進んでいた。
だから不安になっていた。
私が見ていたのはその場の様子だけではなかった。
その先のことを勝手に広げていたのだと思う。
一人でいることが気になったのは、そこから「この先どうなるか」ってことを見ていたんだ。
子供が悲しい想いを抱えて、安心して過ごせない学校生活を過ごしていくのかもしれないと、勝手に想像していた。
子供を見ていたつもりだったけど、見ていたのは今ではなく、まだ見ぬ未来。
それも、私にかけられた色眼鏡を通して。
だから、そんな未来を見たんだと思う。
そう、私の思い込みが色眼鏡をつくり、そんな不安を見たんだ。
私が感じた不安は、子供の状態から生じたのではなく、私の中の思い込みが作り出したものだったみたい。
ここに気づくと自分にベクトルが向けられる。
そうして何かが変化してく。
少し動けるようになった。