
人が動けなくなるとき ー児童センターに行けなかった私の話ー
不安で身動きがとれなかった私が、安心をもらって一歩動けた日のことを記していこうと思う。
◆人が動けなくなるとき
私は過去に、どうしていいかわからなくて動けなくなったことがある。
なんでできないんだろう。
どうして私はこんなにできないんだろう。
どうしてこんなに不安なんだろう。
こんな状態で子育てしていけるのだろうか。
そんな気持ちが、心の中でぐるぐると渦巻いていた。
◆頭の中で起きていたこと
あれは、まだ子どもが赤ちゃんの頃。
初めて児童センターに行ってみようと思った日のことだ。
でも行く前から、頭の中ではいろんな場面が浮かんでいた。
児童センターに着いたら、ベビーカーはどうやってたたむ?
たたむとき、この子は抱っこしている?
子供はどこにいさせればいい?
玄関?
ベビーカーはスムーズにたためる?
置き場はどこ?
児童センターの人たちはどう思うだろう。
滝のようにやってくる、細かい疑問。
そうして私は、身動きがとれなくなった。
◆なぜ人は動けないのか
なぜ私は動けなかったのだろう。
動けない理由は、きっと人それぞれだ。
でも、あのときの私は強い不安の中にいた。
大丈夫なんて思えない。
調べる余裕もない。
怖くて、怖くて仕方なかった。
何かあって、この子をケガさせてしまうんじゃないか。
非常識な親だと思われるんじゃないか。
できない親だと思われるんじゃないか。
そんな不安が、頭の中にいっぱいだった。
今振り返ると、
あのときの私には、あるものが足りていなかったのだと思う。
◆動けるようになったのは安心があるときだった
結局、初めての児童センターは、保健師さんと一緒に行くことになった。
当時、不安定だった私のところに、自治体のサポートで定期的に保健師さんが来てくれていた。
その保健師さんに、一緒に行ってもらうことにしたのだ。
どれだけホッとしたことか。
これならいける。
これなら児童センターに行ける。
その日、実際に児童センターのドアを開けることができた。
気づいたら、中に入っていた。
目の前が少し明るくなった気がした。
今でも思う。
決してダメなんかじゃない。
ただ知らないだけ。
ただわからないだけ。
安心できるだけの材料が、まだ足りなかっただけなのだと思う。
そしてそれは、
あの頃の私だけじゃないのかもしれない。
人が動けなくなるとき、
そんなこともあるのだと思う。
動けなかったのは、能力の問題じゃなかった。
あの頃の私は、「ちゃんとしなきゃ」と思いながら自分を動かしていた。