
「ちゃんとしなきゃ」と思うほど、前に進めなくなっていたあの頃の私へ
私はなかなか前に進めなかった。
でも、なぜかわからなかった。
「ちゃんとしている」ことが当たり前だったから。
あの頃の私に伝えたい思いを、書いていこうと思う。
◆「ちゃんとしなきゃ」に縛られていた
私は、いつも正解を探していた。
失敗したくなかった。
子供が幼い頃はまさにそうだった。
携帯片手に、何かあればすぐに調べる。
体調が悪い時。
買い物で損をしないか不安な時。
私にとっての「ちゃんとする」は、
・同じ失敗をしない
・約束や時間を守る
・迷惑をかけない
そんなことだった。
調べれば大抵のことはわかる時代。
だから、夜な夜な情報を探した。
子供の成長過程、食事や清潔などの日常のお世話、病気の時の対応、病院へ行くタイミング、幼稚園選び、幼稚園のグッズ選びなど。
誤った情報に振り回されないように、根拠をいくつも確認した。
誰かに聞けばいいのかもしれない。
でも、こんなこと聞いていいのか、聞いたことも本当かどうか信じられるのか。
そんな風に思っていた。
気づけば、ずっと「正解」を探していた。
◆不安は消そうとするほど大きくなっていた
安心したくて、行動していた。
調べる。
考える。
備える。
「これで大丈夫」
そう思えるまで、たくさんの時間を使った。
でも、調べれば調べるほど、気になることがどんどん増えていく。
だから、
また調べる。
さらに備える。
動いてはいる。
でも、前に進んでいない感覚があった。
不安は一旦軽くなる。
でもまた新たな不安に襲われる。
「これでいい」って思えるまでの道は、いつも長かった。
◆私が握っていたたった一つの思い込み
私は、
「ちゃんとしないと、人が離れていく」
そんな思い込みを握っていた。
だから失敗できなかった。
だから前に進めなかった。
◆今なら、少し違う見方ができる
今なら思う。
ちゃんとしていなくても、関係が続くことはある。
ちゃんとしていても、離れることもある。
そう、人との関係は、
ちゃんとしていれば続くというものでもなかった。
あの頃の私は、
どんな場面でも「ちゃんとする」しか知らなかった。
だから苦しくなった。
人が離れるかどうかは、一つの要素では決まらない。
それでも私は、人との関係性は「ちゃんとする」だけで決まると思っていたのかもしれない。
でもその頃の私は、その方法しか知らなかった。
ただ、自分を守るためにそうしていた。
ずっと張りつめていたものに気づいた時、周りにある「すでにあるもの」が目に入るようになってきた。