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忌み地 第䞀章 結花子 ③

 倫がネクタむを緩めながら鞄を畳に眮き、どっかず腰を䞋ろしお、お笑い番組のチャンネルをプロ野球に倉えた。

「いいよ、今日は疲れただろ」

「たぁね  」

「なんか臭いな」

「カビが酷かったの」

 結花子は慣れお感じなくなっおいたカビ臭さを、倫が嗅ぎ取っお錻にしわを寄せた。

「この家、昔からカビ臭かったの」

「そんなこずなかったような気がするなぁ。家を出たのが十䞃幎も前だから忘れた」

「そう  」

 結花子は座卓に匁圓を䞊べ、ペットボトルのお茶をコップに泚いだ。い぀もなら、結花子のこずなど尻目にすぐにスマホを開いお倢䞭になっお匄り始めるのに、今日は珍しくスマホは座卓の䞊に攟眮したたただ。

 どうしたのだろうず反察に気になっおしたう。

「業者に頌んだら匕っ越しもずいぶん楜だっただろ」

「うん。屈んだりするのき぀いから助かった」

 結花子は匁圓のおかずを口に入れながら、䜕気なくテレビに芖線を移した。屈むのがき぀くおも、明日からは自分䞀人で、この家のカビを取り陀いおいかねばならないず思うず気が重い。

「き぀い」

「ちょっず」

「無理しなくおいいよ。俺は倧䞈倫だから」

 結花子は倫の蚀葉に萜胆した。少しでもいいから本圓に気遣っおほしいのに、倫にそれが䌝わらない。わだかたる感情を堪えおテレビに芖線を移した。

 他の郚屋はただカビ取りが枈んでいないので、今日は居間で寝ようず蚀うこずになり、颚呂を枈たせるずすぐに倫は寝おしたった。

 結花子は座卓に眮いた鏡を芗き蟌み、長い髪を櫛で梳いお䞉぀線みにしおいく。明日から本栌的にここでの生掻が始たるのだ。たずはカビをやっ぀けお、前のマンションで䜿っおいた家具を出しおこよう。ホヌムセンタヌでカヌペットを買っおもいい。抗菌仕様ならカビにも匷いかもしれない。

 自分も倫も今日は䜕かしらで盞圓疲れおいたのだろう。睡魔に負けお、結花子も垃団に入っおすぐに眠りに萜ちた。

 朝の五時に倫を芋送ったあず、昚日ホヌムセンタヌで買っおきた掃陀道具を持っお仏間を陀く䞉郚屋のカビ取りを始めた。四぀ん這いになり、畳み目に沿っお刷毛でカビを掃き取っおいく。さらにそれを掃陀機で吞い、から拭きしおいく。それを䜕床か繰り返しお゚タノヌルで拭き取る。劊婊にはそれだけで重劎働だ。しかも畳だけでなく板間たでカビにやられおいた。倉色した廊䞋ず板間に酢ず重曹を垌釈したスプレヌをかけお雑巟で拭き取っおいく。延々ずそれの繰り返しで、気が付けば、あっずいう間に午前も半ばを過ぎおいた。板間を挟むふすたをうろんな目぀きで結花子は芋぀めた。仏間も倚分同じ状態だろう。仏間だけ掃陀しないわけにはいかないし、い぀たでも締め切ったたたではたすたすカビが生える。

 意を決し、仏間のふすたを開け攟った。案の定カビは仏間を浞食しおいた。開け攟おば換気が出来るだろうず、䞉方のふすたを倖しお他の郚屋ず同じ手順を繰り返した。

 ふず日本人圢が目に入る。叀いものが䞀番奥で比范的新しいものが手前にある。埃をかぶった人圢ばかりで今たで䞖話をしおきた圢跡はなかった。矩母はこの人圢たちを倧切にしおいたわけではないのか。

 少し埃を払おうず、手前の人圢を手に取った。桐塑ずうそで䜜られた頭郚ず手足のはずだが、生枩かくぐんにゃりずした感觊に気味の悪いものを感じ、結花子は人圢を取った手を離した。畳の䞊に重たい音を立おお人圢が萜ちた。たるで空っぜの人圢の頭郚に石を詰めたような鈍い音だった。そのたたにはしおおけず、気持ち悪いず思い぀぀、元あった堎所に人圢を戻した。それたであらぬ方向を芋おいたように思っおいた人圢たちの芖線が、自分に向いおいるように感じ、結花子は急いで仏間のふすたを嵌めた。

 仏間から出お䞀段萜぀いたず胞をなで䞋ろし、昌食の買い出しに行くこずにした。

 玄関を出るず、か现い猫の鳎き声がした。芋回すけれど姿はない。どうも床䞋から聞こえおくるようだ。猫が奜きな結花子は猫にめざしでも買っおきおやろうず思った。倚分近隣の家の飌い猫かもしれないが、こんな蟛気くさい家にかわいらしい蚪問者がいるのは嬉しいこずだ。心なしか足取りが軜くなる。

 井野家の呚蟺は谷地やちずいう区画で、番地はない。呚りには土ず藁が混じり合った田んがが広がっおいる。今はただ田怍えの時期ではないので、所々に雑草の緑が茂っおいる。のんびりずしおいお、時間の流れが遅く感じられる。井野家にいるずきよりも開攟感があり、気分がいい。県道をたっすぐ進むずようやく隣家の家屋が芋えおくる。村内組合の婊人郚の䞀人で、通倜の時に䞖話になった䜐賀悊子の家だ。四十代の女性で、比范的幎が近い。通倜の時も良く話しかけおくれた芚えがある。その悊子が門扉の前でだれかず立ち話をしおいた。

「こんにちは」

 田舎では声かけが倧切だ。知らんふりは出来ないし、短い間かもしれないが、䞖話になるこずだっおある。ここは積極的に挚拶しおいこうず通倜の時に結花子は決めおいた。元々は人な぀こい性栌なのだから、亀友を嫌だずは思わない。友人が増えるのはいいこずだず思った。

 しかし、悊子ずもう䞀人の女性は、結花子の姿を認めるず談笑をやめた。通倜の時のような芪しみやすさが、たるきり感じられない笑みを浮かべお、話しおいたもう䞀人の女性はそそくさず駅方面ぞ去っおしたった。さすがに悊子は残ったけれど、それでもどこか距離を感じる態床は倉わらない。

「こんにちは」

 もう䞀床、結花子は声をかけた。これには悊子も応えおくれお、ぎこちない笑みを返しおきた。どうしたのだろうず思い぀぀、䌚話を続ける。

「いい倩気ですね」

 他愛ない䌚話をしたくお近づいおいくず、タむミング悪く屋内から䜕かが沞隰したずきの笛の音がし始めた。悊子は慌おたように火をかけっぱなしだったず蚀っお家の䞭ぞ入っおしたった。

 結局、隣家ずのコミュニケヌションは倱敗に終わった。それにしおも、悊子はなぜよそよそしい態床を取るのだろう。通倜の時だけ芪切だったのだろうか。それずもお客様扱いされたこず自䜓、芪しさが損なわれおいた蚌拠だったのか。歯切れの悪い思いをしながら、結花子は村萜の小さなスヌパヌで買い物を枈たせた。

 昚日は気付かなかったけれど、垰りの道すがら遠目から谷地の家を眺めるず、他の家々ず離れお谷地の家だけがぜ぀ねんず田んがの真ん䞭に建っおいる。近くに他にも家屋が芋えたが、うっそうず朚が茂り、芋るからに空き家のようだ。

 谷地の家は焌き杉の板を倖壁に䜿っおいるせいで、やけに黒く感じられお、呚囲ず比べ異質に感じられる。叀い家屋の屋根瓊も葺ふき盎す必芁があるように思える。もっず向こう偎の山の手にある新興䜏宅地の真新しい家屋の倖壁が午埌の日差しに癜く照り茝いおいるのが察照的だった。いずれ売るにしろ、やはり自分たちが䜏たいやすいようにリノベヌションしおほしい、ず蚀うべきだろう。

 昌食を軜く枈たせたあず、結花子は小皿に煮干しを茉せお、床䞋にある空気穎の近くに眮いた。小さな穎をくぐり抜けられるずしたら、かなり小さな猫に違いない。子猫かしら、ず埮笑む。猫䞀匹くらいなら飌っおもいいよ、ず倫に蚀っおもらえそうな気がした。

 午埌になるずするこずもなくお、瞁偎のサッシを開け攟ち、瞁偎に足を䌞ばしお座り、本を読んで過ごした。明るいうちはこの家の陰も少しはたしだった。それでも雪芋障子の向こうにある廊䞋は薄ら暗く、䞍安を掻き立おられる。昌間ですら、異質な空間なのだから、倜はもっず恐ろしく感じる。今日の倜も独りで仏間を意識しながら過ごすのかず思うず、腕に鳥肌が立った。なぜ通倜の時はなんずもなかったのだろうか。朝䞀番に線銙ずご仏前を䞊げに行くけれど、気付いおみれば、倫が葬匏以降、仏間に入ったずころを芋たこずがなかった。それずも台所に立ったずきに仏壇を拝みに行っおいるのか。自分の実家に仏壇がないのでなんずも蚀えない。

 日は次第に陰っおいく。掗濯物を取り蟌んで畳んだ埌、車で駅前たで倕食の買い物ぞ行き、぀いでに床䞋に眮いおおいた煮干しを確かめおみた。煮干しは手぀かずのたた残っおおり、蟻もたかっおいなかった。それでも、床䞋からは猫の鳎き声が聞こえるのだった。

 

 倫が今日も残業せずに垰っおきた。倜を䞀人で心现く過ごす必芁がなくなり、新婚圓時の倫婊関係に戻れるのではないかず期埅した。倕食を終え、思い切っお結花子は切り出しおみた。

「ねぇ、やっぱりこの家、リノベヌションしおみない」

「ん  。なんで」

 新聞を読んでいた倫が顔を䞊げた。

「カビが凄いし、床板も悪くなっおそう。畳も替えたほうがいいよ」

 それに察しお、倫は枋い顔をしお芋せた。

「改築するずなるず先立぀ものがいるだろう」

 暗に、そんな金があるず思うか、ず蚀われた。

「そうだね  。じゃあさ、芁らないものを捚おるずかは 家具で叀いものは捚おお、玍戞にしたったわたしたちが䜿っおた家具を出すずか」

「それは構わないけど、幎代物もあるし、もう少し考えよう」

「日本人圢も あれ、もういらないものなんじゃない それずも䜕か意味があるの」

 結花子からしおみれば気味が悪いだけで、䜕か謂いわれがあるようにも思えない。

「昔からあるけど、気味が悪い仏間にはあたり入らなかったから、よくわからない」

「おじいさんずかおばあさんが集めおたの」

「そういうこずも聞いおないな。あ  、でも䞀番新しい人圢でも明治時代からあるダツだから䟡倀があるずかなんずか芪父が蚀っおた」

「お矩父さんが  」

 理由もなく唐突に瞊死した矩父の話を倫が久しぶりにしたのを芋お、申し蚳ない気持ちになる。矩母も遺曞なく死んでしたったから、倫の䞭でそれらはある皮の傷になっおはいたいかず懞念した。

「䞀時期は捚おようかっお話にもなったけど、そのあずすぐに芪父が死んだからなぁ」

 これ以䞊この話をしおいいものか迷っおいるず、倫が続けた。

「䞀番叀いや぀でも江戞時代より前のもあるっお聞いおるからなぁ  。普通はああいうものは蔵ずかに保存するず思うんだけどな」

 井野家に蔵はない。それに぀いお倫が、井野家は明治以降、生掻に困窮しお広い地所を切り売りしたのだ。増改築を繰り返した結果、こんな奇劙な間取りの家が出来䞊がったのだず。

「寿晶さんもあの人圢、捚おたほうがいいず思う」

 代々受け継がれおきた人圢を、気持ち悪いけれど簡単に捚おおしたっおいいものかず思いながら蚊ねた。

「あっお困るものじゃないけど、結花子が嫌なら捚おおもいいよ」

「嫌っおわけじゃないけど  」

 人圢もだが仏間が嫌だ。仏間を含むこの家が気味悪い。歯切れの悪い返事をしたら、倫が笑った。

「どうせ远々片付けおないずいけないから、今床考えよう」

 それでこの話は終わった。

 四郚屋のうち、瞁偎のある郚屋に垃団を敷き、朜り蟌んだずきにはもう眠気が襲っおきた。町で暮らしおいたずきよりも運動量がある田舎暮らしに、ただ慣れおないせいで疲れたのだろうず思った。


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