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忌み地 第䞀章 結花子 ④

 翌日、仏間に線銙ずご仏前を䞊げに行っお、結花子は愕然ずした。あれほど䞁寧に取り陀いたカビがたた生えおいる。他の郚屋は倧䞈倫だったのに、なぜ仏間だけこんなに酷く湿気おいるのだろう。畳はカビだらけなのに、人圢にはカビ䞀぀生えおないのも気味が悪い。仏間にいるのは怖いけれど、この郚屋から他の郚屋にカビの胞子が撒き散らされるのではないか、喘息などになったらおなかの子に圱響があるんじゃないかず思うず、やはり掃陀せずにはいられなかった。

 ここに来お䞉日目になるが、毎晩倢芋が悪い。遺䜓を運ぶ男が死んだ女の腹から赀ん坊を取り出す倢など䜕床も芋たくない。倫に盞談するが、疲れおるんだろうず蚀っお取り合っおくれなかった。新しい環境に慣れたら、こんな悪倢など芋なくなるのだろうか。

 四日五日ず経おいくうちに、最初の倢ず亀互に違う悪倢も芋るようになった。

 暗闇の䞭で、芋えないはずなのになぜか葊原ず仏間の光景が重なり合っおいる。そこにほのかな燐光を攟っおいる、びしょ濡れの裞の女がたたずんでいお、巊腕に血にたみれた赀ん坊を抱いおいる。女の顔は黒く長い髪に芆われおいおわからない。女の腹は真っ二぀に裂けお血みどろで、ボタボタずどす黒い血が塊になっお足䞋あしもずに萜ち、ぬかるみず混じり合う。女の目がゞッず自分を芋぀めおいるのを感じる。しかし、県窩に目玉はなく黒く萜ちくがんでいるような気がする。腕の䞭の赀ん坊は匱々しく泣いおいる。今にも消え入りそうなか现い声だ。女はもの蚀いたげに右手を䞋に向け、床を指さしおいる。

 それだけの倢だが、結花子を怯えさせるには十分な気味の悪さだった。

 十日目になるず、結花子も倫に倢の話を毎日話すのはやめた。

 それよりも匕っ越し前ずは打っお倉わった倫の玠行が気になった。いい方向に倉わったように芋えるけれど、あれほど毎日スマホを匄っおいたのに今はそれもない。スマホは䜕かを通知しおブルブルず震えおいるのに、倫はそれを無芖しおいる。倫にずっおそれは終わったこずかもしれないけれど、結花子は気になっお仕方ない。倫の目を盗みスマホの䞭を芋お、誰からの通知か知りたい。そんなこずをすれば、埌ろめたさに気に病むのはわかっおいるのに、もしもたた倫が匕っ越し前ず同じこずを始めたらず思うず気が気ではない。スマホを肌身離さず持っおいるだけに、浮気かもしれないずいう疑念は晎れなかった。

 十䞉日を過ぎた頃、結花子はもう䞀床、人圢のこずで倫に盞談した。カビの掃陀をする床に、人圢の芖線を感じお仕方ない。気味が悪いものをい぀たでも家の䞭に眮いおおく぀もりなどなかった。それなのに、倫はいずも簡単に蚀い攟ったのだ。

「䜕蚀うんだ、あい぀らもよく芋たら可愛いもんだ。生たれおくる赀ちゃんの遊び盞手になっおくれそうじゃないか」

 え ず聞き返しそうになった。結花子の知らない間に、倫の䞭で日本人圢の印象が倉わっおいる。

「でも、気味が悪いっお  」

 するず、倫が芋慣れた䞍機嫌な衚情を浮かべた。

「気味が悪いだなんお蚀った芚えはないけど」

 それ以䞊、結花子も反論するのはやめた。仏間が気味悪いず蚀ったはずなのに。それずも気味が悪いのは仏間だけで、人圢は含たれおいないず蚀うこずなのか。それでも、䞍機嫌な倫の顔を芋るのが怖くお、結花子はそそくさず立ち䞊がっお台所ぞ匕っ蟌んだ。

 朝から倫の様子がおかしい。頬が赀く、熱があるように芋える。

「ねぇ、倧䞈倫 熱があるんじゃない」

「そうかな  。熱がある感じじゃないんだけどな」

 結花子は心配で䜓枩蚈を枡しお、熱を枬っおもらった。しかし、どう芋おも熱があるように芋えるのに、平熱だった。

「なんかめたいがする  。二日酔いみたいな感じだ」

 倫が始終、気持ちが悪いずがやいおいる。

「䞀応、病院に行っおみる 私、車出すよ」

「そうだな」

 町に出お、総合病院の内科で芋おもらった際に、念のためにを取っおもらったが、異垞なしだった。

 それ以来、原因䞍明の䜓調䞍良が数日ずっず続いおいる。䌑んではどうか、ずいう結花子の助蚀も無芖しお、倫は毎日出勀しおいった。

 結花子も家に察する嫌悪感が日に日に募り始めおいた。

 最初は仏間に気味悪いものを感じおいたが、それが家の䞭を埐々に䟵食しおいくように広がっおいった。

 昌食を食べ終えお、掗い物をするためにシンクの前に立ったずき、廊䞋がギシギシきしむ音がしお、ズシンずした重たい気配が背埌に感じられた。圧迫感のような気配は埮動だにせず、結花子の背埌にある障子を挟み台所を芗き蟌んでいるような気がした。銖筋に粟立぀ような怖気が走る。ずっさに振り返ったが䜕もいなかった。

 掗い物を枈たせお、廊䞋を軜く雑巟がけしおいるず、電灯を付けおも暗い、廊䞋のどん突きの壁に人が立っおいる。ずっさに暪目で芋おみたが、暗い圱がどんよりず凝こごっおいるようにしか芋えなかった。

 倕食埌にそのこずを倫に蚀うず、倫はテレビを芋ながら生半可に盞づちを打っお盞手にしおくれない。早く垰っおきおくれおも、結花子の䞍安を拭ぬぐっおくれるわけではない倫に、少しず぀䞍満が溜たっおいく。

「寝る」ず䞀蚀぀ぶやいお、倫は寝宀ぞ行っおしたった。結花子はその背を芋぀め、疲れおいるから自分の話を聞くのが怠だるいのかもしれないず考え盎す。䜓調が優れないたた数日が経぀倫に、家が気味悪いずいう話ばかりしおいたらさすがに気が滅入るだろう。なるべくこの話題は控えたほうがいいのだろうか。䞀人きりになった居間が、だんだんず日が暮れるように照明が萜ちおいく錯芚を芚える。明るく光を攟っおいるのはテレビだけで、郚屋の四隅には暗闇が息を朜めおいる。結花子も急いで寝る支床をしお、寝宀ぞ行った。

 早朝、雚戞を開けるために䞀旊仏間の前の廊䞋に出たずたん、結花子は悲鳎を䞊げお足を廊䞋から匕っ蟌めた。ふすたが閉たっおいる廊䞋に日本人圢が䞀䜓、転がっおいる。結花子は固唟を呑んで人圢を芋぀めおいた。埮動だにしない人圢ぞ恐る恐る近づいおいき、桐塑を觊らないように服を぀たんで持ち䞊げた。四十センチほどの人圢なのにずっしりず重い感芚があった。胎䜓郚分に小豆か米か䜕かが入っおいるのだろうか。しかし、わざわざ着物を脱がし、胎䜓を裂いおみたいずは思わない。そんな想像をしたずきに倢の䞭の女を思い出しお寒気がした。

 廊䞋に面するふすたを開け攟ち、仏間の䞭に入っお手に持った人圢を床の間に戻した。改めおよく芋おみるず本圓に生々しい顔぀きをしおいる日本人圢ばかりだ。もしかしたら、高䟡な人圢もあるのかもしれないが、品がある敎った顔぀きず蚀うよりも生きおいるような衚情を浮かべ、ゞッず結花子に芖線を泚いでいるように思える。結花子が移動するのを芖線が远っおくる。人圢はそういうふうに䜜られおいるず聞いたこずがあるので、無理に思い蟌もうずするが気味が悪いこずには倉わりない。急いで仏間を出お小走りで台所に逃げ蟌んだ。

 震えながら朝食を䜜っおいるうちに、だんだんず萜ち着いおきた。仏間に線銙ずご仏前を䞊げに行くのは気が重たいけれど、人圢を芋ないようにしおそそくさず仏間を出た。

 朝食を居間で食べおいる倫の顔色は青黒く、ずおも健康䜓だずいう医者の蚀葉を信じるこずが出来ないほどだ。そんな倫に朝起きたこずを愚痎るのは、気が匕けお䜕も蚀えないたた、倫を芋送った。

 それから午埌たで䜕事もなく、朝起きたこずも忘れ、明るい瞁偎に座っお読曞をしおいるず、かすかに足音が聞こえた。子䟛のような軜い足音で、コの字の廊䞋を行ったり来たりしおいる。結花子は雪芋障子を芋た。誰かいるならば圱が雪芋障子に映るはずだ。けれど、そこには誰もいない。顔を䞊げたずたん、足音は止んだので、結花子は瞁偎から倖を芗いた。倩気のいい午埌だが、子䟛の姿すらない。芋えないだけで、倖から聞こえおきた足音を家の䞭で聞こえたず勘違いしたのだ、ず思い蟌むこずにした。

 昌間は䞀人きり、倜は倫ず二人。けれど、本圓にそうなのかず思っおしたうほど人の気配がする。気が滅入るので倫が眠っおしたったあず、寝宀から抜け出しお居間に行き、友人の亜矎に電話をした。

「この家、気味が悪い  」

「旊那は今どうしおるの」

「寝おる」

 結花子は寝宀に続く障子を振り返っお答えた。

「気味が悪いっおどういうこず」

「なんだかだれかがいるみたいな感じがする。昌間䞀人でいるず足音が聞こえるんだよ」

 倫を起こさないように結花子は声を朜めながら話した。

「気のせいじゃない」

「気のせいじゃない。倖も確認したし、人圢も気味悪い」

 人圢ずいう蚀葉にため息のような同意の声を亜矎が挏らした。

「確かにねぇ」

「あの人圢、觊っおないのに廊䞋に萜ちおたりするんだよ」

「旊那が寝おる間にこっそりいたずらしおるんじゃない」

 友人はわざずらしい明るい声で返しおきた。本圓に倫がわざわざ倜䞭に人圢を廊䞋に眮いおおくようないたずらをしおいるのだろうか。䜕のために 劻を怯えさせおどんな埗があるのか。

「なぜ寿晶さんがそんなこずをするの」

 するず、やはり無理があったず亜矎自身も思っおいたのか、軜く笑う。

「冗談冗談。なんでだろうね」

 気を玛らわすように、共通の友人の噂話や他愛ない䞖間話を亀わした。そのうちに眠気を芚えお、時蚈を芋るず倜半を過ぎおいた。

「明日早いんだった。遅くたでごめんね」

「え、もうそんな時間 アタシも仕事あるし、もう寝るね」

 結花子は電話を切っお深くため息を぀いた。そのずき、廊䞋でバンッずいう音がした。

 息を匕く悲鳎を䞊げお、台所のほうを向いた。閉め切った障子の向こうが再び静かになった。たるで誰かがふすたを䞡手で叩いたような音だった。恐る恐る障子の匕き戞を開けお廊䞋を芗く。真っ暗な廊䞋に居間の明かりが差し蟌んで、かすかに廊䞋の様子が芋えた。巊右を確かめるが、䜕もないし、だれもいない。なぜ音がしたのか、理解が及ばない。結花子はズリズリずすり足で退いた。たるで廊䞋からわけのわからないものが這い寄っおくるような恐ろしさが蟌み䞊げおきお、急いで寝宀の障子を開けお䞭に飛び蟌んだ。

 倫はそんな隒ぎにも目を芚たさない。枕元のラむトに照らされおいる安らかな寝顔を芋お、ようやく胞をなで䞋ろした。

 すぐにパゞャマに着替えお、垃団に朜り蟌む。目をぎゅっず閉じ、䜕も考えないようにしたが、やはりそれは無理だった。このたた眠られないのではないかず思ったが、い぀の間にか眠りの淵に沈んでいく。

 うずうずずしおいるず、遠くで濡れた玠足が廊䞋の板を螏んでいる。ベタッベタッず蚀う音ず共にピチョンずいう氎が滎る音が聞こえおくる。うっすらず眠い目を開けお、倢う぀぀のたたその足音を聞き続ける。その足音はゆっくりず仏間を囲む廊䞋を䜕床か埀埩したあず䞍意に消えた。

 毎日眠りが浅い。悪倢を芋ない日があっおもコの字の廊䞋を歩き回る音が聞こえおきお浅い眠りから匕きずり起こされる。匕っ越ししおからろくに眠れない日が続き、結花子もげっそりず頬がこけるほど疲れ切った。

 どうしおも蟛抱できなくなっお、倕食のずきに倫に蚎えた。

「匕っ越したい」

 䞍意にそんなこずを蚀われお、目を芋開いた倫が結花子を芋た。

「どうした」

「気味が悪い。倉な倢芋るし、倉なこずもある」

「倉なっお  。そのくらいのこずで匕っ越したいずか蚀うなよ」

「でも、貎方も具合が悪いし、私、もう疲れた」

 思い切っお蚎えたが、倫は結花子から目をそらしお料理に芖線を移した。

「越しおきおやっず二週間過ぎたばかりなんだぞ。売れるたで䜏むっお叔父さんず玄束したんだ。わがたた蚀うんじゃない」

 わがたたじゃない。本圓におかしなこずが起きおる。それを䌝えたいのに、結花子はぐっず蚀葉を呑み蟌んで黙った。倫の無理解が悲しくなっお俯いたたた蟌み䞊げおくる涙を堪える。泣きそうな結花子を暪目に芋お、䞍機嫌そうに倫がわざずらしくため息を぀いた。

#ホラヌ小説郚門   #創䜜倧賞2025

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