
余白があった頃、選べていた
【旅から考える生き方シリーズ#1】
最近、「選べない」という感覚についてずっと考えている。
仕事も、働き方も、これからの生き方も。
どれも大切なはずなのに、なかなか決めきれない。
でもふと思った。
あの頃の自分は、もっと軽く選んでいた気がする。
今から10年ほど前。
妻と世界一周をしていた頃のことだ。
大まかな行き先だけ決めて、あとは流れに任せる旅だった。
特に目的もなく降り立った国のひとつが、キューバ。
その国の空気は、どこか時間が止まっているようで、
今でも強く記憶に残っている。
キューバには、いわゆる観光客向けのホテルがあまりない。
代わりに「CASA」と呼ばれる民泊のような仕組みが一般的だった。
街を歩くと、そのマークが至るところにある。
だから宿探し自体には困らない。
ただ、どこに泊まるかは、すべて自分で決める必要がある。
ある日、ひとりの男性にしつこく声をかけられた。
「うちに泊まれ」と何度も勧めてくる。
断っても、歩いても、ついてくる。
あまりにもしつこくて、一度だけ部屋を見に行った。
小さな子どもたちがいて、
湿気のこもった部屋に、見たことのないキャラクターのタオルケット。
正直、安心して泊まりたいと思える場所ではなかった。
やんわり断って、その場を離れた。
それでも彼は、ずっとついてきた。
そのとき、近くにいた女性が声をかけてくれた。
「こっちに来なさい」
言われるままに家に入り、かくまってもらった。
外ではその女性と男性が言い争いになり、
やがて男性は諦めて去っていった。
その家もCASAをやっていて、
とてもきれいで、静かな空間だった。
「今日は一人部屋しか空いていないけど、それでもよければ」
そう言って、ふたりで泊まれるようにしてくれた。
あのときはただ、助かった、という気持ちしかなかったけれど、
どこの国にもこういう人がいるんだと、少しだけ安心したのを覚えている。
その後、あの男性を街で見かけたことがある。
道端に座り込み、頭を抱えていた。
当時は何も考えられなかったけれど、
今になって思う。
きっと彼にも、守るべき生活があったのだと思う。
家族がいたのかもしれない。
収入を得るために、必死だったのかもしれない。
そう考えると、あのしつこさも、少し違って見えてくる。
どこに泊まるか。
どこへ行くか。
何を食べるか。
あの頃の自分は、
そのひとつひとつを、自分で選んでいた。
そして、それを選ぶための「余白」が、確かにあった。
今はどうだろう。
選択肢がないわけではない。
でも、選べないと感じることが増えた。
あの頃と何が違うのか。
まだ、はっきりとは言葉にできない。
ただ、あの頃の自分は、
もう少し軽く選べていた気がする。
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