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Photo byibaraki_nakai

選べなくなったのは、いつからだったのか

    【管理職葛藤シリーズ#12】

    いつから変わったのか。

    いつから、選べなくなったのか。


    はっきりとした境目は思い出せないけれど、

    ひとつ思い当たるタイミングはある。


    管理職になった頃だ。


    振り出しに戻るようだけれど、

    やっぱりここが大きかった気がしている。


    あの頃から、

    「考える余白」が少しずつ減っていった。


    気づけば、

    一日がタスク処理で埋まるようになっていた。


    目の前の業務をこなすことに追われて、

    立ち止まって考える時間がほとんどなくなっていく。


    休みの日でも、

    電話が鳴るかもしれないと思うと気が抜けない。


    家に帰ってからも、

    チャットの通知が気になってしまう。


    仕事とそれ以外の境目が、

    少しずつ曖昧になっていった。


    それに加えて、もうひとつ思い当たることがある。


    管理職になったばかりの頃、

    がむしゃらに働くことが、評価につながるものだと思っていた。


    多少無理をしてでも、

    目の前の仕事をやり切ること。


    そうやって積み重ねていけば、

    ちゃんと見てもらえると、どこかで信じていた。


    実際、しばらくはそれで前に進めている感覚もあった。


    でも、あるとき気づいた。


    思っていたほど、

    その「頑張り」は評価されていないのかもしれない、と。


    もちろん、まったく意味がなかったわけではない。


    ただ、少なくとも

    自分が想像していたほど、単純なものではなかった。


    組織の中での評価には、

    自分の努力だけではどうにもならない部分もある。


    それに気づいたとき、

    少しだけ力の入れ方が分からなくなった。


    プライベートを削ってまで、

    仕事にすべてを捧げようとは思えなかったし、


    かといって、

    どこまで力を入れるのが正しいのかも分からない。


    その曖昧さが、

    少しずつ積み重なっていった気がしている。


    それが直接の理由なのかは分からない。


    でも、あの頃から

    何かが変わり始めた感覚だけは、はっきりと残っている。


    それでも当時は、それが正しいと思って必死だった。

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    世界一周で「自分で選ぶ生き方」を知った理学療法士が、管理職で選択権を失い、取り戻す過程を記録しています。 訪問看護の舞台裏・管理職の葛藤・余白の作り方・父親としての問い・消えゆく日本文化。 どれも「自分の人生を選び直す」という一本の軸から書いています。

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