
[2分エッセイ]質の低い入力から質の高い出力は生まれない話(Garbage in, garbage out)
みなさん、こんばんは。
今日も楽しくAIと壁打ちしていますか。
日々AIと壁打ちを重ね、AI関連の記事を読んでいると、こんな言葉を目にすることがあります。
「AI依存に陥るのは危険だ」
確かに、その通りかもしれません。
では、そもそも「AI依存」とはどんな状態なのでしょうか。
例えば、インターネットの接続が切れてAIが全く使えなくなったら、私はものすごく焦ると思います。そういう意味では、すでに精神的に依存していると言えるのかもしれません。
でも、私が実際にAIに任せている作業は「効率化」がメインです。
思考の整理や、こうしてエッセイの体裁を整えてもらうこと。
手書きや自分のキーボード入力だけでやれば30〜60分かかる作業が、たったの10〜15分で終わり。しかも、自分の思い通りに。
ここまで便利だと、使わない手はありません。
これは「依存」というよりも、ゲームでいうところの「バフ(強化魔法)」のようなものだと思っています。
自力で延々とみじん切りをする代わりに、フードプロセッサーを使う。
二槽式洗濯機ではなく、乾燥機能付きのドラム式洗濯機を使う。
それと同じです。
素の自分の力だけで頑張るのではなく、手足のように使える便利な道具を取り入れて、普段以上のパフォーマンスを出す。
私にとってのAIは、そんな便利な道具のイメージです。
ただし、この便利な道具にはひとつの大きな落とし穴があります。
それは、「質の低い入力から質の高い出力は生まれない(Garbage in, garbage out)」という残酷な原則です。
AIが出してきた文章を見て、「うーん、なんかイマイチだな」と思う時があります。
そういう時は、必ず「なぜそうなったのか」を特定するようにしているのですが、原因はだいたい決まっています。
私自身のプロンプトが適当になっていたか。
あるいは、AIの使うモード(Flash、Pro、思考モードなど)が使用量制限に引っかかったりして勝手に切り替わってしまっていたか。
どんなに高性能なフードプロセッサーでも、適当な材料を放り込めば、それなりの料理しかできません。
結局のところ、AIを使うことって「DIY」や「手芸」などの手作業にすごく似ている気がします。
好きでやっているし、やるからには上手く作りたい。
そして、自分の思い描いた通りのものができあがった時は、嬉しくて、純粋に楽しい。
効率化の先にある、この「作る楽しさ」の感覚だけは、これからもずっと忘れずにいたいなと思います。
皆さんは、AIをどんな「道具」として日常に取り入れていますか?
もし良ければ、コメントで教えてください。
それでは、次の記事でお会いしましょう。