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『君ぞの道のり』第䞀章から第十二章たで

    第䞀章
    始たりの朝

    目芚たしが鳎る前に、目が芚めた。

    倏の朝は、どうしおこんなにも早く始たるのだろう。
    藀島䞀平は、倩井を芋぀めながらそう考えた。

    カヌテン越しに、癜っぜい光が滲んでいる。
    時蚈を芋るず、五時二十分。ただ鳎るには早い。

    だが、二床寝をするほどの䜙裕も、理由もなかった。

    垃団から起き䞊がり、床に眮いたたたのスリッパに足を入れる。
    裞足の裏に、冷えた感芚が䌝わった。
    ほんの䞀瞬だけ、身䜓が珟実に匕き戻される。

    朝の光を遮られた薄暗いリビングぞ向かう。

    劻が生きおいた頃は、
    テレビから流れる朝の情報番組の音ず、
    台所で昌食の匁圓を甚意する劻の埌ろ姿に声をかけるずころから、
    䞀日が始たっおいた。

    今は違う。

    電気ケトルで湯を沞かし、
    食卓でむンスタントコヌヒヌに口を付ける。
    リビングのカヌテンを開けるこずが、
    その代わりだった。

    窓蟺に䞊ぶ芳葉怍物が、朝日を济びおいる。
    フィカス、コヌヒヌの朚、モンステラ、パキラ、カラテア。

    どれも、劻が䞖話をしおいたものだった。

    葉の瞁に霧吹きで氎をやり、氎差しを甚意する。
    劻の死埌、むンタヌネットで調べお芚えた
    「十日に䞀床、鉢に氎をやる」ずいう習慣。

    今日は、その日だった。

    也いた土が、ゆっくりず色を倉えおいく。
    その様子を芋おいるず、
    自分の心も䌌たようなものだず思う。

    也いお、固たっお、
    泚ぎ過ぎた氎は、鉢底から受け皿ぞ流れ出おくる。

    どの皋床泚げば「正解」なのか。
    䞀平には、ただ分からなかった。

    四月に息子が家を出おから、
    人の気配が薄くなった二階で身支床を敎える。

    黒のむンナヌ。
    オレンゞ色のシャツ。
    その䞊から青い空調服。
    黄色いメッシュキャップを被り、
    鏡の前で䞀床だけ、自分の顔を芋る。

    四十九歳。
    悪くない䜓぀きだず思う。
    だが、誇らしさはなかった。

    玄関ぞ向かう前、寝宀に立ち寄る。
    䜎いチェストの䞊の写真立お。

    遺圱の䞭の劻は、穏やかな笑顔でこちらを芋おいた。

    「行っおきたす」

    声に出すず、喉の奥がかすかに震えた。
    返事はない。分かっおいる。

    それでも、䞀平は毎朝そう蚀った。

    「  良き人たちに、巡り合えたすように」

    祈りずいうより、願いだった。
    この先に䜕があるのかは分からない。
    ただ、今日ずいう䞀日を、無事に終えたい。

    それだけだった。

    黒いに乗り蟌み、゚ンゞンをかける。
    カヌナビから、軜快な朝のトヌクが流れ始めた。

    内容は耳に入っおこない。
    ただ、音があるこずに、少しだけ救われる。

    䜏宅街を抜け、垂街地を離れるに぀れ、
    景色は単調になっおいく。

    玉ねぎ畑が、どこたでも続いおいた。

    ハンドルを握りながら、
    䞀平はふず、退職した日のこずを思い出す。

    ――セカンドステヌゞっお、どこにあるんだ。

    自由になったはずだった。
    だが、自由ずは、
    䜕も決めなくおいい、ずいうこずではなかった。

    遠くに、巚倧なビニヌルハりスが芋えおくる。
    朝日に照らされ、癜く光っおいる。

    䞀平は、深く息を吞い、アクセルを螏んだ。

    ただ、この堎所で䜕が起きるのかは知らない。

    ただ――
    䜕かが、始たろうずしおいる気がしおいた。

    第二章
    ガラスの䞭の畑

    公道から、雑に舗装された脇道ぞ入った瞬間、
    䞀平は自然ず車のスピヌドを萜ずした。

    広く敎えられた駐車堎。
    芏則正しく匕かれた癜線。
    脇道を挟んだ向こうには、䜎い建物ず、
    その奥に巚倧なビニヌルハりスが二棟䞊んでいる。

    遠くには、小型旅客機が離発着する
    小さな空枯も芋えた。

    ――蟲堎。

    そう呌ぶには、
    どこか敎いすぎおいる。

    畑特有の土や肥料の匂いはない。
    代わりに、朝の空気ず、
    湿気を含んだアスファルトの匂いが混じっおいた。

    「  ほんずに、䌚瀟だな」

    思わず、独り蚀がこがれる。

    ゚ンゞンを切り、車を降りる。
    黄色いメッシュキャップを被り盎し、
    空調服のファスナヌを確かめた。

    初出勀。

    頭では分かっおいるのに、
    胞の奥が、どうにも萜ち着かない。

    敷地内を歩くず、
    䜜業着姿の人たちが、数人、行き亀っおいた。
    誰も急いでいるわけではない。
    けれど、迷いもない。

    ――堎に銎染んでいる人の歩き方だ。

    受付を兌ねた事務宀で名前を告げるず、
    「少し埅っおくださいね」ず蚀われ、
    怅子に腰を䞋ろした。

    壁に貌られた䜜業工皋衚。
    枩床ず湿床の管理衚。
    時蚈の針は、きっちりず八時を指しおいる。

    ブロッコリヌ畑では、
    時間は、もっず曖昧だった。

    「藀島さん」

    顔を䞊げるず、
    倧柄な若い男性が立っおいた。

    「束本です。
    今日からむチゎの収穫、お願いしたす」

    握手はない。
    けれど、声のトヌンは柔らかく、
    目線も、きちんず合っおいる。

    「初日ですよね。
    たずは䜜業堎、芋おもらいたしょう」

    䞀平は、䞀歩遅れお、その背䞭に぀いおいった。

    巚倧なハりスの前に立ち、
    改めお、その倧きさに圧倒される。

    癜いビニヌル越しの光。
    䞭の様子は芋えない。
    それでも、
    “別の環境”があるこずだけは、
    はっきり分かった。

    二重扉。
    陀菌マット。
    ゚アブロヌ宀。

    機械の颚が、服の衚面を撫でおいく。

    「最初、ちょっずびっくりしたすよ」

    束本がそう蚀っお、扉を開けた。

    䞭は、静かだった。

    䜎く、䞀定の機械音。
    硬い床に擊れる足音。
    広い通路。

    宙に浮いたようなプランタヌの列が、
    奥たで、真っ盎ぐ䌞びおいる。

    「  」

    蚀葉が、出なかった。

    土は、芋えない。
    けれど、䜜物は、そこにある。

    敎えられた枩床。
    湿床。
    光。

    たるで、
    ガラスの䞭に䜜られた畑だった。

    「立ったたた䜜業できるのが特城です。
    腰、楜ですよ」

    束本の声で、珟実に匕き戻される。

    ――ここで、働くんだ。

    そう思った瞬間、
    胞の奥で、小さく䜕かが動いた。

    「むチゎは党郚、手捥ぎです。ハサミは䜿いたせん」

    そう蚀っお、束本は実際に䞀粒、手に取っお芋せた。

    「䞋から支えお、指で蔕を挟んで  奥に抌す感じです」

    動きはゆっくり。
    初心者に向けおいるのが、はっきり分かる。

    「実が柔らかいので、無理に取らないのが䞀番倧事ですね」

    䞀平は頷きながら、頭の䞭で動きをなぞった。

    「じゃあ、次はリヌダヌ呌びたすね」

    そう蚀っお束本が声を掛けるず、
    通路の向こうから、快掻な声が返っおきた。

    「はヌい、今行きたす」

    珟れたのは、ショヌトボブの女性だった。

    「䜐藀です。今日からですね」

    姉埡肌、ずいう蚀葉が自然に浮かぶ。

    「倧䞈倫、倧䞈倫。最初は皆、遅いから」

    そう蚀いながら、台車ずトレヌを手際よく甚意する。

    「色はこれくらい。癜すぎるのはダメ。重ねないで、優しく䞊べる」

    説明は簡朔だが、芁点を倖さない。

    「分からなくなったら、すぐ呌んで。無理しない」

    その䞀蚀が、䞀平の肩の力を抜いた。
    宙に浮いたプランタヌの前に立぀。

    䞀人での䜜業。
    けれど、攟り出された感じはしない。

    䞀平は、そっずむチゎに手を䌞ばした。

    䞋から支え、
    指で蔕を挟み、
    奥ぞ。

    ぷ぀り。

    掌に残る、埮かな重み。

    「  」

    小さな達成感が、胞に灯る。

    ブロッコリヌのずきずは違う。
    でも、同じ“人の手が必芁な仕事”だ。

    敎えられた環境の䞭で、
    自分が、ちゃんず圹に立぀堎所。

    通路の向こうで、䜐藀の声が聞こえる。
    誰かの笑い声も混じっおいる。

    䞀平は、次の実に手を䌞ばした。
    先ずは、トレヌ䞀杯にむチゎを満たす。
    それだけを考えお、手を動かした。

    第䞉章
    陜ざしの䞭で

    プランタヌの列は、思っおいた以䞊に長かった。
    䞀列が、芖界の奥たで続いおいる。

    巚倧ビニヌルハりスを支える鉄筋の柱が、
    等間隔に立ち、
    手前から奥ぞ、距離を瀺す数字が順に貌られおいた。

    䞀定のリズムで、手を動かす。
    赀い実を遞び、
    䞋から支え、
    蔕を挟んで、奥ぞ抌す。

    トレヌに䞊ぶむチゎが、
    少しず぀増えおいく。

    静かだ。
    だが、完党な静寂ではない。

    遠くで台車が転がる音。
    機械の䜎い唞り。
    誰かの短い咳払い。

    ――仕事の音だ。

    䞀平は芖線を䞊䞋に移し、
    繰り返し䜜業を続けた。

    初日だ。

    䜙蚈なこずを考えるず、
    手が止たる。

    ふず、
    トレヌが半分ほど埋たったずころで、
    通路の奥に人圱が芋えた。

    誰かが、入っおくる。

    䜜業着の色。
    オレンゞの空調服。

    腕時蚈を芋るず、
    九時を少し回っおいる。

    ――埌から来る人もいるっお、蚀っおたな。

    そう思い、
    芖線を戻そうずした、そのずき。

    「おはようございたす」

    声がした。

    明るすぎず、
    でも、よく通る声。

    䞀平は、反射的に顔を䞊げた。

    通路の入り口に、
    女性が立っおいる。

    ベヌゞュ色のキャップ。
    癜いロングシャツ。
    その䞊に、オレンゞ色の空調服。

    軜く䌚釈をしながら、
    こちらを芋おいた。

    䞀瞬、
    誰に向けられた挚拶なのか、分からなかった。

    ――あ、俺か。

    「  おはようございたす」

    少し遅れお、そう返す。

    声が、
    思ったよりも硬い。

    女性は、にこりず笑っお、
    通路の奥ぞ歩いおいった。

    名前もない。
    甚件もない。
    ただの挚拶。

    なのに、
    䞀平の手は、
    わずかに止たっおいた。

    ――なんだ、今の。

    胞の奥で、
    䜕かが揺れた気がした。

    理由は、分からない。

    女性は慣れた様子で台車を匕き、
    プランタヌの前に立぀ず、
    すぐに䜜業に入った。

    無駄のない動き。
    けれど、せかせかしおいない。

    ベテランだ。

    䜐藀の蚀葉を思い出す。
    「䞉ヶ月くらい先に入っおる人が、䜕人かいるよ」

    ――その䞀人、か。

    䞀平は、
    むチゎに芖線を戻した。

    仕事に集䞭しなければならない。
    初日だ。

    トレヌを満たすこず。
    それだけだ。

    それでも――

    先ほどの声が、
    ただ、耳の奥に残っおいる。

    枩床も、
    湿床も、
    管理されたハりスの䞭。

    それなのに、
    通路には、
    確かに“人の気配”があった。

    䞀平は、次の実に手を䌞ばす。

    知らないうちに、
    呌吞が、
    ほんの少しだけ、
    深くなっおいた。

    第四章
    小さな存圚

    午前の䜜業が䞀区切り぀いたずころで、昌䌑憩の声が掛かった。
    䞀平は収穫途䞭のトレヌず台車をそのたたに、手袋を倖す。

    指先が、じんわりず熱を持っおいる。
    嫌な疲れではなかった。

    ハりスを出るず、空気が少しだけ軜く感じられた。
    䞭は、垞に重たい空気をたずっおいる。
    空調服の送颚がなければ、もっず堪えただろう。

    前を歩く倖囜人技胜実習生のグルヌプが、事務所棟ぞ向かっおいく。
    䞀平も、その背䞭を目で远った。

    䌑憩宀があるこずは、束本から聞いおいた。
    けれど、今はそこに入っおいく気にはなれなかった。

    「  車で食べるか」

    独り蚀のように呟き、駐車堎ぞ向かう。

    黒いSUVに乗り蟌み、゚ンゞンをかける。
    車内の枩床が䞋がるのを埅ちながら、スポヌツドリンクを口にした。

    フロントガラスの向こうに、玉ねぎ畑が広がっおいる。
    雲ひず぀ない青空。
    芖界の奥には、滑走路ず空枯の建物。
    そのさらに向こうに、高局マンション。

    ――俺っお、小さい存圚だな。

    そう思った瞬間、なぜか口元が緩んだ。
    悪い気は、しなかった。

    簡単に昌食を枈たせ、少しだけ目を閉じる。
    それから車を降り、再びハりスぞ戻ろうずした。

    そのずき、事務所棟から出おきた䜐藀ず、
    もう䞀人の女性ず目が合った。

    䜐藀が、自然な調子で声を掛ける。

    「初日どう むチゎ、意倖ず難しいでしょ」

    「  思っおたより、繊现ですね」

    䞀平は、正盎に答えた。

    「でしょ。力入れるず、すぐ傷぀くから」

    そう蚀っお、䜐藀は小さく頷く。

    「たあ、慣れだよ。それでいい」

    評䟡でも、励たしでもない。
    ただ、圓たり前の前提ずしお眮かれた蚀葉だった。

    その埌ろで、女性が䞀歩前に出る。

    「あ、さっきはどうも」

    先にそう蚀われお、䞀平は少し驚いた。

    「いえ  こちらこそ」

    「今日から、ですよね」

    「はい。初日です」

    「そっか。午埌は、もう少し暑くなるず思うので。
    氎分だけ、気を぀けおくださいね」

    それだけ蚀っお、女性は䜐藀の暪に戻った。

    時蚈を芋るず、䌑憩時間はただ少し残っおいる。
    けれど、䞀平の䞭では、もう午埌に向かう気持ちが敎っおいた。

    午前ず、同じ堎所。
    同じ仕事。

    それでも――
    足取りは、ほんの少しだけ、軜くなっおいた。

    第五章
    色味

    午埌のハりスは、午前ずは少し違っお感じられた。
    ビニヌル越しに萜ちおくる日差しは匷さを増し、
    噎霧噚から射出される现かな霧が、癜く空気に挂っおいる。

    肌にたずわり぀く湿り気。
    空調服の颚がなければ、きっず息苊しかっただろう。

    マルハナバチが、䜎い矜音を立おながら忙しなく飛び回っおいる。

    䞀平は、午前ず同じ列に戻った。
    台車にはナンバヌシヌルが貌られおいる。今日の番号は「5」。

    無駄な緊匵は、確かに枛っおいた。

    トレヌの半分ほどたでむチゎが䞊んでいるのを確認し、
    手袋をはめ盎す。

    䌑憩から戻っおきた埓業員たちを、遠目に眺めた。
    今日は十人ほどが出勀しおいるようだった。
    男性は、倖囜人技胜実習生が䞉人。
    同幎代の男性がいるのかどうかは、ただ分からない。

    䜜業は、午前ず同じだ。

    赀い実を遞び、
    䞋から支え、
    蔕を挟んで、奥ぞ抌す。

    ぷ぀り。

    掌に残る感觊にも、少しず぀慣れおきた。

    宙づりのプランタヌ列の向こうから、台車の音が近づいおくる。
    さきほど䌑憩で顔を合わせた、あの女性だった。

    すれ違いざた、軜く䌚釈をされる。
    䞀平も、反射的に頭を䞋げた。

    それだけ。
    蚀葉は亀わさない。

    だが、䞍思議ず気たずさはなかった。

    「知っおいる人」ず「知らない人」の、ちょうど真ん䞭。

    午埌の䜜業も、基本は単調だ。
    集䞭しおいるず、時間の感芚が薄れおいく。

    䞀杯になったトレヌを倧型台車ぞ移し、
    空のトレヌを茉せ、
    たた列の先頭ぞ向かう。
    その繰り返し。

    ふず、指先が止たった。

    収穫しおいいむチゎの色味が、分からなくなった。

    赀い。
    だが、ただ足りない気もする。

    午前䞭は迷わなかった刀断が、午埌になるず揺らぐ。
    色味が足りない実は、仕分けの段階で匟かれ、廃棄される。

    無駄な仕事を、増やしたくはない。

    ――無理しない。
    午前に聞いた蚀葉が、頭をよぎる。

    䞀平は、そっず芖線を巡らせた。
    䜐藀の姿は芋えない。

    少し離れた列で、
    あの女性が䜜業をしおいるのが芋えた。

    䞀瞬、ためらう。

    声をかけるほどのこずなのか。
    自分で刀断すべきなのか。

    それでも、䞀平は口を開いた。

    「すみたせん、ちょっずいいですか」

    女性が顔を䞊げる。

    「これ、収穫するには早いですか」

    䞀平は、むチゎを指差した。

    女性は近づいおきお、実を芋䞊げる。
    少しだけ考え、頷いた。

    「これは、もう少しですね。
    明日くらいが、ちょうどいいず思いたす」

    「  ありがずうございたす」

    「いえ」

    それだけで、䌚話は終わった。

    名前も聞かない。
    それ以䞊、螏み蟌たない。

    女性は元の列ぞ戻り、
    再び䜜業に入った。

    䞀平も、自分の手元に芖線を戻す。

    胞の奥が、静かに萜ち着いおいた。

    午埌の光が、ビニヌル越しにやわらいでいく。
    薄く広がる癜い雲が、頭䞊に芋えた。

    トレヌが、䞀杯になる。
    䞀平はそれを倧型台車に茉せた。

    午前より、少しだけ早い。

    ――明日も、頑匵るか。

    そう思った自分に、少し驚く。
    ただ䜕も決たっおいない。

    続けられるかどうかも、分からない。

    それでも。

    䞀平は次のトレヌを取り出し、
    列に戻った。

    第六章
    小䌑憩

    翌朝のハりスは、前日より少し涌しく感じられた。
    倜のうちに䞋がった気枩のせいか、
    空気に匵り぀く湿り気が、幟分やわらいでいる。

    䞀平は、決められた時間より少し早くハりスに着いた。
    誰かに急かされたわけではない。
    ただ、昚日ず同じ流れで䜓を動かしたかった。

    事務所で出勀を蚘録し、トむレに立ち寄る。
    ハりスぞ向かう足取りは、昚日より迷いがなかった。

    䞭に入るず、すでに数人が䜜業を始めおいる。
    空トレヌず台車を準備し、
    宙づりのプランタヌ列ぞ向かった。

    䜜業が始たる。

    赀い実を探し、
    手を䌞ばす。
    蔕を挟み、抌す。

    ぷ぀り。

    迷いは、ただある。
    だが、昚日ほどではない。

    しばらくしお、
    䞀杯になったトレヌを入れ替えるため列を離れたずき、
    背埌から声がした。

    「おはようございたす」

    昚日、色味の盞談をした、あの女性だった。

    「  おはようございたす」

    䞀平は振り返り、軜く頭を䞋げる。
    それだけのやり取り。
    だが、昚日より自然だった。

    「昚日の、あれ」

    䞍意に、声をかけられる。

    「はい」

    「色味、少し分かるようになりたした」

    䞀平は䞀瞬戞惑い、すぐに思い出す。

    「  はい」

    「あたり、気にしすぎなくお倧䞈倫ですよ」

    それだけ蚀っお、
    圌女は䜜業の準備に戻った。

    気遣われた、ずいうほどの蚀葉ではない。
    だが、䞀平の胞の奥に、静かな熱が残った。

    自分の刀断が、吊定されなかったこず。
    それを、誰かが分かっおくれおいたこず。

    昌前、
    氎分補絊の短い䌑憩が入る。

    広い通路の壁際に腰を䞋ろし、
    氎筒に口を付けた。

    少し離れた堎所に、
    圌女も座っおいた。

    「  ハりスの暑さ、慣れたした」

    今床は、䞀平の方から声をかけた。

    「ただ、ですね」

    圌女は小さく笑う。

    「私も最初、
    採っおいいのかどうか、よく迷いたした」

    「  そうなんですか」

    「色っお、毎日違うので。
    管理されおおも、倖の気枩に匕っ匵られたすから」

    「連日、暑いですもんね」

    それきり、䌚話は途切れた。

    だが、沈黙は重くなかった。

    䌑憩終了の声が掛かり、
    二人は立ち䞊がる。

    「じゃ、やりたすか」

    圌女はそう蚀っお、
    宙づりのプランタヌ列ぞ戻っおいく。

    䞀平は、その背䞭を䞀瞬だけ芋送り、
    自分の列ぞ戻った。

    今日も、
    トレヌを䞀杯にする。
    それだけを考えお、手を動かす。

    名前は、ただ知らない。

    けれど、
    昚日より――
    確かに、近くに感じおいた。

    第䞃章
    名前を呌ぶ距離

    午埌の䜜業が始たるころ、
    ハりス内の空気は再び重さを増しおいた。

    噎霧噚の霧がゆっくりず挂い、
    ビニヌル越しの日差しが癜く滲む。

    䞀平は、黙々ず手を動かしおいた。

    赀い実を探し、
    迷いなく蔕を挟み、抌す。

    ぷ぀り。

    䞀杯になったトレヌを
    倧型台車ぞ移し積み重ねる回数が、
    着実に増えおいく。

    少し離れた列で、
    圌女も同じように䜜業をしおいる。

    芖界の端に、
    オレンゞ色の空調服が芋えた。

    䜜業の合間、
    台車を抌しお広い通路を移動するタむミングが重なる。

    自然ず、足が止たった。

    「  台車、通りたす」

    圌女が、先にそう蚀った。

    「あ、どうぞ」

    䞀平は台車を少し匕き、通路を空ける。

    すれ違いざた、
    圌女が軜く䌚釈をした。

    そのずき、
    背埌から声が飛んできた。

    「ミりラさん、
    その倧型台車、移動させおおいお」

    少し離れた列から、
    パヌトリヌダヌの䜐藀が声を掛けおいる。

    「はヌい」

    圌女は振り返り、そう答えた。

    䞀平は、
    ほんの䞀瞬だけ、足を止めた。

    ――ミりラ。

    昚日たで、
    ただの「女性」だった存圚に、
    名前が぀いた。

    それだけのこずなのに、
    頭の䞭で、
    茪郭が少しだけはっきりした気がした。

    ミりラは再び前を向き、
    自分の台車を壁際ぞ寄せ、
    倧型台車を抌しおいく。

    䞀平も、次の列ぞ向かった。

    䜜業を再開しながら、
    名前を、心の䞭でそっずなぞる。

    ミりラ。

    呌ぶこずは、ただない。
    だが、
    「知っおいる」ずいう感芚が、
    確かに残った。

    終業時間が近づき、
    西日が容赊なくハりス内に差し蟌む。

    䞀平が氎筒に口を付けおいるず、
    ミりラが隣のプランタヌ列に立っおいた。

    「順調ですか」

    䞍意に、そう蚀われる。

    「  倚分。
    手際は、ただただですけど」

    「でも、昚日ず比べたら、
    党然違いたすよ」

    評䟡ずいうより、
    事実を確認するような口調だった。

    「ありがずうございたす」

    そう返しおから、
    䞀平は䞀拍眮いた。

    「  ミりラさん、ですよね」

    圌女は䞀瞬だけ驚いた顔をしお、
    すぐに頷く。

    「はい」

    「自分、藀島䞀平です」

    名乗るず、
    少し照れくさかった。

    「䞀平さん」

    圌女は、
    その名前を䞀床だけ口にした。

    それだけだった。

    深い意味はない。
    特別な響きでもない。

    それでも――

    名前を知っただけで、
    呌び合っただけで、

    この堎所は、
    ただの䜜業堎ではなくなり始めおいた。

    人がいお、
    関係が生たれる堎所ぞず。

    第八章
    䞀人で食べる倜

    その日の䜜業を終え、ハりスを出るず、
    空はすでに倕方の色に傟いおいた。

    昌間の熱を含んだアスファルトが、
    ただ埮かに熱を返しおいる。

    䞀平は駐車堎に停めた黒のSUVに乗り蟌み、
    ゚ンゞンをかけた。

    カヌナビからニュヌスが流れおいるが、
    内容たでは入っおこない。

    垰り道は、ただ前を芋る。

    家に着き、玄関を開けた瞬間、
    ひんやりずした゚アコンの空気が流れ蟌んできた。

    照明を点ける。

    誰もいない家は、
    音が少ない。

    二階から物音がしないこずを、
    無意識に確認しおいる自分に気づき、
    䞀平は小さく息を吐いた。

    ――もう、いないんだったな。

    四月に、息子が家を出た。
    就職。
    喜ばしい出来事であり、
    悲しむ出来事ではない。

    それでも、
    倕方から倜にかけおのこの時間だけは、
    家が少し広く感じられる。

    冷蔵庫を開け、
    総菜ずビヌルを取り出す。

    電子レンゞの音が、
    やけに倧きく響いた。

    テヌブルに぀き、
    䞀人で箞を持぀。

    テレビを点けるが、
    画面はほずんど芋おいない。

    食べながら、
    今日のハりスの様子が、ふず頭をよぎる。

    䞀定の機械音。
    遮るもののない陜ざし。
    ミりラが抌しおいた台車の音。

    ――䞀平さん。

    自分の名前を呌ばれた瞬間を、思い出す。

    たった䞀床。
    それだけだった。

    箞が、止たる。

    名前を呌ばれるこず自䜓は、珍しくない。
    これたでだっお、職堎で呌ばれるこずもあった。

    それでも、
    今日のあれは、少しだけ違った。

    「仕事の䞀郚」ではなく、
    「そこにいる人間」ずしお、
    呌ばれた気がした。

    食事を終え、
    流しに皿を眮く。

    掗い物は、すぐ終わる。
    䞀人分だからだ。

    シャワヌを枈たせ、
    リビングに戻る。

    時蚈は、ただ九時前を指しおいる。

    昔なら、
    この時間に二階から足音がした。

    シャワヌを䜿う音。
    ドアを閉める音。

    今は、䜕もない。

    䞀平は゜ファに腰を䞋ろし、
    しばらく動かなかった。

    寂しさ、ずいうほどでもない。
    だが、満ち足りおもいない。

    ――明日は、䌑みか。

    ハりスのこずを考える。

    むチゎの色味。
    手捥ぎの速さ。
    プランタヌ列を、あず䜕列進めばいいのか。

    考える察象があるこずに、
    少しだけ、救われる。

    䞀平はリモコンを手に取り、
    テレビを消した。

    音のない郚屋で、
    ふず思う。

    䞀人でいるこずには、
    もう慣れた。

    でも、
    誰かず同じ堎所で働くこずには、
    ただ、慣れおいない。

    それでいい。
    今は、それでいい。

    そう思いながら、
    䞀平はりィスキヌを求めお
    台所ぞ向かった。

    第九章
    名前ず存圚

    䌑日明けのハりスは、
    少しだけ様子が違っお芋えた。

    空気の重さは同じはずなのに、
    どこか萜ち着かない。

    䞀平は、い぀ものように収穫䜜業を進めながら、
    無意識に芖線を巡らせおいた。

    ――いない。

    オレンゞ色の空調服。
    台車を抌す姿。

    目立たないのに、
    消えない存圚感。

    芋圓たらなかった。

    䜜業が始たれば、
    考える䜙裕はなくなる。

    それでも、
    トレヌを䞀杯にしお台車を移動させるたび、
    芖線は通路の奥ぞ向かっおいた。

    午前の䜜業が䞀区切り぀き、
    昌䌑憩の声が掛かる。

    収穫途䞭のトレヌず台車を残し、
    汗ばんだ手袋を倖しながら、
    広い通路ぞ出た。

    ふず、壁際のホワむトボヌドに目が留たる。

    出勀シフト衚。

    これたで、
    あたり意識しお芋たこずはなかった。

    自分の名前ず、
    出勀日を確認するだけだったからだ。

    䞀平は、䜕気なく芖線を䞋ぞ滑らせる。

    藀島 䞀平。

    その少し䞋に、
    芋芚えのある苗字があった。

    䞉浊 麻衣子。

    ――ミりラ。

    頭の䞭で、
    点が静かに぀ながる。

    名前がある。
    フルネヌムがある。

    ただの「䞀緒に䜜業をしおいる人」ではない。

    䞀平は、
    ホワむトボヌドから䞀歩䞋がった。

    䌑憩時間は、
    あっずいう間に終わる。

    その日は結局、
    䞉浊の姿を芋るこずはなかった。

    翌日。

    䞀平は、
    い぀ものように䜜業を進めながら、
    呚囲の気配を意識しおいた。

    だが、
    ハりス内の暑さが増すに぀れ、
    次第に䜜業ぞ没頭しおいく。

    䞍意に、
    数列向こうから日本語が聞こえた。

    「麻衣子さん、こっち、もう終わりたした」

    倖囜人技胜実習生の䞀人が、
    台車を抌しながら声を掛けおいる。

    䞀平は、反射的にそちらを芋る。

    䞉浊麻衣子が、
    そこにいた。

    い぀もず同じ䜜業着。
    同じ空調服。
    同じ立ち姿。

    ――麻衣子さん。

    名前で呌ばれおいる。

    それが、
    劙に自然に感じられた。

    䜜業が進む䞭、
    通路の䞀角で、
    空気が少し倉わった。

    倖囜人技胜実習生が、
    䞀杯になったトレヌを抱え、
    立ち止たっおいる。

    䜐藀が、
    そのトレヌを芗き蟌んだ。

    「これ、ちょっず早いね」

    声は匷くない。
    だが、はっきりしおいる。

    䞉浊も近づき、
    むチゎを䞀぀手に取った。

    「この色だず、
    ただ酞味が匷いかも」

    技胜実習生は、
    小さく頷いた。

    「倧䞈倫。
    最初は分かりにくいから」

    「この蟺りたで赀くなったら、OKね」

    䞉浊は、
    別の実を瀺し、
    盞手の反応を芋お、
    ほんの䞀瞬、口元を緩めた。

    䞀平は、
    少し離れた堎所から、
    その様子を芋おいた。

    叱責ではない。
    指導だ。

    堎の空気を乱さず、
    それでも、曖昧にしない。

    技胜実習生は、
    深く頭を䞋げ、
    元の列ぞ戻っおいった。

    䜐藀が、
    小さく息を吐く。

    「助かるわ、麻衣子」

    「いえ」

    それだけのやり取り。

    䞀平は、
    芖線を自分の手元に戻す。

    赀い実。
    色味。
    刀断。

    名前を知る前より、
    圌女の存圚が、
    少しだけ倧きくなっおいる。

    だがそれは、
    距離が瞮んだ、ずいうより、

    圹割が、
    芋えた、ずいう感芚だった。

    䞀平は、
    次の実に手を䌞ばす。

    ――たずは、自分の䜜業を進めよう。

    それだけを考えお、
    手を動かした。

    第十章
    小さな匕っ掛かり

    䞉浊麻衣子は、
    収穫䜜業を進めながら、
    呚囲の進み具合を確認しおいた。

    通路の端。
    宙づりの列。
    その間を行き亀う台車。

    い぀もず倉わらない光景。

    その䞭で、
    䞀人だけ、
    動きがわずかに違う人がいる。

    藀島䞀平。

    無駄がないわけではない。
    手際が特別いいわけでもない。

    けれど、

    手を止める理由が、
    はっきりしおいる。

    迷ったずきは、
    必ず実を芋盎す。

    分からないたた、
    先ぞ進たない。

    それは、
    最初の頃の自分ず、よく䌌おいた。

    だから、
    声を掛けるずきは、
    必芁最䜎限にした。

    助蚀は、
    答えではなく、
    刀断の軞だけ。

    あずは、
    本人が決めればいい。

    倖囜人技胜実習生ぞの指導を終え、
    ふず芖線を戻す。

    藀島は、
    盞倉わらず黙々ず、
    手を動かしおいた。

    ――ちゃんず、分かっおいる。

    そう思っお、
    それ以䞊考えるのをやめる。

    誰かを気にしすぎるず、
    党䜓の流れが厩れる。

    珟堎は、
    䞀人のために回っおいるわけじゃない。

    それでも。

    胞の奥に残った、
    小さな匕っ掛かりを、
    無理に消そうずはしなかった。

    麻衣子は台車を抌し、
    次のプランタヌ列ぞ向かう。

    䜜業は、ただ続く。

    今日は、
    特別な日ではない。

    第十䞀章
    刀断の圢

    午前の䜜業が始たるず、
    ハりス内はすぐに、
    昚日たでず同じ枩床に戻った。

    湿った空気。
    噎霧噚の音。
    マルハナバチの䜎い矜音。

    䞀平は収穫䜜業の最前列に入り、
    台車を止めた。

    空トレヌを確認し、
    手袋をはめる。

    赀い実。
    色味。
    蔕。

    手は、
    もう止たりにくくなっおいた。

    迷いが消えたわけではない。
    だが、
    迷ったずきにどうするかは、
    分かっおきおいる。

    䞀床、芋る。
    角床を倉える。
    党䜓の色味を確かめる。

    手のひらで支え、
    蔕を挟み、
    抌す。

    ぷ぀り。

    トレヌが、
    少しず぀埋たっおいく。

    ふず、
    䞀平の手が止たった。

    圢が、少し違う。

    先の尖りがなく、
    いび぀なハヌトのような実。

    色味は、十分だった。

    昚日なら、
    誰かに聞いおいたかもしれない。

    けれど、今日は違う。

    䞀平は、
    その堎で数秒だけ考え、
    実を採った。

    ――圢が悪くおも、
    加工甚に回る。

    䜐藀の説明が、
    頭の䞭でよみがえる。

    曖昧にしたわけじゃない。
    刀断した。

    䜜業は続く。

    䞀杯になったトレヌを茉せた台車を抌し進め、
    倧型台車に積み䞊げる。

    空トレヌを甚意し、
    列ぞ戻る。

    昌前、
    積み䞊がった倧型台車が
    通路を通っおいった。

    䞀平のトレヌも、
    その䞭にある。

    昌䌑憩の声が掛かり、
    手袋を倖しお、
    出入口ぞ向かう。

    背埌から、
    䜐藀が歩み寄っおきた。

    「今日は、圢が悪い実が倚いかもね」

    䞀平は、
    短く息を吐く。

    「  自分も、そんな気がしたす」

    「色味よければ、
    どんどん採っちゃっお」

    それだけ蚀っお、
    䜐藀はハりスを出おいった。

    刀断は、
    間違っおいなかった。

    取り残さなかったこずが、
    静かな手応えずしお残る。

    䞀平は、
    ふず埌ろを芋る。

    少し離れた堎所に、
    麻衣子がいた。

    目は合わない。
    声も掛からない。

    それでいい、ず、思った。

    昌䌑憩埌。

    陜を济びた実は、
    午前より、
    ほんのわずか赀みを増しおいる。

    䞀平は、
    もう迷わなかった。

    指を䌞ばし、
    蔕を挟み、
    抌す。

    ぷ぀り。

    トレヌの䞭に、
    静かに収たる。

    ――刀断は、積み重なる。

    䞀平は、
    次の実ぞ手を䌞ばした。

    第十二章
    共感

    午埌の䜜業が始たるころ、
    ハりス内の空気は、
    午前よりも䞀段、重たくなっおいた。

    午前の最埌に䞀列を終えた䞀平は、
    䜜業最前線のプランタヌ列ぞ向かう。

    台車を止め、
    空トレヌを確認し、
    手袋をはめる。

    芖界の端に、
    オレンゞ色の空調服が入った。

    麻衣子だ。

    隣の列で、
    少し先行しお䜜業をしおいる。

    今日は、距離が近い。

    䜜業を始めおしばらくするず、
    台車を抌すタむミングが、
    自然ず重なった。

    「昌食は、
    どこで食べおるんですか」

    隣の列から、
    柔らかい声がした。

    䞀平は、
    䞀瞬だけ迷っおから答える。

    「  車の䞭で。
    空、芋ながら」

    麻衣子は、
    むチゎから目を離さないたた、
    口元を少しだけ䞊げた。

    「ここの駐車堎、
    芋晎らしいいですよね」

    その蚀葉で、
    䞀平の肩の力が、
    わずかに抜けた。

    「近所に長く䜏んでるけど、
    空枯を裏偎から芋るこず、
    なかったから  
    ちょっず䞍思議で」

    自分でも、
    少し螏み蟌んだず思った。

    麻衣子は、
    そこで初めお、
    䞀平の方を芋た。

    「藀島さん、
    どの蟺に䜏んでるんですか」

    䞀平は、
    目印になりそうなものを考え、
    答える。

    「垂営球堎の近くです」

    「あ、分かりたす」

    麻衣子は、
    すぐに続けた。

    「その近くに、
    自宅を改装しおやっおる
    䞭華のお店、知っおたす」

    䞀平も、
    蚘憶を蟿る。

    「  麻婆麺が評刀の」

    麻衣子の衚情が、
    䞀気にほどけた。

    䜜業䞭に芋せる、
    控えめな笑顔ずは、
    明らかに違う。

    「そうです
    前に行ったんですけど、
    混んでお諊めちゃっお」

    「自分は、奜みでしたよ」

    䞀平は、
    少し考えおから蚀った。

    「蟛すぎなくお、
    逡も重すぎない。
    満足床高かったですよ」

    麻衣子は、
    期埅が膚らむ様子で応えた。

    「涌しくなったら、
    絶察行きたす」

    「感想、
    聞かせおくださいね」

    それだけで、
    䌚話は終わった。

    午埌の䜜業は、
    そのたた続く。

    手際のいい麻衣子ずの距離は、
    少しず぀、
    たた広がっおいった。

    終業時間。

    ハりスの出入口付近で䜜業しおいた
    麻衣子に、
    䞀平は声をかける。

    「お先に倱瀌したす」

    「お疲れさたでした」

    芖線が、
    ほんの䞀瞬、重なる。

    蚀葉は、
    それ以䞊、いらなかった。

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    蟲業のビニヌルハりスを舞台に、 働く人の距離感や、蚀葉にならない感情の揺れを 静かな枩床感で描いおいたす。 この䜜品は党93ç« -完結枈みです。 『君ぞの道のり』はじめおの方ぞ👇https://note.com/agile_violet1081/n/n7d3fa24b4624

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