
『君への道のり』第十三章 手を入れる理由
朝のハウスは、
まだ外気の熱を完全には溜め込んでいなかった。
それでも、作業が始まるころには、
昨日と同じ湿り気を帯びた空気が満ちてくる。
一平は収穫作業の準備を終え、
すでに始まっている作業の最前列へ向かおうとしたところで、
背後から声を掛けられた。
「藤島さん、今日は収穫じゃなく、
こっち手伝ってもらえる?」
佐藤だった。
指差された先には、
収穫されて、実の少ない株が並ぶ
プランター列があった。
「葉かきと、ランナー取り。
手間かかる作業じゃないから、
やり方だけ覚えてくれたらいいよ」
一平は短くうなずき、
佐藤の後を追った。
葉かきは、思っていたよりも慎重さを要した。
大きく広がった葉は、
光を遮り、風通しを悪くする。
だが、闇雲に取ればいいわけではない。
「古い葉だけね。
元気な葉は、残す。
あと、枯れてる葉も取っちゃってね」
一平は、株全体を一度引いて見る。
角度を変える。
葉の重なりと、実の位置を確かめる。
次に教えられたのが、ランナー取りだった。
株元から伸びる細い蔓。
放っておけば、養分が分散される。
「見つけたら、根元から引っ張って切る。
迷ったら、そのままにしておいて」
その
「迷ったら、やらない」
という一言に、
一平はどこか安心した。
作業を始めてしばらくすると、
隣の列から台車の音が近づいてきた。
オレンジ色の空調服。
麻衣子だった。
彼女は一平の手元を一度だけ見て、
何も言わずに通り過ぎようとしたが、
数歩進んだところで足を止めた。
「……外側の葉っぱが古い葉ですよ」
声は低く、控えめだった。
麻衣子は株全体を指で示す。
「外側の葉っぱ、二、三枚取れば、
風通し良くなります」
一平は言われた通りに葉を取り、
もう一度、株を見る。
確かに、
若い葉が残り、整った様子に見える。
「そんな感じです」
そう言って、
麻衣子は一平の反応を見て、
ほんの一瞬だけ口元を緩めた。
それ以上は、何も言わない。
作業の列も、再び離れていく。
一平は、自分の手元に視線を戻した。
取る理由。
残す理由。
どちらも、はっきりしている。
外側の葉を、取り除く。
伸びたランナーを、切る。
収穫作業とは違うが、
迷い方は、同じだった。
――一度、全体を見る。
――目的を思い出す。
作業が一段落したころ、
佐藤が様子を見に来た。
「いい感じ。
取り過ぎてないね。
難しく考え過ぎちゃうと、
時間掛かっちゃうから」
一平は、短く息を吐いた。
「……説明がシンプルで、
分かりやすかったです」
佐藤は表情を緩め、
それ以上、何も言わなかった。
ハウスの中では、
噴霧器の音と、
葉が擦れる小さな音だけが続いている。
一平は、次の株に手を伸ばした。
収穫ではない作業。
だが、
作物に手を入れる理由は、
少しずつ、自分の中に形を持ち始めていた。