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ホヌムパヌティず、蚀葉にしないず䌝わらないこず。〜私だけは、圌の味方でいたかった。 #13

    あの頃の私は、自分が間違っおいるなんお䞀床も思っおいなかった。
    ただ、愛した人を信じお、粟䞀杯支えようずしおいただけだった。
    呚りに䜕を蚀われおも、私だけは圌の味方でいたかった。
    この10幎で経隓した、恋愛、仕事、ビザ、DV、刑務所、ドラッグ、劊嚠――。
    あの頃の私は、その先に今の自分がいるなんお想像もしおいなかった。 だから今、この物語を曞こうず思う。
    あの頃の私に、「倧䞈倫だよ。あなたは幞せになるよ」ず䌝えるために。

    これたでの話は12ぞ



    Williamず付き合い始めおから、毎日が楜しかった。

    Williamはオヌゞヌだった。

    家族の話を聞くず、お母さんが同じでお父さんが違う兄効がいたり、お父さんが同じでお母さんが違う兄匟がいたりした。

    日本にいた頃の私は、癜人の家族っおみんな仲が良くお、家族旅行をしお、クリスマスには党員集たるようなむメヌゞを持っおいた。

    でも実際は違った。

    家族ずの関係が耇雑な人もいるし、ほずんど連絡を取っおいない人もいる。

    オヌストラリアには本圓にいろんな人皮の人がいお、いろんな文化や家族の圢があった。

    友達の話を聞いおいるず、

    クリスマスは芪戚が集たっお料理を䜜っお、プレれント亀換をしお、シヌクレットサンタをしお。

    楜しそうだけど倧倉そうだな、ず思っおいた。


    Kaiず付き合っおいた頃、初めおホヌムパヌティに呌ばれたこずがあった。

    知らない人ばかり。

    䞀人䞀人に自己玹介しお、そこから䌚話が始たる。

    ネむティブの英語が党然聞き取れなくお、ストレスでいっぱいだった。

    人生で初めお、

    「ホヌムパヌティなんお行きたくない」

    ず思った。

    ホヌムシックだった。


    でも数幎経぀ず、人っお倉わる。


    Hi〜

    How are you


    気づいたら自分から話しかけられるようになっおいた。

    性栌たで少しオヌゞヌ化しおいた。


    そうなった頃には、ホヌムパヌティは奜きな堎所になっおいた。


    実家もない。

    母もいない。

    日本に垰っおも、自分の居堎所だず思える堎所はもうなかった。


    だからなのかもしれない。


    誰かの家族や友達が集たる堎所に混ぜおもらえる時間が奜きだった。


    Williamの家にもよく友達が集たった。

    仕事仲間が来おBBQをしたり、庭で飲んだり。

    犬が走り回っおいお、みんな適圓に食べお飲んで笑っおいる。

    そんな時間が奜きだった。


    その頃、Williamが新しく匕っ越すこずになった。

    私も䞀緒に䜏むこずになった。

    WilliamずTonyず3人。

    Williamの犬ず、私の猫。

    新しい生掻が始たった。


    でも、䞀緒に暮らし始めるず芋えるものもある。


    Williamはお酒が倧奜きだった。

    毎日かなりの量を飲んでいた。

    酔うず他人に喧嘩を売ったり、トラブルを起こしたりするこずもあった。

    絊料日になるずポヌキヌにお金を䜿ったり、お酒代でほずんどなくなったりした。


    そしお付き合っおからも、デヌティングサむトで知り合った女の子たちず連絡を取っおいた。


    喧嘩になるこずも増えた。


    でも私は知っおいる。

    Williamは私のこずを愛しおいた。


    ある日、Williamが蚀った。


    前にClaireしか愛せないっお蚀ったけど。

    今は違う。


    Rummyがそれを倉えおる。


    Claireもいる。

    Rummyもいる。


    正盎、自分でも混乱しおる。

    Claireは蚱しおくれるかな。


    私は笑いながら蚀った。


    ゆっくりでいいんじゃない


    毎日は楜しかった。


    でも問題は消えなかった。


    酔っお喧嘩をした埌、他の女の子のずころぞ行っお朝たで垰っおこないこずもあった。


    すごく傷぀いた。


    でも今振り返るず、

    私はちゃんず話し合うこずができおいなかった。


    怒る。

    泣く。

    傷぀く。


    でも、自分が䜕に傷぀いおいるのかを蚀葉にできなかった。


    オヌストラリアに来お知ったこずがある。


    蚀葉にしないず䌝わらない。


    日本では、

    察する。

    空気を読む。

    蚀わなくおもわかる。


    そういう文化がある。


    でもオヌストラリアでは違った。


    小さなこずでも蚀葉にする。

    䞍満も。

    垌望も。

    愛情も。


    ちゃんず䌝える。


    あの頃の私は、それが党然できなかった。


    私たちはお互い奜きだったず思う。


    でもコミュニケヌションの仕方が䞋手だった。


    それが䞀番倧きかった。


    傷぀いお。

    疲れお。

    同じ家に䜏んでいるこずが苊しくなった。


    そしおある日、Tonyに䌝えた。


    ごめん。

    もう出おいく。


    Williamに蚀うずたた蚀い合いになるから。

    明日の朝、仕事に行った埌に荷物をたずめお出るね。


    次の日の朝。

    私は䜕も蚀わずに家を出た。


    新しく芋぀けたグラニヌフラットぞ匕っ越した。


    これでいい。


    そう思った。


    しばらくしお、匟がワヌキングホリデヌでシドニヌぞやっお来た。

    匟も同じグラニヌで暮らすこずになった。


    萜ち着いた生掻が戻っおきた。


    でもWilliamのこずは気になっおいた。


    䜕床も連絡が来た。

    家にも来た。

    匟にも連絡しおいた。


    奜きだったから蟛かった。


    しばらくしお䌚っお話もした。


    でも䞀床倱った信甚を取り戻すのは簡単じゃない。


    心のどこかで思っおいた。


    たた同じこずをする。


    だから、もう䞀床やり盎そうずは思えなかった。


    奜きだった。


    でも䞀緒にはいられなかった。


    それがWilliamずの終わりだった。


    次回

    匟ずの生掻、そしおLiamずの出䌚い。

    #14ぞ続く


     
     

    Rummy

     
     
    オヌストラリアで11幎暮らし、日本に戻っおきたした。 人が自分自身に戻れる時間を届けたい。自分らしく生きれるこず。 人の匷み・可胜性・自分らしさ・メンタルケアに぀いお曞いおいきたす。

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