
現代の経営戦略で視る新解釈・織田信長 「歸蝶の戦国記」3-5
第3章 尾張統一・足掻き続けた不遇時代
~行動で信頼を得る創業期~
第5節 稲生の戦い・使えるものは何でも使う
弘治二年(1556年)四月、斎藤道三が斎藤義龍に討たれた事で、尾張にも変化が訪れる。信長と同盟を組んでいた斎藤家が、少なくとも表向きは、信長と敵対する形に変わったからだ。これまでは信長と戦うと、もれなく美濃斎藤家と戦う必要があった。それだと勝ち目がない。しかし、信長の後ろ盾が亡くなったのだ。この変化により不満をため込んでいた勢力が動き出す。
◇
「清州織田家はまとまった。今川とやり合うには岩倉織田家にしっかりしてもらわねばならないな」
信長は地図を見ながら、胡蝶に話しかけた。
「そう上手くいきますでしょうか?」
「どういう事か?」
「兄より、岩倉の手の者が兄と連絡を取ろうとしていると聞いています」
「謀反か?」
「いえ、まだそうと決まった訳ではございません。どうも意見が割れているようです」
兄とは斎藤義龍(范可)である。義龍と胡蝶が繋がっている事を知らない者たちの動きが情報として入ってくるようになったのだ。本当、情報は重要である。そして、情報を活かすも殺すもマネジメントである。
「岩倉よりも気になる事があります」
「何だ」
「信行殿です」
織田信行は織田信長の弟であり、名前を変えた後の織田信勝で呼ばれることが多い。この物語では『信長公記』に合わせ、信行である。
「信行はともかく、その重臣、秀貞は美濃を毛嫌いしている。范可殿と組むとは思えんが」
「はい。ですが、美濃勢が行動をとれないように策を弄しているようなのです」
「自らの意思で尾張を守ろうというなら、良い事ではないのか?」
「そうであれば良いのですが、謀反を企んでいる可能性が高いのです」
「どういう事か?」
「謀反を成功させても、美濃勢がその機に乗じて攻めてきて、漁夫の利を得ては元も子もありませんから。その為の下準備のようなのです。そのために岩倉織田家と接触しているというのです」
「確かか?」
「まだ、確証はありません。しかし、秀貞殿は私を排除する事が織田家の為であると吹聴して回っているのは確かです。また、信行殿も自分こそが守護代にふさわしいと言って、同調者を集めているようです」
「だから、謀反を起こすのではないかというのだな」
「はい」
岩倉織田家の岩倉城は犬山城と並んで対美濃の最前線となる。胡蝶が輿入れしてからは戦はなく、平穏な時代を満喫していた。それが長良川の戦いがあって、美濃斎藤家は再び敵となった。
そこで、織田信行から岩倉織田家に、美濃勢が攻めてこないよう手配依頼があったのだが、斎藤義龍は反武田の態度を見せている。斎藤義龍を敵に回すと攻められるが、斎藤義龍と組んで反武田と見られるのも困るという事で揉めていたのである。
信長、胡蝶は知らなかったが、織田信行には甲斐・武田信玄を通じ、今川義元から調略があったからである。
駿河の義元は相州の氏康と戦ったおり、義元より信玄公に依頼なされた。それは、尾州の侍大将織田弾正忠(信秀)が死してその子息、今の信長の代となったが義元公の旗下に入らない。
うつけの信長には先が無いと考えて、代わりに家臣の支持が厚い織田信行を武田信玄が調略していたのであった。
弘治二年(1556年)七月には、はやくも胡蝶の懸念が現実のものとなる。信長が守山城を織田信時に与えたが、その織田信時は家臣の角田新五に詰め腹をきらされ、以後、守山城は信行派の丹羽氏勝が支配する所となった。もともとの原因は織田信時にあったのだが、信長には何も知らされなかった。
また、荒子の前田家はもともと林家の与力であり、村木砦の戦いの時、林秀貞が引き返した家である。この荒子の屋敷から林秀貞の那古野城と結び、岩倉織田家の岩倉城までを結ぶと、清州織田領を二分する線となる。八月、織田信行はこの境界線の東側、居城・末盛城側にある信長の直轄地、篠木三郷を力づくで奪い取り、自分の領地と宣言した。
実際に信行が信長の直轄地を奪った事で、信長も腹を決めなければならなくなった。
「信行殿はどれくらいの兵を出すかしら」
「萱津では、柴田勝家が1千人出してきた」
「林秀貞殿は村木の時、5百人出して来てたわ。今回は前田殿も加勢するから1百人から3百人増えるでしょうね」
「近隣ですぐに出てくるのは、その二人だろう。他は結果を見てどちらにつくか決めると思う。仮にどちらかについても少数だ」
「そうは言っても、柴田、林だけでも1千5百から1千8百なのね。それで清州はどうなの?」
「まだ、村木の傷が癒えていない。使える馬廻り衆が5百強、それ以外の清州衆で2百という所か」
相手は一門最強と言われる柴田軍が1千人、加えて、これまで戦いに出ていない無傷の林軍が6百から8百と予想された。これに対する織田軍は村木砦での戦いで多くの死傷者を出した影響が残り、出せる戦力は7百人程度であった。
「だとすれば普通にやったら数で押し切られます。籠城する?」
そう聞く胡蝶の表情は、籠城はあり得ないでしょと言っていた。
「籠城してどうなる?ジリ貧ではないか」
「だったら、後手に立つと勝てないわ」
「ならば、・・・。急いでここに砦を築いて迎え撃とう」
信長は清州城と那古野城のほぼ中間地点に位置する於多井川の中州を指さした
「天元を取るのね。砦があれば十分勝負になると思うけど・・・」
胡蝶は地図に目をやった。天元とは、囲碁の言葉で、碁盤の中心点を指す。タイトル戦の天元戦の名前はこれに由来する。
「信盛。これへ」
「はっ」
二人の様子を伺っていた佐久間信盛が信長の横に来て、片膝をついた。
「於多井川の支流を渡ったところ、支流と主流に挟まれた中洲に砦を築く。全軍使ってかまわん。信盛、手配いたせ」
「はっ」
この中洲は庄内川を挟んで対岸が稲生から名塚にかけての田園地帯である。平野部での戦は人数差が大きく影響する。相手は兵の練度において、ほぼ互角の柴田軍である。だとすれば、数で劣る信長が一方的に負ける。
しかし、しっかりとした砦があれば、数倍の相手でも対応できる。信長は村木砦の戦いでそれを思い知らされた。先に有利な立ち位置を確保する。信長の勝ちパターンの一つである。

胡蝶はまだ地図を睨みつけていた。
胡蝶はこれまでの戦いの様子を馬廻り衆から話を聞いていた。どれも勇戦した信長を讃える話がほとんどであった。しかし、それは胡蝶にとっては不安を掻き立てるものでしかなかった。勇戦しなければ負けてしまうような劣勢にあった事を示すからだ。野球で言えば、勇戦とはファインプレーである。ピッチャーが打たれて鋭い打球が飛ぶ(ピンチになる)から守備のファインプレーが必要になる。ピッチャーが良ければ守備のファインプレーが無くても勝てる(ファインプレーの機会がない)。もっとも、ホームランを打たれる場合も野手にファインプレーの機会はない。
(このままでは勝てない)
胡蝶はそう判断し、覚悟を決めた。
佐久間信盛が部屋を出て行くと、胡蝶が地図を睨みながら信長に告げた。
「私は小田井城に入ります。沢彦和尚を連れて行きます」
「えっ?」
信長は驚いて胡蝶を見た。そして、その視線の先に目をやった。
小田井城は清州城の支城の一つであり、清洲三奉行のうちの一つ織田藤左衛門家の系統、織田信張の居城である。場所は信長の指さした中洲の下流側に位置する。
(戦の様子を見物するつもりか・・・ん!)
「使えるものは何でも使います」
胡蝶が小さく呟いた。その言葉を聞いて、ようやく信長は林軍が背後に迂回する可能性に気が付いた。焦りから視野が狭くなっていたのだ。
砦を使って勝てるのは正面に全ての敵が来た場合。前に柴田軍1千、そこへ別動隊の林軍7百に横から攻められたら、砦があっても7百の信長軍に勝ち目は無い。

小田井城は北上する林軍が中洲の裏に回るには避けては通れない位置にある。そんな場所へ、沢彦和尚こと斎藤道三を連れて行くというのだ。
「黒田半平を付ける。無理はするなよ」
「ええ。それと、有志の者を何人か連れて行きますので」
「有志とな?」
「片手でも、おなごでも、戦う気のある者は連れて行きます」
胡蝶は、甲冑に着替えて出陣した。
胡蝶が連れて行ったのは、手や足を痛めて正規軍として戦えないが、辛うじて戦える元足廻衆23人、女小姓、女中など、胡蝶と一緒に美濃から来たくのいち葵を含め22人、そして、沢彦と小坊主5人であった。そこには斎藤利治の姿もあった。ここに信長から与えられた黒田半平とその配下25人を加え、何やら仰々しい荷物を台車に載せて出発した。
小田井城に到着すると、もともと常駐していた者も合わせて総勢で百人を余裕で超えていた。そして、荷台の箱を開けた。
「ほう!」
黒田半平とその配下、元足廻り衆が驚きの声を上げた。そこには信長から預かった火縄銃、村木砦の戦いの際に安藤守就からこっそりと渡されていた火縄銃、合わせて百丁以上。それに平手家で作った火薬や弾薬が大量に入っていた。もちろん、火薬は1発分ずつの小分け容器に入っていた。
「火縄銃を撃てるものは前へ」
そして、3人を一組として、一組に火縄銃を3丁手渡した。火薬と弾の充填は女中を中心に担当させた。
「敵の狙いは大将になるでしょう。ここでは私です。万一、門を突破されたら信長様に合流しなさい。信長様の為に働きなさい。でもそれまでは、撃てるだけ撃ちなさい。信長様が勝家を討って、こちらに来るまで凌げば、私たちの勝ちです」
沢彦こと、道三はそんな胡蝶を見て、ニヤニヤしている。そして、耳元で囁いた。
「国主みたいよな」
胡蝶は顔を真っ赤にして道三を睨みつけた。
「おお、怖い怖い」
と言うと、道三は火縄銃を持ってどうして良いか分からない者を見つけると、使い方を教えに行った。
胡蝶は、くのいちの葵と利治を連れて大手門近くの高見櫓に立った。姉の様子に、利治は少し恐怖を覚えていた。
信長の動きを察知した信行方も急いで兵を集めていた。
信長が簡易な砦を作り終え、休憩していたところへ柴田勝家が兵1千を引き連れて到着した。柴田勝家はその砦を見ると未完成と判断し、慌てて攻撃命令を発した。
兵士同士は互いに見知った仲であり、もともと力は互角。立ち位置の有利不利が大きく戦果に影響する。前日の雨で川が増水している事もあり、攻める柴田軍はどんどん数を減らしていった。それでも柴田軍は信行派の中では最強であり、信長軍も無傷では済まない。
少し遅れて林秀貞の兄弟、林美作守が兵7百人をつれて到着した。既に柴田勝家が砦を攻撃しているのを見て、迂回して背後を狙う事にしたのだった。そして、隊列の進行方向を変えた。
「狙え!」
林軍の動きを見て、胡蝶が叫んだ。その声は林美作守にも聞こえた。そして、その目が甲冑に身を包んだ胡蝶を捉えた。
その瞬間。
「撃て!」
ドドドドドーン
「かかれ!マムシの娘を殺せ!」
林美作守が叫び、小田井城でも合戦の火ぶたが切られた。間髪おかずに更に銃声が響く。
ドドドドドーン
火縄銃の音が数十発響いた。二度目の銃声に林軍はひるんで足を止めた。何人かが倒れ、何人かがうずくまっている。
「火縄銃は次撃つまでに時間がかかる。今のうちに攻め落とせ」
林美作守が叫んで、再び進もうとした。
ドドドドドーン
再び、火縄銃の音が数十発響いた。また、何人かが倒れ、何人かがうずくまった。これで全体の足が止まった。この時、まだ兵農分離はされていない。林軍の主力は農民でもある。
「撃て!どんどん撃て!」
林美作守は何が起こったか、わからずにいた。田畑では妨害するものがなく、撃たれるばかり。その上、増水した於多井川を渡らないといけない。
ドドドドドーン
そこへさらに火縄銃の音が数十発響いた。また、何人かが倒れ、何人かがうずくまった。
高見櫓には、胡蝶が火縄銃を構えていた。1発撃つと火縄銃を下に手渡し、下から別の火縄銃を受け取って、また撃った。
(な、何丁あるんだ!)
林軍の農民兵は恐怖のあまり完全に足を止めてしまった。林美作守は一旦引いて、体勢を立て直そうとしたが、多くの農民兵は混乱していた。一部は逃げ始めていた。林美作守は言う事をきく兵を自分の周りに集めると、大手門に向かって再び突撃を始めた。そうしている間にも銃声は響き続けた。
ドドドドドーン
しばらくすると、林軍は撃たれた者の死体を後ろの者が支え、盾にして進みだした。
ドドドドドーン
そして、ついに、川を渡り切る者が出て、猛然と小田井城の大手門に向かって走り出した。
「こりゃ止まんないな。利治、それ取って」
「姉上、これは何?」
こんな状況なのに、妙に感情のこもらない胡蝶の言葉が気になって、利治は手渡しながらきいた。
「火薬玉」
「はっ?」
「これ、爆発したら洒落になんないから、使いたくないんだけど。仕方ないかな。父上を連れて城から逃げな。葵も付き合わなくて良いよ」
「どういうこと?」
「連中が私の所に集まったら、一緒にあの世に連れて行く」
そう言う胡蝶の表情は異様に穏やかであった。だが、火薬玉を受け取った手は震えていた。
この火薬玉、平手家で作った火薬の中でも爆発力が高過ぎて使えない火薬を集め、三重の袋に詰めたものである。胡蝶と平手家兄弟しか知らない秘密兵器。破壊力は折り紙付きである。
利治が慄きながら、説得を試みる。
「ダメだよ。それは。俺が信長様に殺される」
そうこうするうちに川を渡りきった林軍が大手門に張り付き、侵入を試み始めた。大手門に張り付いた林軍の兵は鉄砲隊からは死角になっていた。
ドドドーン
敵兵を減らそうと銃声は響き続けているが、銃声の数が減っている。
黒田半平とその配下の者、元足廻り衆の一部が刀剣を準備して大手門に向かった。乱戦になると怪我人や女子衆は戦えない。一部は言われた通り城から逃げ始めていた。
林軍も随分と減ったが、それでもまだ多勢に無勢。長くは持たない。しかし、今、火薬玉を使うと、味方まで巻き込んでしまう。
「早く行きな」
と利治と葵に言いながら、胡蝶はタイミングを見計らっていた。
大手門が破られ、乱戦が始まった。その瞬間、信長の大声が響いた。中洲の砦で柴田軍を削り、人数で優勢に立つと逆に討って出たのだ。加納口の戦いで道三が採った戦法をここで信長が使ったのである。
柴田勝家は砦攻めの最中に傷を負って戦線を離脱していた為、柴田軍は前線の指揮官を失っていた。そこへ信長軍の反転攻勢を受けたものだから総崩れとなった。信長は柴田軍を蹴散らし、その勢いのまま銃声の響く小田井城に駆け付けてきたのだった。
林軍は小田井城攻略に集中しているところへ、横から信長軍の精鋭が急襲したものだから、あっけなく崩壊した。黒田半平は林美作守とその配下を相手に切り結んで腕を切られていたが、丁度その間に信長が割って入り、そのまま林美作守を切り捨てた。
その様子を上から見ていた胡蝶は、へなっと、その場に座り込んだ。そして、火薬玉を床におくと天を見上げた。
利治は、そっと火薬玉を回収すると、そそくさと降りていき、火気厳禁の箱の中に戻した。胡蝶はそのことに全く気付いておらず、葵に促されるまで放心状態であった。
道三は慣れたもので、数人を切り伏せていた。
「お疲れ様でした」
信長は道三に言葉をかけた。
「まだまだ、現役!」
道三は満足気である。
首実検をすると、守山城の角田新五をはじめ、主要な者が多く討ち取られていた。指揮官を失った為、農民兵は散ってしまったのだった。
主力を失った信行派は末盛城と那古野城に籠城するしかなかった。その後、信長は再三にわたり、末盛城・那古野城を攻めた。但し、兵の損耗を避ける為、無理押しはしなかった。
ある日、信長は、末盛城を攻撃した時、大手門前の堀に架かる橋に胡蝶から取り上げた火薬玉を置いた。
『四十間以上離れて、盾を用意してから火矢をかけること。
しっかり耳を塞ぐこと』
胡蝶の言葉を思い出しながら、攻撃の合図を送った。
「火矢構え。・・・打て!耳を塞げ!」
盾の後ろから、弧を描きながら、数十本の火矢が飛んで行った。

誰も聞いた事が無い爆音が響いた。衝撃波が全身を突き抜けたかと思うと、爆風が多くの者を盾ごと吹き倒した。橋は瞬間的に崩れ落ち、大手門が半壊していた。あまりの威力にその場に居た全員が絶句した。
「帰るぞ!」
信長はそう言うのが精いっぱいだった。清州城に戻ると、信長は斎藤利治を呼び出し、当時の胡蝶の様子を聞き出した。
「利治。胡蝶はあれに火を点けようとしていたのか?」
「はい。巻き込むから、早く逃げろと言っていました。どうでしたか?」
興味深げに利治は信長に尋ねた。
「洒落にならん。胡蝶は初陣だよな?」
「信長様がそう言うなら、そうです。輿入れ前に戦に出ていませんから」
「そうか」
そう言うと、信長は腕を組んで考えた。
「追い詰めたら、何をしでかすか分からんな」
信長は利治が胡蝶を恐れる理由が少し分かった気がした。そして、二度と胡蝶を戦に出さないと決めた。
(巻き込まれたら、たまったものではない)
翌日、織田信長の母、土田御前から書状が届いた。土田御前は信行と末盛城に住んでいた。書状は詫び状であった。最初、信長は無視していたが、その後も毎日届けられたので、話をする事にした。そして、母の涙と言葉に負けて、信行を許す事にした。いわば主犯を許したのだからという事で、これまでの家老としての働きも考慮して、柴田勝家、林秀貞も許される事になった。戦国時代の判断としてはなんとも甘い。
「二度目は無いと心得よ」
信長は、信行以下、柴田勝家や林秀貞らに申し付けた。彼らは謝罪し、忠誠を誓った。信長としては無駄な血を流す事は本意ではなかったのだ。
しかし、一度死を覚悟して小田井城に立った胡蝶は、それを聞いて初めて夫婦喧嘩・・・いや、信長に対して一方的に当たり散らした。火薬玉を片手に怒る胡蝶を前に信長は生きた心地はしなかっただろう。
(まだ火薬玉あるんか!五郎右衛門、規格外品を作るな!)
信長は心の中で、火薬製造の歩留まりの悪さに、悪態をついていた。
翌日、信長は胡蝶の言動に関して箝口令を出し、いろいろな噂を封じ込めた。そのため、稲生の戦いを含め、以後の胡蝶に関する記録は全くと言って良い程、残らなくなった。
しばらくして、信行は再び信長を害そうと画策する。しかし今度は、信行を見限った柴田勝家がその事を信長に告げた。そして、信行が行動に移そうとした時に、逆に誅殺される。先の言葉通り、二度目は無かった。これにより、たとえ母親の土田御前が泣いて求めても、たとえ身内であっても、信賞必罰が徹底される事を家臣団に示したのだった。そして、ようやく「畏怖の信頼」の元に信長が清州織田家を完全に掌握するに至るのだった。
胡蝶に対する当たりも変化していた。一部の女中がファンクラブのようなものを作っていた。また、同時に胡蝶としては甚だ不本意ながら、一部の家臣から「畏怖の信頼」を得ていた。
◇
織田信行と斎藤義龍の改名のタイミングから、稲生の戦いの後に書かれたとされる興味深い書状が現存している。これは斎藤義龍から、織田信行に送られた書状で、何とも意味深である。「まだ、謀反の意思はある?」と探っているように読める。しかも、この後すぐに信行は誅殺される。もしかしたら、柴田勝家ではなく、斎藤義龍から情報が漏れたのかもしれないと考えてしまう。
齋藤高政(義龍)書状
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近日者不令申候、所存外候、其表相替子細無之候哉、時宜承度候、
召遺候者、委曲申含進之候、直可被聞召候、猶重而可申入之間、閣筆候、
恐々謹言、
四月十九日 高政(花押)
織田武藏守殿
御宿所
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近日は連絡せずにすみません。そちらに変わったことはありませんか。様子を承りたい。こちらから立てた使者に用件を詳しく伝えてあるので、直接聞いていただきたい。なお重ねて連絡するので詳しくは書きません。恐々謹言。
四月十九日 高政(花押)
織田武蔵守殿
御宿所
『斎藤道三と義龍・龍興』(岐阜県史・資料編 徳川黎明会所蔵文書)現代語訳版
しかも織田信長に謀反を起こそうとして失敗したのは、織田信行(信勝)だけではない。織田信広も謀反を起こして失敗しており、同様に斎藤義龍からの書状が残っている。
お手紙のように、新年のお慶び申し上げます。その際太刀一腰と鉄砲・鷹をいただき、御礼を言います。こちらからも太刀一腰と鱈五匹をお贈りする。これはあいさつにすぎません。なお、吉慶に言い含めてあります。
正月十五日 高政(花押)
織田三郎五郎殿
ご返報
織田信長の腹違いの兄信広は、信長に謀反する事を決意し、美濃の国と申し合わせをした。(略)
美濃勢がいつもより気合を抜いた様子で川岸に集結した、と報告があった。そこで信長は「さては家中に謀反があるのだな」と考え、(以下略)
◇
ビジネスが軌道に載るまでは、いろいろと大変な事が多い。体裁やプライドはかなぐり捨てて、使えるものは何でも使う気構えでやらないといけない。但し、ビジネスでは許容できるロスを超えてはいけない。エフェクチュエーションの「許容可能な損失の原則」である。
もっとも今回、「敗北=死」の胡蝶には、敗北よりも大きい許容可能な損失は存在しなかったのだけれど。
エフェクチュエーションの5原則
1)目的に導かれるのではなく、手元にある手段の有効利用を考える手段主導の原則
2)将来の利益予想によって導かれるのではなく、どの程度の損失までたえられるのかを計算し、投資をその範囲内におさえようとする許容可能な損失の原則
3)あらかじめ決められたコンセプトを元に必要な資源を探すのではなく、協力者が提供してくれる資源を柔軟に組み合わせて価値のあるものを作り出すというクレージーキルトの原則
4)レモン(粗悪品)をつかまされたら、レモネードをつくれというレモネードの原則
5)外界の力を利用して失敗を回避し成功を収めるのではなく、自らの力と才覚を利用して生き残るという飛行機パイロットの原則
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関連:
斎藤義龍は味方?:3-4
主要参考文献など
第3章:参考書籍
信長公記 太田牛一・著 中川太古・訳
甲陽軍鑑 腰原哲朗・訳
武功夜話・信長編 加来耕三・訳
姫君の戦国史 榎本秋・安達真名・鳥居彩音・著
國分東方佛教叢書 第六巻 寺志部(政秀寺古寺) 鷲尾順敬・編
斎藤道三と義龍・龍興 横山住雄・著
武田信玄と快川紹喜 横山住雄・著
歴史図解・戦国合戦マニュアル 東郷隆・著 上田信・絵
天下人信長の基礎構造 鈴木正貴・二木宏・編 の3章 石川美咲・著
エフェクチュエーション サラス・サラスバシー・著
第3章:参考インターネット
道三の書状
(NHKニュース2024年4月24日は現在はリンクが切れている)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240424/k10014431231000.html
(水戸市立博物館・特別展示)
https://www.city.mito.lg.jp/site/museum/95590.html
https://www.city.mito.lg.jp/uploaded/life/95590_182770_misc.pdf
Wikisouce: 美濃国諸旧記 編者)黒川真道
Wikisouce: 濃陽諸士伝記 編者)黒川真道
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