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【自己紹介】勤続21年で中年危機!脱サラし個人で生きる40代

はじめまして、a136と申します。 この7月に退職を予定し、現在40日間の有給消化に突入したホヤホヤの元・会社員です。

ドキドキの初投稿ですが、お手柔らかに見ていただけたら嬉しいです!

私は現在ミドル世代(40代)。専業主婦の妻と、2人の学生の子供と暮らしています。

新卒から長く勤めていた愛着のある会社に心から感謝をしつつ、このたび新しい世界に挑戦することにしました。

退職を決意した理由は、大きく3つあります。

  • 21年間の業務に飽きてしまったこと

  • 今後20年以上、同じ業務を続ける理由が見つからなかったこと

  • 先輩たちを尊敬しているものの、出世していく将来の姿がリアルに想像できてしまい、どうしても心が動かなかったこと

そこで、「3年分の生活防衛資金」をしっかり担保にした上で、思い切って新しい世界(結果が出なければただの無職!)に飛び込みました。

きっと、私と同じようなモヤモヤを抱えながら日々を過ごされている方、同じような境遇の方もいらっしゃると思います。

私の発信が、少しでも誰かの参考になったり、時には共感や勇気を持ってもらえるようなリアルな記事にしていきたいと思っています。

退職の具体的な経緯や、リアルな恐怖心をどう克服していったかは、また別の記事でじっくり書く予定です。

今回はまず、私の自己紹介をさせてください。

私は、学生時代から少し波のある運命に翻弄され、誘惑にめっぽう弱い性格も相まって、なかなかユニークな人生を送ってきました。

👶 幼少期~小学生:砂漠から豪雪地帯へ

モロッコという砂漠地帯の国で生まれ、その後、豪雪地帯の青森県に引っ越し。

家庭内では「浄土真宗 VS イスラム」の宗教戦争が日常茶飯事でした。

遺伝的には悪いとこ取りで、暑さにも寒さにも弱いハイブリッド仕様。

それらの苦難(?)と引き換えに、小学校卒業時には完璧な津軽弁を習得しました。

🎒 中学時代:裏・番長(成績的な意味で)

青森県内でも有名な、少し気合の入りすぎている不良校に入学。

不良でもない自分が、最初のテストで310人中「後ろから2番目」というインパクトのある結果を残し、逆に一目置かれる存在に。

この時、初めて母の涙を目にして猛省し、猛勉強の末に進学校へ滑り込みます。

🗼 高校・浪人時代:黒歴史とモテ期の到来

進学校に入った油断と、女性にモテてみたいという好奇心から、高校生でまさかの中二病を発症。自分の中の黒歴史です。

18歳の時、過去の自分をすべてリセットしたくて父親に頼み込んで上京。

中学の時の輝きを取り戻そうと誓うものの、望んでいない時に限って人生最大のモテ期が到来。

もちろん有頂天になり、勉強そっちのけで毎日小躍りしていました。

この時、自分を長く悩ませることになる「パチスロ」とも運命の出会いを果たします。

それでも何とか、都内の大学に入学しました。

🎓 大学時代:絵に描いたような堕落生活

パチスロに明け暮れ、大学に行かない日々。

完全な昼夜逆転、主食はインスタントラーメン。

罪悪感と自己嫌悪から、今思うと軽い鬱状態だったと思います。

大学3年でようやくエンジンをかけるものの、まさかの「1単位足りずに留年」というエピソードを友人たちにプレゼントすることになりました。

👔 就職:英語ができないのに海外部署へ

卒業後はニートを志すも、父親の会社に入れられそうになり焦って就活。

奇跡的に面接2社目で商社に内定しました。

志望動機に「海外駐在に興味がある」と書いたため、モロッコ生まれという経歴も相まって、最も英語を使う部署に配属。

しかし、実は英語は大の苦手。外国の担当者の名前すら聞き取れない日々が続きます。

心が折れそうになりましたが、妻と結婚し、第一子を授かったことで一念発起。

そして入社5年目、海外駐在の「補欠要員」だった私が、謎の当選を果たします。

✈️ 海外駐在:カタカナ英語と謝罪名人

タイに6年、メキシコに4年、家族帯同で計10年間駐在しました。

私の武器は、洗練された「カタカナ英語」。

後輩からは「a136さんの英語は誰にでも分かりやすくて、開き直ってて、勇気づけられます」と言われる始末でしたが、この英語が、タイとメキシコでは丁度良い塩梅に受け入れられました。

「ネイティブな英語ほど滑る。仕事ができる人は英語に頼らない」という壮大な勘違い(自信)が培われたのはこの頃です。

仕事では、納期遅れ、発注漏れ、入金・支払漏れは日常茶飯事。

焦っているのは日本人駐在員だけ。

それでもクライアント(日本人)に対して言い訳は許されない環境の中、私は立派な「謝罪名人」の一員へと上り詰めました。

こればかりは、AIには真似できないスキルだと思っています。たぶん。

🏡 帰国、そして退職の決意へ

4年前、子供の受験を理由に日本へ帰国。 最初の1年は日本社会へのリハビリ。

2年目は、念願だった海外駐在をやりきったことで、完全に人生の迷子(俗に言うミドル・クライシス)になりました。

あの手この手で自分の感情の機嫌を取るものの、心はちっとも動きません。

再度の駐在にも、出世ドリームにも、私の心は全く興味を示してくれませんでした。

そんな中、2度の昇格試験失敗をきっかけに、ようやく自分の感情が目覚めます。

ただ、目覚めた方向が、予想とは全く違っていました…。

これからは、こんな感じで少し緩くてリアルな記事を投稿していきますので、良かったらお付き合いいただけますと幸いです。

次は、「3年前の退職決意から、実際に動き出すまでのリアルな経緯」を投稿します。

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!

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