
高卒ブルーカラー、山手線内側徒歩圏に小さなビル2棟を持つまで。 ② 第1話:お年玉で聖徳太子を狙った少年。 孤独なランナーと大根の皮が教えた『生存戦略』
「個」を鍛え上げた中学時代
忍術(金利)の仕組みを知った僕は、お年玉をもらえば駄菓子屋は素通りし。
真っ先に郵便局へ走る、そんな少し変わった義務教育期間を過ごしていた。
いつか、あのピンと張った帯封のついた「聖徳太子の束」をこの手にしたい。その野望だけが、僕の原動力だった。
靴さえあれば、結果は出る
中学時代、僕は陸上部の長距離ランナーだった。
長距離走に必要なのは、一足の靴だけだ。
自分の肉体を鍛え、一歩ずつ進めば、それは必ず「結果」として返ってくる。
幸い素質もあったようで、マラソン大会での優勝が中学時代の唯一にして最高の思い出となった。
この「一人で走り抜く」という孤独な経験が、後に未知の世界へ飛び込む僕の気質を、身体の奥深くに書き込んでいったのだと思う。
祖母の教えと「炊事」というプラモデル
家庭環境も僕を鍛えた。
共働きの両親を支えるため、炊事の支度は僕の役目だった。
灯油ボイラーに火をつける匂い。
手に油がつかないよう、慎重に風呂を沸かす。
料理のきっかけは、祖母の「大根の皮を剥いておくれ」という何気ない一言だった。
包丁の使い方を教わるうちに、僕は料理の面白さにのめり込んでいった。
僕にとって、炊事はプラモデル作りと同じだった。
「材料を切り分け、調味料で味を調える」工程は、「パーツを切り分け、接着剤で組み上げる」。
そしてこの時、僕が好んで作ったのが「中華料理」だった。
当時の僕はまだ知る由もなかったが、この選択が後に僕を救うことになる。
海外へ旅に出たとき、日本食の材料を揃えるのは至難の業だ。
しかし、世界中のどんな国、どんな街へ行っても、そこには必ずと言っていいほど「チャイナタウン」があり、中華の食材だけは手に入る事実を後に知った。
「どこへ行っても、自力で食い繋げること」
中学の台所で麻婆豆腐や餃子を作っていた日々は、図らずも世界を生き抜くための「生存戦略」の基礎訓練、2つ目の「忍術」習得になっていたのだ。
つづく
予告:郵便局に預けた「泥団子」が、バブルという熱狂の中でどう変貌していったのか。高校時代の僕を待ち受けていたのは、全く違う「忍術」の誘惑と新たな「指導者」との出会いだった。
#創作大賞2026 #ビジネス部門
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https://note.com/83nor1/n/nddb08e2a004c
第零話:金利という名の「忍術」を知った日。