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表現は“対話”──だから私は商業漫画で描き続ける


──表現と対話、そして社会とのつながり


「わかってくれる人にだけ届けばいい」
「趣味だから、描きたいことを描く」

そんな創作理念を否定するつもりはありません。
けれど、私は少し違う考えを持っています。

私は漫画という表現を、“読者との対話”の手段だと考えています。
そして“売れる形”で描くことにこだわるのは、多くの人に届けて、より広く、深く、社会に届く表現にしたいからです。


■創作の原点は「伝えたい感情」

私の創作の出発点には、いつも「伝えたい感情」と「描きたい価値観」があります。
たとえエピソードがフィクションであっても、“心の核”に嘘があってはいけない。
なぜなら、感情のリアリティこそが、唯一無二の輝きを放ち、読者の心を動かすと信じているからです。

私は、華やかなトレンドや過激な刺激ではなく、誰かが言葉にできなかった痛みや、見過ごされがちな違和感に光を当てたいと考えています。
そしてそれを、「楽しく読めるエンタメ」として昇華し、届けたいのです。


■“売れる形”にこだわる理由


売れたいのは、チヤホヤされたいからではありません。
売れることで、より多くの読者に届けられるからです。

社会的テーマやニッチな領域は「売れない」と言われがちですが、わかりやすく、噛み砕いて、楽しく読めるようにすることで、伝わる範囲は広がると信じています。

誰も触れたがらないテーマにこそ光を当てたい。
障害、税制度、教育、福祉──そうした分野を、わかりやすく、エンタメの力で“開かれた物語”として届けたいのです。


■「わからないのは相手のせい」ではなく、伝わるまで対話する

SNSや同人誌での活動を選ぶ方の中には、
「自分の描きたいものを自由に描く」という姿勢を大切にしている方も多くいます。
そのことは心から尊重しています。表現とは、自己実現の場でもあるからです。

ただ、私は “社会の一部” としての作品作りを心がけています。
「私の作品がベストだから、わからない読者が悪い」のではなく、
「どうすれば届くのか、どうすれば伝わるのか」を、いつも考えながら描いています。

私はそれを「表現による対話」と捉え、
読者とのキャッチボールを楽しむことこそが、創作の醍醐味だと感じています。
わかりやすく届ける努力も、伝わったときの喜びも、
すべて含めて「描くことの楽しさ」なのだと思っています。


■表現と責任、そして社会との接点


商業漫画には、「公共性」と「責任」が伴うと思っています。
だからこそ私は、社会の一部として、自分の作品が どんな影響を与えるのか、どんな問いを投げかけられるか を考えながら描きます。

“ただの娯楽”として消費されてもいい、でもあわよくば、「心に残る物語」として、誰かの価値観をそっと揺さぶるような作品が作れたらと思っています。


■だから私は、“商業漫画”という場を選びます


描きたいだけなら、きっとSNSでも同人誌でも良かった。
でも今の私は、この思いを、この感情を、“社会に届けたい”という、はっきりとした目的があります。
読者に伝えるため、届けるための努力は惜しみません。修正だって何度でもする。宣伝も営業も、決して諦めない。
だからこそ、私は“商業漫画”という道を、これからも選び続けたいのです。

そして私は、自分が売れることで、“光が届きにくい場所”にも希望を届けられると思っています。
それが、私が漫画家として進みたい “自由な人生”のあり方です。


📚創作にまつわるnoteを書いています。
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📚このnoteで触れているような価値観は、私の作品の中にも流れています。
もし何かを感じてくださった方がいれば、作品も手に取っていただけたら嬉しいです。(でも、気づいてもらえたら、それだけでとても報われます。)

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