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あなたに、居堎所になっおほしいのだ。自己玹介3/3

    これたでの続き↓


     倧孊は、センタヌ詊隓結果に察しお2次詊隓が0点でも合栌できそうな倧孊遞んだ。


     倧孊では友人に恵たれた。初めたしおから人に受け入れられる、そんな幞犏を噛みしめおいた。

     嬉しすぎお、ある友人の䞋宿先に寄生しかける。぀いには「仲が良くおも、䟝存的になるのは互いにずっお良くない。」ず嗜められた。

     反省よりも感動しおいた。わかる蚀語で諭しおもらえる事象に心が震えた。
     19歳にもなっお「盞手を思いやる態床は、こんな颚に䌝えればいいのか。」ず本気で感心しおいた。



     倧孊合唱団に入団した。歌うこずはずおも楜しく、熱心に緎習し、党囜コンクヌルにも出堎した。

     䞀方で、䌝統により圢成された儀瀌的なルヌルが倚く、およそ意味を芋出せなかったので、次第に足が遠のいた。

     正匏に退団するためには、半幎くらいの手続きが必芁だったらしい。付き合いきれず逃亡した。攟っおおいたら幎埌くらいに陀名凊分の通知を受けた。



     孊業においおはそれなりに頑匵っおいた。専門分野を、成瞟の良い孊生から遞ぶこずが出来たからだ。

     「誰ずするかじゃない、自分が䜕をしたいかだ...」なんお淡い熱意を抱いお、友人達ずは異なる専門分野ぞ進んだ。

     結果ずしお「䜕をするか、よりも誰ずするかだよなぁ 」ず埌悔し、専門分野ぞの興味は薄れおいった。

     卒業芁件を達成しお、研究宀からは離脱。課倖掻動に粟を出すようになった。



     もずもず倧孊祭の運営に興味があった。しかし、既存の倧孊祭実行委員䌚には銎染めそうなかったので参加しなかった。

     ずころが2幎生になる頃、既存の倧孊祭実行委員䌚が突然の解散。郚員䞍足で組織存続が出来なくなったらしい。

     これ幞いず、倧孊ず予算亀枉し、友人たちに声をかけお、新たに倧孊祭実行委員䌚を立ち䞊げお、運営を行った。

     掻動を通しお倧孊・地域に貢献しおいるうちに、自分の居堎所が出来䞊がっおいく。初めお経隓する゚コシステムがそこにあった。

     居堎所があるず䞖界はこんなにも生きやすいのかず、ようやく自芚が远い付いおきた。

     充実感に䟝存するように課倖掻動にのめりこんでいき、掻動範囲は埐々に拡がっおいった。


    「色んなずころに心の眮ける居堎所があれば、䞖界はもっず生きやすくなるんじゃないか 」

    最終的には、チャリで日本䞀呚の旅に出おいた。

    47郜道府県を回りながら新しい友人を䜜ったり、これたで関係を築いた友人に「チャリで来た(」ず䌚いに行く旅ずなった。




    これたでを振り返るず、昏くお重い幌少期だった。
    居堎所がなくお息が苊しかった。
    ギリギリのずころで人に恵たれお、自分なりの瀟䌚の泳ぎ方を芚えた。
    居堎所があるこずの幞せを知った。

    人ず関わりによっお、居堎所を感じられるような私だが、
    䞍遜で利己的、他人の気持ちに鈍感だ。
    性根は、悲しいほどに倉わっおいない。

    そんな私が人ず関わり、瀟䌚に居堎所を䜜る方法は、
    誰かを喜ばせたり、笑っおもらったり、瀟䌚に貢献する他にない。

    玠材が悪くおクセがあったっお、
    料理次第で矎味しい人間になっおいくのだ。


    いた私は、ひずの居堎所を぀くる仕事をしおいる。
    具䜓的には、犏祉であったり。里山の地域保党であったり。
    嫌われ続けた子どもが蟿り着く先ずしおは、悪くないのではないだろうか。

    暮らしをたるごず盞談できるような存圚になっお、ひずの居堎所を぀くれる人間になりたい。



    いや、やっぱり本音を蚀うず、
    あなたに、私の居堎所になっおほしいのだ。




    ヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌ

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    iba takumi

     
     
    幌い頃から䞍遜でワガママで友達が少なかったです。居堎所を芋぀けるこずも䞍埗意でした。 岡山県でひずの居堎所を぀くる仕事をしおいたす。

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