
260126 青い月曜
今日のプレイ・リストから 463
”Blue Monday”
マット・バーニンガー
原曲:ニュー・オーダー
ロック/フォーク
ジョイ・ディヴィジョン(JD)のフロント・マンだったイアン・カーティスは、1980年5月18日に自ら命を絶ちました。その日は日曜日でした。
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2ヶ月後に発表されたJDの2ndアルバム"Closer"のジャケットにはキリストの死を嘆くレリーフの写真が用いられていました。狙いすぎの感がありますが、死の前から採用が決まっていたそうです。選んだイアンの心中、いかばかりであったか。
ロック界で初めての自殺と喧伝されました。日本の音楽雑誌でも注目を集めました。ボクも1stと2ndアルバムを買い込んで聴き続けていました。当のJDは、当然、解散したと思っていました。
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ところが、名前を変えて復活しました。新しいバンド名はニュー・オーダー(NO)です。
JDは、ナチスの強制収容所にあった性奴隷部隊の名前から採られたものです。対して、NOは、ヒットラーが掲げた「新秩序」の英訳です。彼らがファシストだとは聞いたことがなかったので、もちろんきつい冗談です。
しかし、イアンが亡くなっているんです。バンドを継続するだけでもタフでしょう。そこにこのバンド名です。誰が考えたのか知らないが、またも、あざといではないかと思っていた1983年に、"Blue Monday"は発表されました。
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誰もがイアンが死んだ翌日の歌だと思いました。メンバーはカート・ヴォネガットの小説から取ったと説明していますが、本当にそうであったとしても、イアンの死が日曜日であったこととまったく無関係だとするには無理があります。
”Blue Monday”は発売当初、イギリスだけで70万枚以上売れました。再発も含めた累計は約116万枚。「世界で最も売れた12インチ・シングル」です。この記録は、12インチ・シングルというアナログなフォーマットを考えると、今後、破られることはないでしょう。
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当時、12歳だったマット・バーニンガーはシンシナティのイエズス会系進学校へ通っていました。父は弁護士、母は看護師という家庭です。本人はおとなしくて目立たない、ネクタイを襟元まできちんと結ぶような生徒だったそうです。
しかし、決して満足していなかったのでしょう。鬱々とした月曜日の気分を歌った曲が好きでした。40年以上が経ってそのロック・バージョンを作って、リリースしました。
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確かに、同年代の一人として感慨なしとはしません。1984年に父親が自裁しました。まったく関係のない2つの死を、関係付けて考えざるを得ませんでした。これまでに、最も繰り返して聴いた曲かも知れません。いやいや、何を今さら?