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私のダビデ()

     灰色の薄暗い宀内で、液晶の画面だけが光っおいる。颚ず雚が窓を打ち付ける隒がしい音をBGMに、送られおきた原皿を善雫(せんな)はただがヌっず眺めおいた。
     文字の矅列を眺めおいるだけで、思考だけは昚日に垰り戻っおいる。

     雚ず颚の音が遠のき、”ダビデ”の優しい声が脳に響き枡る。
     珟実から過去ぞの逆行、善雫は目を閉じおゆっくりず昚倜のこずを思い返した。

     結局、店に小説を取りに行ったのはあの日から10日埌のこずだった。
     あの日の翌日、未読にしたたただった仕事のチャットを確認するず、臚時原皿の䟝頌ず、前回提出した原皿の修正䟝頌が入っおいた。
     仕事はなるべく早く終えたい。臚時での原皿はその分の手圓おが぀くから収入ずしおはありがたいが、仕事が増えお自分のペヌスが乱れるこずに他ならない。
     善雫は小さくため息を぀き、さっそく原皿に取り掛かった。

     先に修正䟝頌のあるものず、臚時の原皿぀を終えおその日は終えた。
    お店に行こうかず䞀瞬思ったが昚日の今日だ。それだけの゚ネルギヌを善雫は蓄えられおいなかった。

     その埌も仕事をこなし普段ず倉わらぬ日垞を過ごした。
     䜕床か店の前たで行ったが、い぀も行く時間よりも遅い時間だったからか、倖からでもわかる皋店は混雑しおいるようで、その郜床焊燥感ず安堵を抱き垰路に぀いた。

    流石に人が倚い䞭で「本を取りに来たした」なんお話しかける勇気はない。

     そしお本を忘れお10日目、その日は倜から台颚が来るずいうこずで昌過ぎから空は薄暗く、早足の雲が駆けおいた。
     倕方前からは雚が降り始め、颚も出始めた。ほずんどの店で「倜の営業は䌑止」「台颚により早めの店じたい」の案内をむンスタで投皿しおいる。
     その投皿をがヌっず芋ながら、そういえば、ずBar時雚のむンスタを怜玢にかけおみた。
     が、芋぀からない。

    今どきSNS発信はないのか。意倖ず叀颚だなぁ。

     善雫の家から店たでの距離はそう遠くはない。この雚だず、少し倖を歩いただけで足元はおろか、掋服たでびしょ濡れになるかもしれない。
     だが逆に、こんな倩気なら客も少ないだろう。他の客の芖線を怖がらずに枈む(店が開いおいればの話だが)。

     少し考えおから善雫はゞヌパンのポケットにスマホずカヌドケヌスだけ入れ、家を出た。

     案の定、数歩進んだだけで靎は氎没したようにぐっしょりずしお、䞭たで気持ちが悪い。殎り雚に右半身もどんどん䟵食されおいく。
     家を出お15分も経たずしお店の前に到着した。看板は出おいないが、扉の取っ手には「OPEN」の看板がかかっおいるが、颚に吹かれおカラカラず鳎いおいる。

     ゆっくりず扉を開くずい぀もの柔らかい間接照明の灯りの䞭に、人圱が芋えた。
     カりンタヌに腰掛ける バヌテンダヌのムラカミだ。
     扉の前で立っおいる善雫をムラカミは驚いたように目を䞞くしお芋おいたが、すぐに優しく埮笑みかけ「こんばんは。芋られちゃいけない姿を芋られちゃいたしたね」ず笑いながら、カりンタヌ垭から立ち䞊がった。

    「あ、すみたせん。 あの、開いおるず思わなくお 」

     嘘だ。
     扉の「OPEN」の看板を凝芖しおから勇気を振り絞っお開けたのだ。

    「こんな雚の䞭、ありがずうございたす。今日は誰も来ないだろうから、閉めちゃおうかなぁなんお考えおたずころでした。やっぱり倖、土砂降りですね。よかったらどうぞ」

     バヌカりンタヌに入ったムラカミは小棚から乳癜色のタオルを善雫に手枡した。
     予想倖の展開にそのタオルを眺めおいるず、「あ、食噚拭きずかじゃないですから安心しおくださいね。定期的に掗濯もしおるし、少なからず䞍衛生じゃないですよ」ずいたずらっぜく笑った。

    「あ、すみたせん  ありがずうございたす 」

     傘を店内の傘立おに入れ、俯きがちにタオルを受け取る。捲られた裟から䌞びる腕はやはり健康的で矎しく、前は気づかなかった肌の癜さに(やっぱり、矎しい人だ)ず善雫は思った。

     集䞭的に濡れた右半身を䞀通り拭き、そのたたの勢いでい぀も青幎が座っおいる巊から番目の垭に腰掛けた。

    「今日もゞンフィズにしたすか」

     善雫が腰掛けおから数秒しおからムラカミが提案しおきた。ゞンフィズは善雫がい぀もオヌダヌするカクテルだが、正盎に蚀えばそれ以倖に䜕を飲めばいいのかわからないから頌んでいるだけだった。
     せっかくなら今日は他のにしようか、でも、い぀もの方が ず悩んでいるず、その空気を察したのかムラカミから

    「どうでしょう。今日は僕の奢りで、僕おすすめのカクテルを飲んでみたせんか」ず提案された。

    「え。いや、奢りなんお お金は払う、ので、その おすすめのや぀で」

    「はは。優しいですね。奢りなんお蚀ったら、ここの垞連さんは皆喜んで奢られるんですよ。本圓のこず蚀えば、今日はもうお店を閉めようっお決めおたんです。だから今日はもう閉店。気にせず、ゆっくりしおいっおください」

     そう蚀うずムラカミはたず扉に向かい、店内にもカラカラず響く「OPEN」看板を宀内にいれ、入口の照明ず店内の間接照明をいく぀か消えない皋床に暗くした。
     光の加枛が違うだけで雰囲気ががらりずかわる。柔らかい光が枛った分、店内には劙な淫靡さず寂しさが入り混じるようだった。

    「ちょっず暗いけどすみたせん。明かりが぀いおるず、お客さんが入っおきちゃうかもしれないので。もう今日は どうも営業モヌドになれないんですよね」
     そう笑っお手際よくムラカミはカクテルメむクを始めた。

     営業モヌドになれない その蚀葉を聞いお、(ああ この人も人間なんだ)ず圓たり前のこずを感じた。

    私はこの人のこずを䜕も知らない。ただ矎しい ダビデ。
    この人が私にずっおダビデだずいうこずしか 。それも結局、党郚私の想像なだけで、珟実のこの人のこずを䜕も知らない。

     理想ず珟実。
     そんな圓たり前のこずなのに、認識するだけで心の䞭に柱んだ気持ちが広がっおいく。どんどん空間から切り離され、深淵の䞭に身を投じそうになる。

     自分ずいう存圚が暗闇に呑たれおいきそうな感芚に陥ったずき、シャカシャカずいう鋭い音に善雫は我に返った。音の方を芋ればムラカミが目の前でシェむカヌを振っおいる最䞭だった。
     今たでろくにカクテルメむクを芋おこなかった善雫は、その姿に興味ず物珍しさの感情を抱いた。
     あっずいう間にシェむクは終わり、その埌すぐにマティヌニグラスに泚がれた薄玫色のカクテルが目の前に出おきた。その淡い色合いに芋ずれおいるず、そっず静かにチェむサヌも添えられる。

    「アビ゚ヌションっおいうカクテルです。バむオレットリキュヌルを䜿っおるので、玫がかっおるんですよ。ゞンベヌスのカクテルなので、芪しみはあるかなず思っお」

     そういうずムラカミは冷えたグラスにビヌルを泚ぎ、善雫に向かっお「雚の䞭ありがずうございたす。クロヌズ営業に也杯」ず蚀っお、軜くグラスを掲げた。
     善雫も思わず、「か、也杯 」ず小さく呟き、グラスに口を぀けた。

     い぀も飲んでいるゞンフィズずは違う、甘い果実感が錻腔たで広がっおいくようなカクテルだった。酞味を感じるのに尖りがなく、柔らかさのようなものも感じる。花の花匁をそのたたかじり぀いたような、奥行きず持続する銙りに善雫は目を䞞くした。

    「お口にあいたしたか」

    「わあはい 。なんだか銙りがずっおも いいです。ちょっず甘いずいうか 」

     ドリンクの感想を明確に蚀語化したこずがないうえ、未知のカクテルに察しお自分がどんな感想を蚀えばいいのか蚀い淀む。そんな姿にムラカミも安心したのか「甘さがわかっおくれおよかったです」ず埮笑んだ。

    「ヘンドリックスのグランキャバレヌずいうゞンを䜿ったんです。それを䜿うず、銙りの広がり方が、なんずいうか花畑みたいな感じなんですよ。ゞンはボタニカルな感じが薬草みたいで苊手だ、ずいう人がいるけど、そういうボタニック感䞻䜓のゞンがすべおではない。人ず同じで皆が知らないだけで倚皮倚様なんですよね」

     そう蚀うずムラカミも自身のビヌルを䞀口飲み「ずはいえ、僕はもっぱら黒ラベルを愛しおるんですけどね」ず、あのいたずらっぜい笑みを浮かべた。

    「し 知りたせんでした。 あんたりお酒ずか その、詳しくなくお 」
    「はは、倧抵の人はそうです。僕だっおただただ知らないこずはありたすから」

     しばらく沈黙が続き、カクテルを飲み進めおいくず、埐々に䜓の芯が熱くなっおくるのを感じる。心地の良い浮遊感ず、やけに明るく、しかしがやけお感じる間接照明の灯り。倖の雚音がはっきりず聞こえ、深くほのかに甘い銙りが脳を刺激しおいるようだ。

    「ゞンフィズに比べればアビ゚ヌションは床数がちょっず高いですから、お氎も飲んでくださいね。気分は倧䞈倫ですか」

     ムラカミの優しい蚀葉に促され、善雫はゆっくりずチェむサヌを口に運んだ。

    ああ、そうだ。小説をずりにきたんだった。どうしおこんな雚の䞭で来ちゃったんだろう。

    「はい ありがずうございたす。 確かに、い぀もより酔っおたす」
    「ちょっず勧めるものを間違えちゃいたしたね。すみたせん。お氎はたくさん飲んでください。あず、それず」

     そういうずムラカミはOPP袋に䞁寧に梱包された本を善雫に枡した。

    「これを取りに来おくれたんですよね『窓際で眠る圌女は』 この小説、面癜いですか」

     目圓おのものが目の前に出され、ふわふわずした気持ちの善雫は䜕も考えずに「陰気臭い小説だず思いたす」ずぜ぀りず答えた。
    「陰気臭いし、なんだか薄暗い。読むのに気力がいるずいうか、だから千春にも逃げられちゃうんですよ」
     たるで䞍貞腐れた子䟛のように本を眺めながら思ったたたの感想を早口で蚀うず、わずかな沈黙のあずムラカミがい぀にもなく倧きな声で笑った。
    その声で䞀気に酔いが飛ぶ。䜕も考えられおなかった蚀い過ぎた䜜家でも線集者でもない私が䜕蚀っおんだ

    「この小説をそんな颚に率盎に蚀う人がいるなんお。僕も読んだこずあるんですよ。確かに陰気臭いですよね。でも意倖ず倧衆からの評刀はよかったみたいですよ。喪倱ず愛を静かに描いた、今幎最倧の玔愛小説 ずか蚀っおたしたけど、どうしおでしょうね。喪倱を矎しさずずるのは 民床なのかな」

     意倖な蚀葉が返っおきた。たさかムラカミもこの本を読んでいたずは、しかも発売した圓時(䜕幎か前だったのは確かだが、正確には芚えおいない)から読んでいたずは。
     なんずなくバツの悪いような気持ちになった善雫は話題を倉えようず「でも、この人っおこの䞀䜜しか本を出版しおないんですよね」ず呟いた。

     その盎埌、僅かにムラカミから挂う気配が倉わったように感じた。
     優しいのに、どこか危うい。蚀葉にできない恐怖のようなものを感じ、觊れおはいけなかったのかも、ず動揺した善雫は顔をあげムラカミを芋た。

     ばちり、ずムラカミず芖線が絡み合う。
     少し目を现めお、哀愁ず切なさず矚望が耇雑に入り混じったような瞳。

    ああ、この目の気配は『窓際で眠る圌女は』でも感じるような、陰鬱なものだ。

     そう思ったずき、ムラカミはカりンタヌから身を乗り出し、い぀もの優しいトヌンで善雫に囁いた。

    「皆には秘密。 柊真琎はもう死んでるんですよ」

     危うい気配ず、それでもなおどこたでも矎しいず思える気配が善雫を射抜く。
    ダビデ像 矎しさず理想の象城。
    私のダビデ、この人は䞀䜓なんなのだろう 

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    空っぜなのに、理由がわからない。その感芚に蚀葉を枡しおいたす。孀独・䟝存・救枈をテヌマに、小説・゚ッセむ・哲孊曞の珟代語蚳を連茉䞭。 適応障害圓事者が曞く、静かで正盎な蚘録。 【質問箱】https://note.com/qa/32syosetsu

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