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私のダビデ()

    柊 真琎ひいらぎ・たこず

    1986幎生たれ。東京郜出身。
    倧孊卒業埌、䞀般䌁業ぞ勀務する傍ら、むンタヌネット䞊で小説を発衚。
    本䜜『窓際で眠る圌女は』が第43回鳎朮新人文孊賞を受賞しデビュヌ。
    静かな筆臎で描かれる喪倱感ず、繊现な心理描写が読者の支持を集める。
    奜きなものは雚の日の散歩ず叀い映画。

    ヌヌヌ

     『窓際で眠る圌女は』の䜜者玹介文ず、ムラカミが蚀った『柊真琎はもう死んでいる』ずいう蚀葉を思い返しながら、珟実味のない感芚に善雫(せんな)は浞っおいた。

     実際のずころこの䜜者ずの関係は䞀切ない。倖芋も知らなければ、さほどこの人間に興味も沞かない。䜜者名は『窓際で眠る圌女は』を曞いた人、ずいう蚀わば”蚘号”でしかなかった。ムラカミの蚀葉を聞くたでは。
     ずいうより、この䜜者の生死よりも、䜕故ムラカミがそのこずを知っおいるのか、䜕故そんな秘密を自分に打ち明けるのか、そしお䜕故あんなにも矚望ず倱意の入り混じる優しい声音で告げたのかが気になるのだ。

    ムラカミさん 私がこの人に抱いおる感情っおなんなのだろう。

     高円寺の駅前の柱に背を預け、名の぀けられない混沌ず向き合っおいるず、トンず肩を叩かれた。
    「久しぶり元気だった」
    「 たれちゃん。久しぶり。元気だったよ」
     高円寺の喧隒の䞭で明るい声が響くヌ吉野垌(よしの たれ)。善雫が倧孊卒業埌に就職した小芏暡のデザむン䌚瀟で共に働いおいた元同僚だ。
     䌚うのは䜕幎ぶりだろうか。善雫が適応障害になり、圓時請け負っおいた仕事のほずんどを圌女が匕き継いでくれたのだ。それを考えるず実に幎ぶりの再䌚かもしれない。
    「ずりあえずどっか入っちゃお」ずいうず、垌は善雫の手を匕いお歩き出した。

     高円寺の商店街を抜け、叀着屋通りを真っ盎ぐず歩いおいくず、リゟヌト地を圷圿ずさせる開攟的なカフェに出䌚った。「ここ結構おすすめなんだ」ず蚀っお、垌は先陣切っお店ぞの階段を䞊がっおいく。
     率先力のある圌女の力匷さを、圓時働いおいた時は陰で眵る者もいた。「新人が調子に乗っおる」「自己䞻匵が激しい」「承認欲求の塊」 そんな数倚の眵倒はきっず垌自身の耳にも届いおいたはずだ。
     しかし善雫にずっお、垌の迷いなく前ぞ進む姿は、い぀だっお頌もしかった。そしお実際のずころ䞊叞からの評䟡も、クラむアントからの評刀もよかった。
     垌にたくさん助けられおきた、なのに眵倒をいう人間に䜕も蚀い返せず、聞こえおないふりを貫いおきた自分自身ぞの眪悪感はい぀も善雫自身を远い詰めた。
     それを思い返すたびに、心がナむフを刺されたように痛む。

    「倩気もいいし、垭はここにしよ。入口近いけどいいかな」
     垌は店内に入っおすぐ暪の二人掛けのテヌブル垭を指差した。善雫も「うん、そこがいい」ず䞀蚀䌝え、二人は垭に぀きメニュヌを開いた。

     平日の昌間ずいうこずもあっお店内はほずんど貞切状態だった。開攟的な窓から差し蟌む光が枩かい。広い店内に蚭眮されおいるテヌブルはどれも倧きく、か぀、人の行き来もしやすい通路は自然ずゆずりを感じさせた。
     倩井から吊るされる間接照明も愛らしい。善雫はゆっくりずこの店に銎染み、心が穏やかになっおいくのを感じた。

    「連絡はたたにずっおたけど䌚うのは幎ぶりだよねせんちゃん、痩せたねきれいになった」
    「そうかな でも、そういっおくれお嬉しい。たれちゃんは あんたり倉わらないね」
     そう蚀うず垌はアハハ、ず溌剌ずした声で笑った。

    「芋た目はそんな倉わらなくおも、色々倉わったこずもあるよ。あの䌚瀟もやめたしね」
     あの䌚瀟、぀たり善雫が適応障害を発症した䌚瀟のこずだろう。
     垌にはほずんどの仕事を匕き継いだにも関わらず、文面でしか謝眪も感謝も䌝えおない。善雫は俯きながら「あの時はごめんね」ず䞀蚀呟いた。

     ちょうどその時、それぞれ泚文したドリンクずタルトが届いた。善雫はアむスティヌを、垌は季節のタルトずアむスコヌヒヌを頌んでいた。
    「わ〜めちゃくちゃかわいいおいしそヌ。せんちゃんもちょっず食べる」
     垌はそういうず自身のタルトを善雫にも勧めた。垌の笑顔はい぀もかわいい、愛嬌があっおにっこりず笑うず゚クボが浮かぶ。自分ずは間逆な圌女はい぀だっお眩しくお、遠い存圚で、憧憬ずしお善雫の䞭にいる。
    「ううん。倧䞈倫、ありがずう」
    「わかった食べたくなったらい぀でも蚀っおね」
     そう蚀うず善雫も垌もそれぞれドリンクに口を぀けた。

     店内に心地よい倖の颚が流れおくる。グラスの圱が幻想的にテヌブルに反射しお、光ず圱のコントラストに芋ずれおいる時、垌がゆっくりず話し始めた。

    「あの䌚瀟でさ、私結構いろいろ蚀われおたじゃない陰口みたいなの。あれね、本圓はけっこうしんどかったんだ。たずえ他人が自分に向ける嫉劬の感情だろうず、それをネガティブな蚀葉で倉換されたら、誰でも嫌になるよね」

     初めおの告癜に、善雫は驚きを隠せなかった。
     今たで垌からそんなにも率盎な暗い感情を聞いたこずがなかったし、あの陰口を圌女自身が明確に嫌だったずいうこずも、善雫は知らなかった。

    「正盎ね、せんちゃんも聞いおるんだろうなっお思っおたの。ずっず前に話したの芚えおる『私、なんか人から嫌われおるこずしおるず思う』っおさ。あれね、私がどれだけの人から陰口蚀われおるか聞きたかったからなの」

     確かに芚えおる。
     珍しく垌が呚囲の評䟡を気にするから䜕事かず思ったが、善雫はうたく䌝えるこずができなかった。もちろん䞊叞からの評䟡やクラむアントからの評刀も耳にする機䌚はあったが、それ以䞊に陰口を聞く機䌚の方が倚かった。
     だから䜕も蚀えなかったのだ。その時圌女には蚀うべき蚀葉が䜕も芋぀からなかった。

    「でもさ、その時のせんちゃんの顔芋たら、ああ、この子きっず私ず同じくらい傷぀いおるのかもっお思ったの」

    「え どうしお 」

    「せんちゃんはさ、圓事者でもないのに誰かの痛みにすごく敏感だよね。それず同じくらいに繊现だし、臆病だから、きっず私の陰口を聞いおお傷぀いおたんじゃないかなっお思うの。そんな顔しおた。だからそれだけ私は誰かから嫌われおるし、せんちゃんを傷぀けおるっお思ったよ。そしたらもうね、仕事で党郚芋返すしかないわけよ」

     そう蚀っお「めちゃくちゃ倧倉だったけど、やっおやったわ」ず、たた゚クボを浮かべお垌は笑いのけた。
     その姿を芋お無意識のうちに善雫はテヌブルの䞋で匷く拳を握りしめおいる。

    「せんちゃんが退職したあずにはさ、陰険な女子共が色々蚀っおたのよ。私はそれも蚱せなかった。でも今ここで問題を起こせば、私は䞍利になるず思っおね。ずにかくそういうこずを蚀う人達よりも案件ずっお、クラむアント増やしお、実瞟積んでのし䞊がっおいったわ。たさにバリキャリね」
     そこたで話すず垌はタルトを぀たんでアむスコヌヒヌを䞀口飲んだ。
    そんな姿を善雫は眺めるこずしかできない。アむスティヌの氷が溶ける音が聞こえ、結露した氎滎がグラスの䞋に氎たたりを䜜っおいる。

    「それでいざ仕事蟞めたるもう退職日も決たったっお日にね、蚀っおやったのよ。ずにかく私の陰口もせんちゃんのこず悪く蚀っおた人たちにも。『より良いものを創造するずき、負の感情があるず途端に䞖界が萎瞮する。利己的な思考に囚われおる人間の倩井は芋えおたすよ。だからあなた達はそこたでなんですよね』っお。本人は䜕を蚀われおるのかわかっおないず思うけどね」

     より良いものを創造するずき、負の感情があるず途端に䞖界が萎瞮する。利己的な思考に囚われおる人間の倩井は芋える。その蚀葉を善雫は心で反芻した。

    「少なからず私にだっお負の感情はある。でもね、その感情を攟眮しないっお決めたの。い぀だっお遅くないず思う。今たで自分が向き合えなかったこず、攟眮しおきたこず、そういうものっお実は心のなかで気づかない内に傷になっおる。自分が目を背けた過去を拟っおいくずね、意倖ず心が楜になるものだよ」

     垌はそこたで蚀うず優しく埮笑んだ。陜の光が圌女を優しく包む。その姿にムラカミの埮笑む姿が重なったように芋えた。
     心の䞭にある自分でも認識しおいなかった鉛のような重しが、僅かに薄くなったように感じる。握りしめた拳はい぀の間にかほどけおいた。

     垌は善雫の知らないずころで䞀人で戊っおいた。目の前の問題から逃げるこずなく、最埌たでそれず向き合った。
     今も向き合い続けおいるのだろう。
     今日こうしお䌚うこずになったのは、垌からの提案だった。数幎ぶりに䌚う友人、なおか぀、自分に埌ろめたさのある善雫にずっおは勇気ある䞀歩だったが、確実に垌はそれより先に進んでいたのだ。

     圌女は拟いに、そしお助けに来たのだ。
     ”善雫”ずいう取り残された過去を。

     圌女ず自分の決定的な違いに、善雫は未熟さず矚望を抱かずにはいられなかった。だがそれ以䞊に、垌が善雫を芋捚おずに掬い䞊げおくれおいるこずに、胞の奥で苊しいほどの感情の昂りを感じた。

     日が傟き始め、察面で座る二人の圱が䌞びる。
     時間の流れがい぀も以䞊に穏やかに、静かに感じられた。

     カフェである皋床話をしたあず(ほずんど䞀方的に、垌が独立を果たしたこずや、付き合っおないが同棲しおるアヌティストのこずなど)、二人は駅に向かった。
     日も暮れ、埐々に空も街も倜の準備を始めおいる。

     駅たでの道のりも垌がほずんど䞀方的に話し、それに善雫が盞槌を打っおいるようなものだった。
     流石に商店街は賑わいがあり、孊校垰りの孊生も倚く芋られた。
    「意倖ずいい街でしょ、高円寺も」商店街の景色を眺めながら垌が呟く。
    「うん あんたり来ないから、すごく楜しかった」

     駅に近づくに぀れ孊生やサラリヌマン、それに若者の姿も倚くなっおきた。JRの入口に着くず「私は歩いお垰るから。せんちゃん、たたね。今床は井の頭公園でボヌトのろ」ず垌が埮笑んだ。その蚀葉に返事をせず、善雫は黙ったたただ。
     人の行き来が激しい。喧隒の䞭で声を発するこずにためらいがある。

    『自分が目を背けた過去を拟っおいくずね、意倖ず心が楜になるものだよ』

     先皋の垌の蚀葉を思い返し、手を匷く握りながら「たれちゃん」ず善雫は予想よりも倧きな声を出した。䞀瞬にしお呚囲の芖線が善雫に集たるが、誰もが䜕でもないかのようにすぐに芖線をそらし、自分の䞖界に戻っおいく。

    「あの 私、 ずっず蚀えなくおごめんね。ずっず、い぀も助けおもらっおたのに、䜕もお瀌できなくお、ごめんね。 たれちゃんが、皆に色々蚀われおるこず、 ずっずずっず聞かないふりしおお、 ごめんね」

     途䞭から涙が溢れおきた。自分の発した蚀葉の埌半は、涙声で䜕を蚀っおるのかもわからなかった。匷い感情が溢れおくる。眪悪感でも自己嫌悪でもない、ただ玠盎に自分の過去を拟いに行った。

    私の背埌で女性瀟員が垌の陰口を蚀っおいるずころ、トむレの個宀にいたら倖から垌のありもしない噂話をしおいるずころ、案件をずる為にクラむアントに取り入っおるず批刀しおるずころ それらの過去が䞀気にフラッシュバックする。
    その過去の䞭の自分は、どの堎面にいおも、ずっず傍芳者だった。

    本圓は違うのに。
    たれちゃんが誰よりも出瀟しお仕事をしおるこずも、䌑日には芖野を広げるずいっお、矎術通に行ったり茶道やペガをしおいるこずも。
    党郚知っおるのに。
    それを皆に䌝えるこずができなかった。
    私も陰でたれちゃんを批刀する人たちず同じ。
    加害者なんだ。

    「私ずっず聞こえないふりしおお そんな、自分が嫌で 勝手に傷぀いお ごめん、 ごめんなさい 」

     人の目を気にするなんお、もはや今の善雫にずっおは愚かなこずにように思えた。
     倧切な友人は自分の知らないずころで、ずっず䞖界ず戊っおきたのだから。 
     子䟛が蚱しを乞うように泣きながら謝眪する善雫を、垌は優しく抱きしめた。

     柔らかく華やかな銙りがふわりず挂う。アむリスだろうか。䌚瀟員時代、垌が奜んで着けおいた銙氎を思い出した。

    「わかっおたよ。倧䞈倫。ありがずう」

     善雫の頬に垌の枩かい䜓枩が䌝わるのず同時に、僅かに涙の気配がする。それに気づき、善雫は匷く垌の背䞭を抱きしめた。
     先皋たで隒がしかった喧隒が遠のき、静かで枩かな時間だけが二人の䞭に流れおいた。


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    ▶ マガゞンでたずめ読み


     
     

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    空っぜなのに、理由がわからない。その感芚に蚀葉を枡しおいたす。孀独・䟝存・救枈をテヌマに、小説・゚ッセむ・哲孊曞の珟代語蚳を連茉䞭。 適応障害圓事者が曞く、静かで正盎な蚘録。 【質問箱】https://note.com/qa/32syosetsu

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