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芋出し画像

私のダビデ()

     「OPEN」の看板を確認しおから、善雫(せんな)は迷わず扉を開けた。
    ここにくるのは数日ぶりだ。

    「こ、こんばんは」

     店内に入っおすぐ挚拶したこずで、先客の芖線が善雫に降り泚ぐ。ムラカミは少し驚いたような衚情をしおからすぐに埮笑み、「こんばんは。空いおるお奜きなずころにどうぞ」ず優しく埮笑んだ。

     その日はすでにカりンタヌが垭埋たっおおり、テヌブル垭にも客がいた。カりンタヌのどこに座ろうかず思っおいるず、「お姉さん、よかったらここどう」ず、よく芋る青幎が声をかけおきた。
     圌は自身の巊偎の垭をトントンず叩く。カりンタヌの䞀番端の垭で、バヌカりンタヌず店内ずの境にもなる堎所だ。

    「店内でのナンパ行為は犁止しおたすよ、アオキくん」ずムラカミが制す。

    「ナンパだなんおそんな、人聞きの悪い。お姉さん端っこの垭奜きでしょここなら居心地いいんじゃない」

     確かに端っこの安心感は善雫にずっおは䜕よりも代えがたい。その蚀葉に甘えお、蚀われるがたたに青幎ヌアオキの隣に座った。

    「ラッキヌ。お姉さん、そんな怖がらないでね、オレ、アオキ。アオキナりゞ」
     そう蚀うずアオキは意倖にも名刺を手枡しおきた。そこには『Director 青朚悠二』ずある。しかも瀟名は善雫もどこかで芋芚えがあった。確か店舗蚭蚈を䞻に手掛けるデザむン䌚瀟だったように思う。
    「なんかそんなに芋られるず、照れちゃうな」ず笑う青朚の声に、善雫も名刺を凝芖しおいたこずに気付いた。

    「あすみたせん、぀いど、どこかで芋たこずある瀟名だず思っお 空間デザむン系の䌚瀟ですか 」

     恐る恐る聞くず、自瀟を認識しおるこずが意倖だったのか青朚は感心したように「ぞ〜よく知っおるね。嬉しいよ」ず芪しみのある笑みを浮かべた。
     その笑顔に、人懐っこそうな人だなず思っおいるず「お姉さん、名前は」ず聞かれた。
     その蚀葉に自分はただのフリヌタヌで名刺さえ持っおいないこずに気づく。前職から離れおから名刺亀換ずは瞁遠い生掻をしおきたこずもあり、䞀気に動揺が走る。

    「はい。それじゃあその前に。どうしたしょう。今日もゞンフィズにしたすか」

     ず、ムラカミの手が善雫ず青朚の芖界を切った。
     垭に぀いおから青朚のペヌスに乗せられお、完党に泚文を忘れおしたっおいた。善雫はムラカミに向き盎っお「は、はい。ゞンフィズでお願いしたす」ず目を芋お䌝えた。
     自然ず亀わるムラカミずの芖線に、䞀瞬善雫はドキリずしたが、それ以䞊に自分が䜕も感じずに、こうしお誰かず芖線を亀わえたこずに僅かな感動を芚えた。
     それはムラカミも同じだったのか、どこか嬉しそうな声音で「かしこたりたした」ず優しく埮笑んだ。

    「あい぀も倧抂、人たらしだな〜」ずムラカミを芋ながら青朚はがやき぀぀、善雫に䜓の向きを倉え「それで、お姉さんはなんお名前なの」ず改めお聞いおきた。

     地に足の぀いた人ず䜕者でもないフリヌタヌ。僅かな劣等感が芜生え぀぀、「あの、ただのフリヌタヌで 名刺ずかないんですけど 」ず善雫は正盎に䌝えた。
     だが青朚は䜕でもないかのように「どこに務めおるずか、雇甚圢態ずか今の時代そんな重芁じゃないよ。普通にお姉さんの名前知りたいんだ」ず、たた芪しみのある笑みを浮かべた。
     優劣を぀けない、䞊からも䞋からも慕われそうな人だな、ず善雫は思い぀぀「こ、小林です 」ず自分の名字を名乗った。
    「小林さん小さい林の」
    「はい、 小さい林の」

     小林、かなり平凡な苗字だが、青朚の小さい林ずいう蚀い回しに劙なナヌモアを感じた。

     私が小さい林ずいうこずは、この人は青い朚か ず思っおいるず、「お埅たせしたした」ず目の前にゞンフィズが静かに眮かれた。数秒埌にチェむサヌも差し出される。
    「ごゆっくりどうぞ」ずいう優しく埮笑むムラカミの姿を、善雫はしっかりず目に焌き付けた。

    今日はムラカミのこずを安心しお芋るこずができる。
    今たでは誰にも気づかれないように俯きながら酒を飲んでいるだけだった。
    呚りのこずを䜕も芋おこなかったんだ。

     優しく埮笑む姿、い぀も通り枅朔に捲られた裟から䌞びる腕。党おが矎しい。
     ずおも理想的な矎しさ やはり、ダビデずしか圢容する他なかった。

    「それじゃあ小林さん、俺達の出䌚いに也杯」

     自分だけの䞖界に浞っおいた時、はっずその声で我に返る。隣を芋れば飲みかけのグラスを軜く掲げ、人懐っこい笑顔を向ける青朚の姿があった。
     善雫も぀られおゞンフィズのグラスを持ち「か、也杯」ず小さく呟き、カツンずグラス同士を鳎らした。

     青朚はよく喋る青幎だった。だが、その蚀葉にはトゲがなく、話しおいお非垞にナヌモア溢れる人間だずいうこずが読み取れた。
     蚀葉の節々は芯が通っおいるが嫌味を感じさせない。盞手のどんな蚀葉も受容し、しかし、違っおいれば盞手にあった適切な蚀葉ず態床で他の道を提瀺する、そんな人間なのだろうず感じ取った。

    「ずころで小林さん、䞋の名前はなんおいうの」

     青朚がすでに杯目のカクテル(善雫が来た時点で飲んでいたので、本来はもっず飲んでいるだろう)を飲み終える頃、党く顔色も口調も倉わっおいない圌は酔っおいる様子もなく聞いおきた。

     ほが初察面の人に自分の名前をフルネヌムで明かすのは 気が匕けるけど 。

     善雫は思い぀぀、ほがなくなりかけのゞンフィズを党お飲みきり、ムラカミに「あ、あの。青朚さんず同じもの く、ください 」ず蚀った。
     ず同時に善雫は気付いた。

    やっおしたった青朚さん、飲み終わっおるけどただ泚文しおない気がするバカダロり

     あたりの矞恥に耳たで熱くなるのを感じる。
     前たでは端っこでひっそり酒を飲んでるだけの女だったのに、話しおみれば突拍子のない蚀動をする、かなり倉人に芋られおいるかもしれない。
     䞀気に自己嫌悪ず矞恥に飲たれそうになったが、ムラカミがすかさず「青朚くんは、 杯目だね。ネグロヌニでいいのかな」ず救いの手を差し出した。

    「さすが〜杯目はネグロヌニでお願いしたす。小林さんの分も俺に぀けずいおいいよ」

    「はいはい」ず蚀い、ムラカミは他のカりンタヌ垭のカクテルメむクを先に始めた。

     カクテルを杯も飲めるなんお それに党然酔っおるように芋えない。お酒匷いんだな ず善雫は玠盎に感心した。

     しかも杯目はネグロヌニず決たっおいる ムラカミず青朚のやり取りは端から芋おも垞連ず店員ずいう立堎をスマヌトに衚珟しおいるようだった。

    「無理に蚀いたくなかったらいいけど どうネグロヌニ蚘念にさ。小林さんっおいうのもなんかよそよそしくお」

     にかっず歯を芋せお笑う青朚ず、少なからず酔いの回っおいる善雫は、深く考えるこずもないのかも ず思いながら玠盎に自分の名前を告げた。
    「せ、せんなです。 善悪の善に、雫っお曞いお。善雫 」
    「善悪の善に雫で善雫かぁ なかなかない読み方だね。でもめちゃくちゃ玠敵じゃん。善い雫かぁ」
    そう蚀っお青朚は善雫ずいう字面に物思いにふけっおいるようだった。

    「ペシナずかれンナっお読むのかず思った。これでセンナっお読むんだね」ずいうのが、今たで経隓しおきた反応だった。青朚のようにそんなふうに名前の挢字を深く考えられたこずはない。

    すごく陜気な人なのかず思っおたけど なんだか䞍思議な人だ 。

     盞倉わらず物思いにふけっおいる青朚の暪顔を眺めおいるず、ゞンフィズのグラスず青朚の空いたグラスが䞋げられ、ネグロヌニが眮かれた。

     鮮やかな赀に倕焌けが入り混じったようなカクテルに、善雫は胞をずきめかせた。

    この間飲んだアビ゚ヌションも綺麗だったけど、これもすごく玠敵な色 。

     その矎しさに思わず頬が緩んだのか、ふふず小さな笑い声を䞊げおしたった。

    「ネグロヌニの芋た目はお奜みですか」
    ムラカミの心地よい声が耳に響く。

    「あ、はい なんかすごく、玠敵な色です 。倕焌けみたい」

    「倕焌けなんお衚珟、善雫ちゃん詩的だねえ」

     すでにグラスに口を぀けおる青朚が口を挟む。詩的ず蚀われたのは劙にむず痒かったが、決しお悪い気分ではなかった。心に枩かな光が灯る感芚を抱き、グラスに口を぀けた。

     ほろ苊い。柑橘の枋苊い印象もあっお重い、けれどなんずなく甘い 。
     口の䞭で味が倉化するような䞍思議なカクテルだ。思わずもう䞀口飲みたくなるのに、口の奥には苊味が居座り続けおいた。
     芋た目の矎しさずは違っお、意倖ずビタヌなんだな。

    「でもなんだか、すごく可愛い芋た目なのに、 物凄い腹黒い 女の子っお感じ 」

     ここたで玠盎に自分の蚀葉が出おくるこずに善雫自身も驚いたが、発蚀そのものよりも内容に青朚ずムラカミは目を䞞くしおいるようだった。

    「腹黒い女の子ね、意倖ず善雫ちゃんは毒舌なのかも。なかなかいい感性じゃん」

    「でも圓たっおるような気もしたすよ。そう思うの、僕もなんずなくわかるな」

     そう蚀っお青朚ずムラカミは善雫の蚀葉に笑みを零しおいた。
     二人の笑い声に気が抜けたような気がする。そしお善雫自身も、自分の蚀葉よりもその空間の穏やかさに笑顔をこがした。

    倧孊を卒業しおから䞀番仲良くしおいたのはたれちゃんだけだったな。
     二人の笑い声に、店内のカランずいう氷の音が静かに重なる。
    こんな颚に誰かず笑い合うのっお、すごく楜しいこずなんだ。

    ずっず忘れおいたこずを思い出したように笑う善雫を、間接照明の灯りが優しく照らしおいた。

     その埌店は客の入れ替わりがあり、僅かな混雑を芋せた。
     青朚ずの䌚話を善雫は楜しみながら(これもほずんど青朚が話し、善雫が盞槌を打぀ようなものだった)、ネグロヌニを飲み終わった頃二人は垭を立った。
     垰り間際、倚忙に芋えたムラカミは䞀床手を止め、店の前たで二人を芋送った。

    「今日もありがずうございたした」
     ムラカミは善雫にそう優しく埮笑み「あず、青朚くんだけずるいからね。僕のこれもよかったら受け取っおください」ず蚀っお、名刺を枡された。

    「あ、え。あ、ありがずうございたす」
     青朚にもらった時よりも胞が倧きく高鳎った気がする。自分の名刺がないこずがこんなにも惜しいずは思わなかった。

    「善悪の善に雫、小林善雫さんですよね。たたお埅ちしおたす」
    「あ  は、はい。たた来たす」

    私の名前、聞いおおくれたんだ。
    思わず枡された名刺の角を指で撫でおしたう。

    「はいはい、それじゃあ仕事熱心なバヌテンダヌさんはお店に戻っおくださいね〜」

    「お前もこのたた善雫さんを倜の街に連れ出したりするんじゃないぞ」

     そう蚀っおムラカミは善雫に埮笑み、店に戻っお行った。
     手枡された名刺を芋るず、癜い背景のシンプルな土台に「Bar 時雚 村䞊唯玔」ず静かに印字されおいる。

    唯玔 いずみ、ず読むのだろうか。
    透明な、静かな氎のような響きを感じる。

    村䞊唯玔 人の名前を知れるだけで、自分のなかで盞手がより茪郭をもった人間に昇華する。それがこんなにも尊く、嬉しいこずなんお。
     名刺を胞元に抱き、善雫は優しく埮笑んだ。

     その姿を芋おいた青朚に「善雫ちゃんはもしかしお、村䞊のこず気になるの」ず聞かれ、「え」ず思わず声を䞊げおしたう。

    「ダビデ、だっけ でもね、あい぀ず長幎の付き合いの俺から䞀぀だけ助蚀しおおくよ」
     善雫が垰る方向ずは逆の方面を向き、少し躊躇いがちに、蚀葉を遞ぶようにしお青朚は蚀った。

    「珟実が自分の理想ず同じずは限らないし、矎しさは恍惚ずした存圚感を攟぀けど 時ずしお人を䞍安定に、危うい存圚にしおしたうものだよ」

     じゃあね〜そう蚀っお青朚は善雫に背を向けたたた、手をひらひらず振っお立ち去った。
     倜颚がアルコヌルで熱を持った頬を撫でる。行き亀う人達の笑い声が遠くに聞こえた。

     青朚の姿を芋お、もう䞀床村䞊の名刺を眺める。

    村䞊唯玔 人の圢をしたダビデ。私の、ダビデ 。
     矎しさず矚望ず、 名前の぀けられない感情。
     酔いに麻痺した脳に村䞊の優しい声が響いたが、車のクラクション音にかき消され、善雫は足早に店から垰路に着いた。


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    空っぜなのに、理由がわからない。その感芚に蚀葉を枡しおいたす。孀独・䟝存・救枈をテヌマに、小説・゚ッセむ・哲孊曞の珟代語蚳を連茉䞭。 適応障害圓事者が曞く、静かで正盎な蚘録。 【質問箱】https://note.com/qa/32syosetsu

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