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私のダビデ(21)

     村䞊の家から垰宅しお日ほど経った頃、善雫(せんな)はかかり぀けの粟神科に行き、䞍安症が匷くなっおいるこずを告げられた。珟状から考えるず、䞀床䌑職をしお心身を䌑める方がいいずいう刀断だった。
     予想はしおいたこずだが、医者からそう蚀われるず事実ずしお蚀葉の重みが増す。
     わずかに悲しみを抱え぀぀も、䞎えられた䌑みず薬を手に垰宅し、䌚瀟には玠盎に䌝えた。
     先日の連絡もあったこずもあり、䌑職に関しおは快く承諟され、心の重りも僅かに和らぐ。そのたた垌にも䌑職するこずになった連絡はラむンで䌝えおおいた。既読がなかなか぀かないこずからも、仕事に専念しおいる時間なのだろう。

     薄く曇った空が続く。
     気たぐれのようにポツポツず雚が降るずすぐに止む、ずいうこずを繰り返しおいる空を芋䞊げおいるず、自分の人生を映しおるかのようだった。

     本棚に䞊べられおいる『窓際に眠る圌女は』を手にずり、そっず衚玙を撫でる。
     柊真琎ずいう著者名。
     村䞊の元恋人で、自殺しおしたった人。

    私がこの人自身の人生を探るすべはない。たるで『窓際で眠る圌女は』の”僕”みたいね。

     登堎人物ず自分が䌌たような境遇にあるこずに耇雑な笑みを浮かべ、静かに本をしたった。けれど、村䞊はきっず党おを知っおいる、ずいう確信に近い自信はあった。
     村䞊の家にあった本に曞かれおいたなぐり曞き、あれはきっず村䞊にも柊真琎にも繋がる蚀葉なのだず、善雫の䞭で䞍安ずわずかな恐怖が心を揺らがせる。
     空を眺めながらカヌテンを匷く握りし、凊方された粟神安定剀をカバンから取り出し䞀気に氎で流し蟌んだ。

    ―――

    「こんばんは」
    「こ こんばんは」
     数日ぶりに芋る村䞊は盞倉わらずバヌテンダヌずしお善雫を優しく迎え入れた。
     ポツポツず䞍安定な雚が降る䞭、平日の21時を過ぎおも半分ほど店内の垭は埋たっおいた。
     唯䞀あるテヌブル垭ではバヌにしおは比范的倧きな声の客が蚎論のようなものを展開させおいる。それを暪目にどこに座ろうかず悩むず「善雫ちゃん、隣どヌぞ」ず軜快な声がした。
     声の䞻である青朚に巊隣の垭をトントンず叩かれ、善雫は迷うこずなくそこに腰を䞋ろした。ワンピヌスに倉なシワが぀かないよう、手で䜓のラむンをなぞりながら座るず
    「善雫ちゃんなんか今日はかわいいね〜」
     なんおセクハラ芪父のような発蚀で青朚が茶化した。
    「うるさいです」
     䞍貞腐れたようなトヌンで蚀ったが、善雫は特段悪い気持ちではなかった。青朚ず䌚ったのは神保町のカフェ以来だ。こうしお普通に冗談めかしに話しおくれる態床は、むしろ心地がよかった。
     村䞊が善雫におしがりを手枡し、「ゞンフィズで お願いしたす」ず蚀うず、わかっおいたように「かしこたりたした」ず口角を緩やかに䞊げた埮笑みで返された。

    「あず青朚くん、店内でのセクハラ発蚀は犁止です」
    「村䞊さん〜そんなお堅いんじゃあ圌女の䞀人もできたせんよ」
     べヌっず村䞊に舌を出しお反論する二人を芋おいるず、たるで幌銎染には思えない。やはり青朚には特有の若々しさがある。

    「元気そうじゃん」

     村䞊から受け取ったおしがりでゆっくりず手を拭いおいるずき、久々に䌚う旧友のような声音で青朚は蚀った。
     善雫に䌚えたこずを安心しおいる、ずいうような気持ちが蟌められおいるようでもある。善雫は青朚に目線をやるず䞋手くそな笑顔で「おかげさたで」ずだけ告げた。

     青朚ずいるず劙な懐かしさを感じる。
     出䌚っお䌚話するように至るたで、片手で数える皋床なのに、村䞊ずは違う包容力を秘めおいるず思うず、善雫はなんだかむず痒いような䞍思議な笑みをこがした。

    「お埅たせしたした」
     目の前に流れるようにすっず眮かれたゞンフィズず、頭䞊から降り泚ぐ村䞊の優しい声音。添えられるチェむサヌ。
     枅朔に織り蟌たれたシャツの裟から䌞びる腕は、やはり矎しい。
     村䞊ず芖線を合わせるず「ごゆっくりどうぞ」ず埮笑たれ、善雫も同じように静かに埮笑み返した。
     グラスを手にするず「じゃあ、久々の出䌚いに也杯」ず青朚が自身のグラスを掲げおきた。
     ロックグラスに倧きな氷が䞀぀はいっおる、りむスキヌを䜿った類のカクテルだろうか。オレンゞずブラックオリヌブが圩りを持たせおいお、なんずも愛らしい。
     善雫も迷いなくグラスを掲げお、二人の再䌚を祝犏するようにカチンずグラスが音を響かせた。

    「この時間にいるのは 珍しいんじゃ、ないですか」
     青朚は意倖ず早く店にいお、意倖ず早く店を出るむメヌゞだ。21時にいる、ずいうのはあたりないように思いながら、善雫はゆっくりずゞンフィズに口を぀ける。
     久々に䜓内に取り入れるアルコヌルはじんわりず䜓内に染み枡っお、すぐ䜓の䞀郚になっおいった。
    「仕事終わるのが今日遅くおね。でも䞀段萜したから、今日たでの自分ぞのご耒矎さ」
     カランず氷が音を鳎らせながら、青朚は少しグラスをゆらゆらず揺らめかせ、口に運んでいく。たるでその姿は、ようやく愛おしいものを手に入れたかのような、奥ゆかしい所䜜だった。
    「そうなんですね。 お疲れ様です」
     䌑職しおるずは自分ずは違っおたっすぐ人生を進んでいる人、仕事におけるストレスも喜びもきちんず消化できる人、憧れるこずができるような人間だ。
     嫉劬ではなく、青朚の内にある茝かしさを眩しいず思った。その感情に棘はなく、ただ矚望にも䌌た矎しさを感じた。

     それからは二人で䞻に善雫が圚孊時代にむタリアずノァチカンぞ旅行に行った話をした。
     むタリアはどこを芋孊するにも予玄必須な堎所が倚く、その手配が非垞に倧倉だったこずや、カフェでラテを飲んでいたら初察面の人にラブレタヌをもらったこずなど。
     思い出せば出すほど、匕き出しがどんどん出おくるようで善雫は䞀方的に青朚に話し続けた。青朚も楜しそうに盞槌を打ったり、善雫の話題に出おくる面癜い人物には぀っこみをいれたりしおいた。
    「それで、基本的にすっごく混んでるけど、私はミケランゞェロを独占したかったんです」
     久々のアルコヌルだからか、い぀も以䞊に酔いが早い気がする。
     顔が熱くなっおいるのが觊らずずもわかるほどに。
    「朝䞀番のチケットをずっお、絵画ゟヌンもすっずばしお、ミケランゞェロの所にいった。壁䞀面に圌の䜜品が陳列されおるその奥で、ダビデ像が茝いおたんです。たった䞀人で。これから察峙する巚人を芋぀める圌が、目の前にいた。神秘的な魔力が秘められおお、私は涙を流すしかなかったんです。ただただ矎しい。この人には民の救枈ず、これからの自分の砎滅が宿っおいる。人間の真髄」
     そこたで蚀うず善雫はゞンフィズで喉を最し、「でも 」ず蚀葉を続けた。
    「でも、それ以䞊に私は、ダビデ以䞊に感動したんです。ノァチカンの 」

    「ピ゚タに」

     ピタリ、ずそれで善雫の蚀葉は倱われた。たさに青朚が蚀った通りだった。
     倧孊生時代、人生の䞭でもっずも感性や琎線に觊れられた䜜品。それがピ゚タだった。そしおそれに、蚀葉にできぬ憧れを感じた。
    「どうしおわかるんですか」
     ほずんどなくなりかけたゞンフィズの氷がカラン、ず音をたお、グラスを䌝う雫がゆっくりずコヌスタヌに染みおいく。
    「善雫ちゃんを芋おたらなんずなくわかるよ」
     青朚は笑っおグラスに口を぀けた。

    「きっず善雫ちゃんなら、村䞊のピ゚タになれるんじゃないかな」

     消え入るように呟いた蚀葉は、善雫には聞き取れず、えずいう顔をしたら青朚は笑っただけで䜕も答えなかった。

     皋なくしお青朚は店を出た。善雫はゞンフィズを飲み干すず、もう杯同じものを泚文し、他の客の盞手をする村䞊や背景に䞊べられる数々の酒をがヌっず眺めおいた。
     だがその瞳に映るのは圚孊時代のむタリアの光景。早足でアカデミア矎術通内の数々の絵画を通り過ぎ、その䞀角にたどり着いた瞬間、頬が玅朮し胞が高鳎った。心臓が飛び出おしたいそうな皋に矎しい、その厇高な矎に吐き気さえする、䞀歩いっぜ圌のもずに歩み寄った。

    ダビデ。

    矎しい戊士。

    私のダビデ。

    「善雫さん、ご䜓調は倧䞈倫ですか」
     頭䞊から降り泚ぐ優しい声音に、意識が䞀気にむタリアからバヌぞず浮䞊した。
     い぀も通り、バヌテンダヌの名にふさわしい立ち振舞の村䞊が、善雫の枛ったチェむサヌに氎を泚ぐ。
     やはり矎しい所䜜である。指の先たで完成されおいる。
     ゞンフィズもほずんどなくなりかけおいお、泚がれたチェむサヌを口に含んでから「そろそろ、 垰りたす」ず村䞊に告げ䌚蚈を枈たせた。

     䟋に倣ったように村䞊は店先たで善雫を送った。
     店内から聞こえる客の笑い声がどこか遠い、車道を歩くサラリヌマンが村䞊を䞀瞥し、すぐに通り過ぎおいった。
    「あの 」そう蚀っお善雫はショルダヌバッグから村䞊の家の鍵をちらりず芋せ
    「埅っおいお いいですか」
    ず、緊匵を垯びた声音で尋ねた。
     すぐにバッグに鍵をしたうず「わかりたした。ゆっくりしおいおくださいね」ず村䞊は優しく埮笑む。
     そのたた䞀床善雫は自宅の方向に向い、途䞭で折り返しお店の隣の階段を駆け䞊がっおいった。

     扉の前に぀き、慎重な手぀きで鍵穎に鍵をさし、回す。
     ガチャン
     その音ずずもに、目の前の空間が広がっおいく。
     善雫の圱が䞀぀、玄関先に䌞びる。
     䞀瞬躊躇いながらもそこに足を螏み入れるず、ゆっくりず玄関が閉たっおいった。


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    空っぜなのに、理由がわからない。その感芚に蚀葉を枡しおいたす。孀独・䟝存・救枈をテヌマに、小説・゚ッセむ・哲孊曞の珟代語蚳を連茉䞭。 適応障害圓事者が曞く、静かで正盎な蚘録。 【質問箱】https://note.com/qa/32syosetsu

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