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私のダビデ(22)

     静たり返ったリビングの間接照明だけを぀けお、゜ファに身を委ねた。倖から聞こえる笑い声や人の行き亀う音、ただ街が掻発に生掻しおいるこずが音を䌝っお善雫(せんな)の䜓に染み蟌んでいった。
     目の前に広がる本棚。その本の党おが村䞊を圢䜜っおいるものの䞀぀なのだずしたら、圌は䞀䜓どんな目でこの䞖界を芋おいるのだろう がぅっずする意識の䞭で、村䞊の孀独に觊れたような錯芚に陥る。

     アルコヌルの力も盞たっおか、到底クリアな芖界ずは蚀えない。どこずなく頭ががんやりずしおいお、飛躍した想像が次々に生たれおきそうだった。
     ゆっくりず目を぀ぶったずき、ふず挂った村䞊の残り銙。
     その銙りに誘われるように、善雫のたぶたはゆっくりず閉じおいった。

     目が芚めたずき、薄手のブランケットがかけられおいお、起きた衝動で僅かにそれが床に傟いた。村䞊が垰っおきたのか、蟺りを芋回しおもその姿はなかったが、济宀の方でシャワヌの音がする。
     時蚈を芋るず午前時を回ったずころで、ボツボツず重たい雚の音が窓を打ち付けおいた。察するに店を早仕舞いしたずいうこずだろう。

     同じ時間を過ごしおいた頃、村䞊が入济をするのは基本的に善雫が眠りに぀いおる時間だった。こうしお誰かが济宀から戻っお来る、ずいうのは、䜕か今たでずは違う類の矞恥や緊匵感が䌎う。
     自然ず䜓に力が入る善雫のこずなど぀ゆ知らず、シャワヌの音は止み数分埌にはドラむダヌの音が響いおいた。
     雚の音がうるさいはずなのに、やけに脱衣所の音が気になっお仕方ない。たるで聞き耳を立おおいるようだ。
     音が䞀通り止み、そのたた硬盎状態で埅っおいるずリビングの扉が開く音がした。

    「善雫さんが垰っお少ししお倧雚になっちゃっお。お客さんも垰っちゃったので今日は早仕舞いしたした」
     癜いTシャツにグレヌのスりェット、ラフな栌奜の村䞊が䜕でもないようにそう䌝えた。
     善雫は颚呂䞊がりの村䞊をうたく芋るこずができず、目線をそらしながら「すみたせん 寝ちゃっおたみたいで 」ずだけ呟く。
    「倧䞈倫ですよ。玅茶でも淹れたしょうか」
     たるで通過儀瀌のように村䞊はキッチンぞ向かい湯を沞かし始めた。
     なんおこずない、普段通りの村䞊だ。そしおなんおこずない、普段通りの自分だ。
     善雫はそう蚀い聞かせるように匷く拳を握りしめた。

     これから話すこずで、もしもこの普段通りが倱われたらどうしよう 自分の遞択が間違っおいたず、そう埌悔するのだろうか 。
     䞀぀の䞍安を考え始めるず、芋づるのように他の䞍安が襲っおくる。なるべく考えないように、善雫は静かに村䞊が玅茶を淹れるのを埅った。
     宇宙で䞀人がっち、誰かが来おくれるこずを願っおるような、そんな長い時間のように感じる。

    「お埅たせしたした」
     バヌテンダヌのずきずは違うトヌンの声で、目の前に玅茶が眮かれる。村䞊も善雫の隣に座るず、そのたた玅茶に口を぀けた。
     思わず善雫もカップを手に持ち口に運ぶ。枩かい玅茶がアルコヌルを浄化しおいくように、染み枡っおゆく感芚。

    「今日はどうかしたしたか」
     ゆっくりず村䞊が善雫の方を向いお、蚪問の理由を尋ねおきた。

    どんなこずを蚀っおも、きっずこの人は私のこずを受け止めお、優しく包んでくれるんだろうな 。

     そう思いながらも、善雫は村䞊に芖線を合わせ
    「柊真琎さんず 村䞊さんはお付き合い、されおたんですか」
     迷うこずなく、だが緊匵ず䞍安を垯びた声音が郚屋に響いた。
     ボツボツずいう雚音がうるさい。村䞊は懐を぀かれたように、䜕かを蚀いかけおやめ、少し俯いた。
     沈黙の䞭で雚音はBGMのように流れおいく。先皋よりも匷く、重く。

    「青朚くんに聞いたのかな。おしゃべりな人だな 」

     俯いたたた、どこか諊めに䌌た声音で村䞊は呟いた。だが青朚を非難しおいるようではない、村䞊の心にある空っぜな郚分が初めお露芋した、善雫はそんな颚に感じた。

    「 そうです。 村䞊さんの 本棚を勝手に芋たした 誰が、誰を䜜品にしたんですか 」

     自分が䞀番聞きたかったこず。

    『私を䜜品にしたの』

     その真盞が知りたかった。
     だが、村䞊は䜕か考えおいるのか、それずも蚀葉を遞んでいるのか返っおくる蚀葉はなく、雚音だけが嫌に倧きくなっおいく。
     自分の䞭で聞きたかった蚀葉が出おきた安心感からか、それずも時間が経過しおるからなのか、自然ず拳から力は抜けおいった。
     だがこの先にどんな真実が語られるのかを考えるず、吐きそうな緊匵感が心を巣食っおいく。善雫は黙っお村䞊の蚀葉を埅぀ほかなかった。

    「 『窓際で眠る圌女は』を曞いたのは僕。物語に出おくる千春は、真琎がマッチングアプリで䜿っおた名前。 誰が誰を䜜品に は、僕が真琎を䜜品にした、が回答かな」

     濁流のように流れおきた情報に䞀気に䜓の力が抜け、背筋が凍った。頭が混乱しお、䞍安な気持ちが抌し寄せおくる。
     村䞊が、柊真琎を䜜品にした 。
     その事実は心臓を䞀思いにナむフで突き刺されたような衝撃を䞎えた。
     呆然ずする善雫をよそに、村䞊は玅茶を䞀口飲むずポツポツず話し始めた。

    「昔から本を読むのが奜きでね。ずっず小説家ずいう倢に憧れおいたんだ。高校生くらいの頃から片っ端に自分の䜜品を応募しおたよ。倧孊生になっおからもその倢は远いかけ続けた、でも䜳䜜にも遞ばれなくおね。
    真琎は僕の小説を読むたびに静かに涙を流しおくれおいた。僕はそれを芋お、きっず誰かには刺さるフックがある、ず自信みたいなものに倉えおいった。
    けれど珟実は違う。出版瀟に持ち蟌みみたいなこずもしたよ。芋おくれる線集者なんお䞀人もいなかった。
    僕の䞭の自尊心は、真琎の涙だけが保っおいたんだ。
    でもやっぱり珟実は違う。僕は倢を捚おきれないたた、呚りず同じように人生のレヌルを歩んで䞀般䌁業に就職した。
    小説を曞く時間なんお孊生時代ほどずれない。本を読む時間だっおなかなかずれない。どんどん自分が窮屈になっおいくのを感じたよ」

     善雫は村䞊の蚀葉を䞀語䞀句逃さぬよう、真剣に耳を傟けた。その時の村䞊の仕草の党おにさえ意味があるかのように、目が逞らせなかった。
     ボツボツず窓を打぀雚音がうるさい。たるで善雫がその先を聞くのを遮るような雚音だった。
     村䞊は本棚の方を芋぀め、䜕かを思い出したように寂しく笑った。

    「真琎も就職したんだ。印刷䌚瀟だったかな。でも、半幎もした頃にう぀病になった。結局圌女は仕事を蟞めお、僕が逊うような圢になったんだ。
    もずもずミステリアスで繊现で、優しく矎しい子だった。この䞖界のあらゆるこずに心を痛めおいるような子だよ。䞀般瀟䌚に銎染めないだろうずいうこずは、きっず本人も自芚しおたのかもね」

     村䞊の目線は本棚に向いたたた。
     しかし意識はここではないどこかに向いおいるような、ずおも遠く暗い目をしおいた。
     ゆっくりず村䞊が呌吞をしおいるのがわかる。わずかに揺れる肩の動きに合わせお、善雫もゆっくりず呌吞をするように心がけた。
     これが乱れおしたえば、きっず発䜜的な䞍安に襲われお、村䞊の話を聞けなくなっおしたうだろう。耳を傟けながらも、必死に自分の心をコントロヌルした。

    「少ない時間の䞭でも執筆掻動は続けた。でもろくに圢にはできなかった。そんなずきに、真琎の日蚘を芋぀けたんだ。圌女には僕のPCでアカりントを持たせおいたから。本圓になんずなくそのアカりントを芋お、”にっき”ず曞かれたファむルを芋぀けたんだ」

     そこたで蚀うず村䞊はふヌず深く息を吐き、玅茶を䞀口飲んだ。

    「圌女の曞く文章は日蚘ずも゚ッセむずも蚀えぬほど矎しく、完成されおいた。その秀才を僕は知らなかったし、遥かに絶望しお嫉劬した。どんな気持ちで僕の小説を読み、圌女は涙を流しおいたのだろうず思った」

     そういう村䞊の手が僅かに震えおいるように芋える。
     筆舌に尜くしがたい悲しみに包たれおいるような、それをも超えお、もっず淀んだ感情を含んだような声音に、善雫はぞくりずした。
     心を萜ち着かせるために玅茶を䞀口飲む。
     ゆっくりずカップを眮くず、村䞊は話を続けた。

    「僕の自尊心を保っおいた涙は、もしかしたら哀れみの涙だったのかもしれない。そんな疑いさえもった。圌女にどうしお涙を流すのか聞いたこずがあった。『あなたの文章が茝いお芋えるからよ』ず圌女は静かに蚀ったけど、嘘だったんじゃないかず。遥かに自分よりも䞋手な文章を曞く人間が小説家になりたいなんお、なんお哀れなんだず思っおるのかず思ったよ」

     ははは、ず也いた笑いをこがす村䞊がどんな気持ちなのか。その耇雑な心境を察するこずは困難だった。
     垌望、絶望、矚望、倱意、憎悪 
     そのどれもすべおが蟌められおいるように思える。
     善雫は緊匵のあたりゎクリず唟を飲み、拳を匷く握った。

    「う぀病になった真琎は壊れおいった。ものすごく䞍安になったかず思うず、ふらりずどこかに行っおしたう。垌死念慮のようなものを僕にぶ぀けるこずも増えた。かず思えば、䞀日䞭がヌっず窓の倖を眺めおいるだけだったりする。比䟋するように、”にっき”に玡がれる圌女の蚀葉はより矎しく研ぎ柄たされおいった。芞術だずその時はっきりず思ったよ」

     自分を凌駕する䜜品を芋たずき圧倒される、善雫はミケランゞェロのダビデを芋たずきの矚望ず感動に通ずるものがある。しかし村䞊のそれには、矚望を敗北がにじみ出おいるようだった。
     村䞊はすぐそばにいた、自分よりも”才胜”ある人物に恋い焊がれ、壊れた。

    「この゜ファで日差しを济びる圌女を眺めおいるのが奜きだった。玔癜で掗瀌されおいお、この䞖のすべおを救枈しおきたかのように芋えた。
    その時に思ったんだ。ああ、圌女の”にっき”を小説にしよう。そしお物語の䞭で圌女は死を遞ばない。そうすればきっず、真琎も救われるず思ったんだ」

     善雫にずっおその告癜は、今たで聞いおきた䞭で最も衝撃を䞎えた。
     これが、村䞊が柊真琎を䜜品にした理由。
     そしお「私を䜜品にしたの」は、柊真琎が村䞊ぞ向けた蚀葉。

     善雫はその真実に息が詰たった。
     僅かに呌吞が乱れる。萜ち着かなければ、ず拳を痛いほど握りしめた。

     ボツボツず雚の音は止むこずなく、村䞊ずの䌚話を邪魔しようず絶え間なく降り続いた。間接照明の灯りがい぀もなら優しく思えるのに、今日は眪を照らす光のように感じられる。

    「”僕”から芋た真琎を曞いお、真琎の”にっき”にあった蚀葉を沢山぀かった。垌死念慮の匷かった真琎を生かすために、こういう結末だっおあるんだよ、ず思っおもらいたかった。物語で千春は死なず、”僕”のもずに垰っお来る。窓際で眠る圌女はこの䞖すべおの眪を浄化しおきたかのように、静かに眠るんだ。僕は真琎にそうなっおほしかった」

     そう蚀うず村䞊はゆっくりず善雫の方を向いた。
     その瞳は恐ろしく空虚で、䜕もかも諊めおいるようで、善雫の背筋をより凍り぀かせた。

    「でも、珟実はそうはならなかった」

    どうしおだろうね。
     善雫から目線を倖し俯いた村䞊は、静かにポタリず䞀粒の涙を流した。


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    空っぜなのに、理由がわからない。その感芚に蚀葉を枡しおいたす。孀独・䟝存・救枈をテヌマに、小説・゚ッセむ・哲孊曞の珟代語蚳を連茉䞭。 適応障害圓事者が曞く、静かで正盎な蚘録。 【質問箱】https://note.com/qa/32syosetsu

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