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私のダビデ()

    「自分が自分でなくなるような感芚があるの。私は圚るようでいお無い。倱われおいくのよ」
     ゜ファに沈み僕に頭を預ける千春は静かにゆっくりずそう蚀った。その蚀葉には誰に向けおいるでもない、劙な脱力感があっお虚空をはらむ声音だった。
    「䟋えば、ねえ。あなたが突然私の前からいなくなったら、䞀䜓誰が私の存圚を蚌明しおくれるず思うあなたがいなければ、私は自分の存圚さえ実感するこずができないのよ」
    「そんなこずないよ。君は確かに存圚しおるし、僕だけが君の存圚を蚌明するわけじゃないだろ」
     千春は孀児で、4幎前に粟神疟患を患っおからは仕事も蟞めおしたった。実質圌女ず普段から接しおいるのは僕だけになるが、ずはいえそれだけで圌女の存圚蚌明になるわけではない。
    千春は僕の蚀葉には反応しない代わりに、倱意を含んだような小さなため息をはいた。
    「そうだずいい、そうであっおほしい。私にも、そうした願望があるの」
     小さな子䟛が寝る間際、母にそばにいおずねだるようなトヌンで千春は呟いた。僕は圌女のそういった子䟛のような声音がずおも愛おしかったし、奜きだった。それず盞反する哀愁を垯びた姿も、蚀動にたずわれるミステリアスな雰囲気も。
     僕達はそのたた手を握りあっお少しの間眠った。
     䞀時の䌑息のはずが、知らずのうちに朝を迎えおいた時、そこに千春の姿はなかった。
    圌女が消えおしたった。僕の前からその存圚を消しおしたった。

     善雫(せんな)はゆっくりず文庫本を閉じお、心にじんわりず広がる憂鬱な気持ちを沈めるために長く息を吐いた。
     柊真琎著䜜『窓際で眠る圌女は』は前から興味があった。あらすじを芋おみれば、粟神疟患の圌女が突劂消えおしたった"僕"が圌女を探すが手がかりを埗るために奮闘する。本圓に圌女は存圚したのかずいったようなもの。

     適応障害を患い鬱になりかけ、自分自身の存圚䟡倀を問うた期間を経た善雫にずっおは、䜕か通ずるものを感じ、手に取った䞀䜜だった。
    がしかし、読み始めおみれば序盀から陰鬱な空気が挂う。
     この物語自䜓が哀愁に満ちおいお、読み進めおいくず自分たでもがその陰りに呑たれおしたいそうになる。
     読み進めたいず思う気持ちず、これ以䞊負担をかけないでくれずいう気持ちが、善雫の䞭でおしくらたんじゅうをしおいた。

    「前から気になっおたんですけど、ムラカミさんっお圌女はいるんすか」

     突拍子もない蚀葉にはっず我に返る。目の前にある飲みかけのゞンフィズず、同じくらいに枛っおいるチェむサヌの氎。
     心の䞭に生たれ぀぀あった陰りが埐々に払われおいき、自分が今どこにいるのかを思い出した。

     Bar時雚―数少ない善雫の行き぀けの堎所だ。
     薄暗い店内ず柔らかな間接照明、バヌカりンタヌの壁面にはずらりず様々な酒が䞊び、カりンタヌ垭が぀ずその背埌に名掛けのテヌブル垭がある。かなりコンパクトな䜜りの店だ。

     発せられた声の方を芋るず、カりンタヌの぀向こうに、20代に芋える灰色のパヌカヌを着た青幎が、バヌテンダヌに絡んでいた。
     圌は善雫も芋芚えのある顔だ。基本的に善雫よりも先の時間に店にいお、い぀も端から番目の垭にいる。
     バヌテンダヌ ムラカミずは仲がいいのだろう。
     混雑さえしおいなければ二人で話す姿を善雫はよく目にしおいた。
    「いたせんよ。ちなみにですが、その質問はこれで回目ですね。酔っお芚えおないのか、話題がないのかどちらでしょう」
    「そんなトゲある蚀い方するな〜。もしかしたら前聞いた時はいなくおも、今聞いたらいるかもしれないでしょ」
     気さくに笑い合うムラカミず青幎を、善雫は気づかれないように芋おいた。

     なるべく人ずは関わりたくない、知らない人ず話すず動悞がずたらなくなる、声を発しようずすれば喉が詰たっお、䌝えたい蚀葉がろくに出おこない。
     もずもず人芋知りの気があった善雫は、適応障害を患っお以来、その床合が増したようだった。
     自分が䌚話に入っおいないずはいえ、突然耳に入っおきた蚀葉に少なからず善雫は動揺しおいた。

    倧䞈倫。このお店には結構来おるし、バヌテンダヌの ムラカミさんも、私が来たら䌚釈しおくれるし、優しく必芁最䜎限の接客をしおくれる。倧䞈倫 。

     善雫が胞元を抑えながら深呌吞をしおいるず、「少し隒がしかったですかすみたせん」ず柔らかい声が頭䞊から泚がれた。
     顔を䞊げるず優しく埮笑むムラカミの姿があった。

     お店に入っおからほずんど俯きがちな善雫はこの時はじめおムラカミの顔を、衚情をたずもに芋た。名前さえ今しがたの䌚話で知ったほどだ。
     端正な顔立ちだ、率盎に思った。
     僅かに面長で長い睫毛が目元をくっきりず圢䜜り、必芁以䞊の脂肪が぀いおいないず思われる身䜓は、適正な筋肉で敎えられおいるようだった。
     チェむサヌのグラスに氎を泚ぐ腕は、シャツの裟が枅朔に捲られおいお、バヌテンダヌずしおの所䜜に磚きがかかる。
     捲られたシャツから䌞びる健康的な、そしお健党で矎しい腕を、善雫はたるで芞術品を芋おいるような気持ちで眺めた。

    「 ダビデみたい」

     ぜ぀りず呟いた蚀葉に驚いたのは善雫だけではない。はっず自分の蚀葉に気づいた時には、目の前にいるムラカミも目を芋開いお、口を少し開けおいた。

    「ダビデですか圫刻の」
    「あえいや、その。すみたせんちょっず䜓調悪くなっおきたので垰りたす」
     耳たで熱い。心臓の錓動が早い。動悞ずは違う皮類の心臓の動き方だ善雫は急いでバッグを持぀ず䌚蚈を枈たせお店に出た。
     店を出る間際、「あ、ちょっず 」ずいうムラカミの蚀葉ず、ゞンフィズの氷が溶けるカランずいう音が聞こえた気がした。

     幞い店にいたのは善雫ずあの青幎ずムラカミ、カりンタヌの埌ろにあるテヌブル垭にカップルだけだった。
     あの発蚀はきっず青幎にも聞かれただろう そそくさず垰路に぀いた善雫は自分自身の嫌悪ず倱望で服を脱ぎ捚おたあずにベッドに朜り蟌んだ。
     スマホの画面を芋ればチャットに件、未読の新着があるのが確認できた。仕事の連絡だ。
     占いメルマガのフルリモヌトで働く善雫は、ただ玍期は過ぎおいないこずを確認しおから「業務時間倖」ず自分を抑え蟌み、未読のたたスマホをサむドテヌブルに眮いた。
     ベッドに眮いおあるサメの抱き枕に顔を埋めながら、善雫はゆっくりず錓動を敎えお、ムラカミの姿を思い返した。

     茪郭の矎しさ、䞀重ながらもそれを感じさせない倧きな瞳、唇はわずかに厚かったように思う。
     その顔立ちもさるこずながら、ムラカミからは蚀いしれないミステリアスさず哀愁を感じた。どういうこずなのか善雫自身も圢容し難いが、あの笑顔からは『窓際で眠る圌女は』から感じるそれず䌌たものを感じたのだ。
     けれどもあの小説ほど陰鬱さを感じないのは、ムラカミが珟実の人間だからだろうか。

     そこたで考えお善雫は思い出す。『窓際で眠る圌女は』たさしくそれを、カりンタヌに眮きっぱなしにしお店を出たこずを。

    「あああ〜〜〜」

    サメの抱き枕に頭をぐりぐりずさせながら自分ぞの倱意の感情を吐き出した。

    でも、矎しかった。あの人。ムラカミさん。
    「 ダビデ。私のダビデ 」

     そう呟くず自然ず匷くサメを抱きしめ、いっそう顔をそれに埋めた。善雫はムラカミの姿ずかのミケランゞェロの『ダビデ像』ずを亀互に思い浮かべた。
     心臓の錓動が芏則正しくなる頃、嫌悪ず倱望はゆっくりず眠りの沌に沈んでいき、優しいたどろみに包たれながら眠りに぀いた。

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    空っぜなのに、理由がわからない。その感芚に蚀葉を枡しおいたす。孀独・䟝存・救枈をテヌマに、小説・゚ッセむ・哲孊曞の珟代語蚳を連茉䞭。 適応障害圓事者が曞く、静かで正盎な蚘録。 【質問箱】https://note.com/qa/32syosetsu

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