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仮宿の主人、空き家を彷徨う。

    「ペット可」にチェックを入れた瞬間
    物件検索サイトのカウントが
    まるでスロットの当たりが遠のくみたいに
    三桁から、一桁に近い二桁へ転げ落ちる。

    ただの「ペット可」じゃない。
    僕は預かりボランティアという
    いわば犬たちの仮宿の主人だ。
    しかも、入れ代わり立ち代わり常に数頭。
    たまに猫も混ざる。

    不動産屋のカウンターでこの説明をすると
    担当者はだいたい「あ、……はい?」と
    見たこともない深海魚を見つけたような
    顔をする。

    無理もない。
    僕だって逆の立場なら
    即座にシャッターを下ろして
    「本日の営業は終了しました」の札を掲げたい。

    店舗物件に至っては
    もはや「ペット可」という概念すら
    検索条件から消滅する。
    こうなると、自治会の集まりに顔を出して
    地元のおじいちゃんと仲良くなるしかない。

    「あそこ、空いてるよ」

    紹介されるのは
    だいたい歴史資料館レベルの古民家だ。
    「ボロいのは構わない」なんて格好つけたけど
    水道が通っていないのは話が別だ。
    インフラは、僕のやる気という精神論では
    どうにもならない。

    おまけに
    そこに住まう虫たちがとにかくデカい。
    テレビで見る
    「古民家DIY」のお洒落な人たちは
    あの拳みたいなサイズの蜘蛛と
    どう折り合いをつけているんだろう。
    僕には、彼らと戦う勇気も
    共生する悟りもまだない。

    焦っていないと言えば嘘になる。
    けれど、焦るとろくなことにならないのは
    これまでの「ま、いいか」で済ませてきた
    僕のそれなりに穴だらけな人生が証明している。

    保護犬活動を始めて気づいたのは
    「縁」という、ちょっと胡散臭くて
    でも無視できない力の存在だ。

    病気の子も
    二頭セットじゃないとダメな子も
    何年も決まらなかった子も
    最後には「あ、ここだ」という場所に
    ピタッと収まる。

    僕と預かりボランティアのメンバーが
    出会ったのも
    期間限定でうちに来る犬たちと目が合うのも
    全部ひっくるめて良縁なのだ。

    だったら、僕らと犬が暮らす場所だって
    世界のどこかに
    パズルの最後のピースみたいに
    落ちているはずだ。

    「広くて綺麗な一軒家。月40万円」

    そんな物件なら、いくらでもある。
    でも、僕の活動は短距離走じゃない。
    牛の歩みみたいな、地味な継続こそが条件だ。
    金に糸目をつけない生活なんて
    僕のキャラクターには1ミリも似合わない。

    「努力は必ず報われる」なんて
    そんなキラキラした言葉は信じていない。
    むしろ、努力は裏切ることの方が
    多いとすら思っている。

    でも、何かの拍子にチャンスの神様が
    こちらを振り向いた時
    そいつの首根っこを掴めるのは
    たぶんその日まで泥臭く足掻いていた奴だけだ。

    面倒くさがりの僕が、動画を繋ぎ合わせ
    毎週せっせとコラムを書いている。
    自分でも「よくやるよ」と呆れるが
    不思議とこれを努力だとは思っていない。
    たぶん、自分の「ダメさ」を
    文章という形にして、誰かに差し出すのが
    思いのほか性に合っているんだろう。

    今日も一軒、それっぽい空き家の前で
    大きな蜘蛛と目が合った。
    「まだ、ここじゃないな」と
    心の中で言い訳をして
    僕はまた別の町へ向かう。
    自意識が「お前、何やってんの?」と
    囁くけれど
    とりあえず聞こえないふりをして
    明日も細々とキーボードを叩くつもりだ。

     
     
    犬猫好きを拗らせてウェブマガジンを作ることにしました。299は「にくきゅう」と読みます。

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