
小話 - 名前のない審判官 - (ネフェリエル・ノクス・アヌビス)
小話 - 名前のない審判官 - (ネフェリエル・ノクス・アヌビス)
審判官の正装は窮屈だ。
全ての審判に公平であるべき立場の審判官は、
審判中、正体を現してはならない。
全身を布で覆う窮屈な正装に加え、
顔には、隠蔽の魔法がかけられた特殊な布で覆われている。
『本日は素晴らしい審判でございました』
目の前の年老いた男が声をかけてくる。
しわがれた声で、さも当たり前のことを告げるかのように、
淡々とした口調で続ける。
『貴方様の御名をお教え下さい』
"御名"
言葉の通り、自らの名前。
判決が下った直後、名を問われたこの瞬間にようやく、
審判官は自らの正体を明かすことを許される。
そしてこの名乗りをあげる行為で、自らの名前を世に知らしめ、
審判官としての地位だけでなく、個人としての名声をも上げていくのだ。
「いえ、それには及びません」
柔らかい声色が静まり返った聖堂に響く。
周囲がざわついた。
目の前の年老いた男でさえ、驚きに言葉を奪われているようだった。
「大したことはしていません。僕はこれで失礼します」
すらりとした長身のその人物は、
短く頭を下げると、振り返ることなく立ち去っていく。
姿が遠くなるにつれ、徐々に周囲の者たちが騒ぎ出し始めた。
『審判官で名乗らないって、なんの為に審判官やってんだ?』
『どうして名乗らないのかしら』
『あんなにも素晴らしい審判をされたというのに、勿体ない』
普段は見物人もあまりいない、聖堂での審判に、
村人のほぼ全員が見物に来ていたのもそれが要因だった。
当初こそ、小さな村のひとりの罪人を裁くだけのものだったが、
あの御仁は、その裏に隠れていた本当の罪状までもを言い当て、全てを裁いたのである。
『村長、あの御仁は名乗らなくても問題はないのですか?』
村長と呼ばれた、年老いた男が問われた言葉に応える。
『……名乗りをあげるのは、定められたものではないのだ。』
深く皺の刻まれた目元が、昔を思い出すかのようにふっと緩む。
そして、そのまま言葉をつづけた。
『ほんの数十年前までは、あの御仁と同じように、彼らは名乗りをあげることなどなかったんじゃよ』
【この話の登場人物】
名前:ネフェリエル・ノクス・アヌビス
(Neferiel・Nox・Anubis)
一人称:僕
二人称:君
好物はイチゴクッキー。
普段はネフェリエル・ノクスと名乗っている。駆け出しの審判官。
年老いた男:村長
冒頭の審判の責任者。
村人ひとりの罪を裁くため、審判官を呼んだ。
村で審判を行う際は、必ず村にある唯一の聖堂で行っている。