
逢魔伝(おうまでん) 2-6
六
「それで、君は」木下はちら、と八枯れを見下ろした。
「結局、何が言いたいんだ?僕の背中に生えている花と、鬼や妖怪や幽霊の違いが、何か関係あるのか?」
八枯れは赤い舌をちろ、と見せて、前足を舐めはじめる。毛づくろいをしながら、畳の上で腹を見せた。
「貴様も利口ぶってはいるが、飲みこみの悪い子供だな。わしは向こうの生物じゃ。向こうのもので、知らぬものはない。だが、その花はちがう」
木下はしばらく、眉間に皺をよせて考えていたが、すぐにポン、と拳を打って、声を上げた。
「これは、こっちのものなのか」
「わしは、先ほどから、同じことを何度も言ってるぞ。まったく、骨が折れるな」
僕は八枯れの頭をつつきながら、「お前がもっとわかりやすく、言わないからだ」と言った。八枯れは不満そうにこちらを見たが、ふい、と顔を木下の方へ向けた。
「その花を植えた奴も、こちらの生き物だ。わしとは違う」
八枯れの尻尾をいじりながら、ふむ、と小さくうなずいた。僕は、ようやく気を取り直して、木下を見る。
「なるほどね。さて、どうしようか?」
「どうするって、どういうことだ?君は、何がわかったんだ」
木下は困惑した表情を浮かべて、僕をまっすぐに見つめ返してくる。それに薄笑いを浮かべて、壁にもたれかかった。
「そのままでも、たぶんお前は、まあ、死にはしないだろうが。お前の姉さんと同じことになるんじゃないかな?僕の推測だけどね。おそらく、お姉さんはその花の種を、植えられた。そして、最後の一輪をむしりとられた。だから、昏倒したのだ」
「だけど」
「お前も言っていたじゃないか。妙な男が姉に近づいてきた。何かをつまんだ動作をした。その後、姉は昏倒した、と。
そして、お前の背中にも、おそらく同じ花が生えているんだ。
お前が、お姉さんに近づいた時にでも、植えたのではないかな。
八枯れは、何を養分にして咲いているかまではわからないが、その花が生命の維持に、なんらかの関わりがあることがわかる。食ったからね。
そして、その花は目に見えないし、その男も妙ではあるが、彼岸のものではない。狐狸妖怪の類ではない。こちらで生まれたものだ。だが、幽霊とも違う」
そう言って、八枯れを見下ろすと、「貴様は、大した知識はないが、飲みこみだけは早いな」と、呆れた声で言われた。僕は、肩をすくめて、適当に話をまとめただけじゃないか。と、言った。木下は、眼鏡のレンズを拭きながら、小さくため息をついた。
「なんとも、はっきりしないな。具体的な解決策がない」
「それはそうだろう。まだ、何も起こってないんだから」
「起こってるじゃないか。姉は入院しているし、僕の背中には得体の知れない花が、咲いてるんだぞ。しかも、むしったら倒れるなんて。どうしたら良いんだ」
「簡単なことだ」僕は、空になったグラスをいじりながら、微笑した。「その妙な男を探せばいい」
木下は、眼鏡をかけ直すと、不機嫌そうに眉間に皺をよせた。
「いつ、どこにいるのかわからないものを、どうやって探すんだよ」
「馬鹿だなあ」僕は小さく、ため息をついた。「お前の背中に花が咲き始めてるんだから、もう少し成長したら、それをつみ取りに来るってことじゃないのか?どうせ、今つんでも、お前は昏倒するだけだ。だったら、しばらくは、そのままにしておくしかないだろう。幸い、お前には見えないんだ。生活には困らないだろう」
木下はまだ、何か言いたそうだったが、僕はともかくもう、時間がないから早く出ようと、言った。
時刻は、八時を回ろうとしていた。朝食を済ませてから後、話がこみ合いすぎた。これ以上の無駄話は、学校に遅れることになる。
木下を先に家から出して、僕は見送りに出て来ていた八枯れを振り返った。八枯れは玄関口で、座りこんだまま、尻尾を振っていた。
「ひとまず、お前は連れて行けないからな。後で、適当に来てくれ」
「わかっている」
あの律儀な龍は、わしと違って、姿が見えんからな。と小声でつぶやいた。僕は、八枯れの黄色い双眸を見下ろして、「お前には、肉体がわずらわしいのか」と聞いた。
八枯れは、しばらく驚いたように目を見開いていたが、すぐにいつもの通り、にやにやと笑って、「知らん」と、言った。