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笑うおかみさん

     パスタ屋の入社後研修はいつも配属されたブロック内で実施されたが、たまにもっと大きな括りで集められることもあった。
     一度、首都圏エリア全体の研修が東京であって、同期の原君と帰りの電車が一緒になった。原君は同期の中で唯一、同じ大学の出身だったが、配属ブロックが違ったものだから会うのは二年ぶりなのである。
    「原君はどこの店舗だっけ?」
    「僕は◯◯店だよ」
     ◯◯の名前に覚えはあるが、どこにあるのか判然しない。
    「◯◯は……、何県だね?」
    「埼玉さ」
    「そうか、埼玉か」
    「そうなのだよ。百君はどこだね?」
    「□□だよ」
    「横浜のど真ん中か。君、随分格好いいじゃぁないか」
    「そうだろう? 俺は昔から格好いいのだからね」
    「君じゃない、横浜が格好いいのだよ」
    「そうかね。俺も随分かっこいいとは思うがね、君にそう云われるのではしようがない。横浜がかっこいいことに、おまけしておこう」
     原君はこちらの譲歩には一向頓着しない様子で、横浜讃美を続ける。
    「□□は、港の見える丘公園の近くなのだろう?」
    「そうさ。港の見える丘公園は俺の散歩コースだよ」
    「それは大いに羨ましいな。山下公園も近いのだろう?」
    「山下公園は帰りに通るさ」
    「山下公園には、有名な銅像があったね……西郷輝彦だっけ?」
     きっと原君は西郷隆盛のことを云っているのだろうが、薩摩の親分と『星のフラメンコ』を一緒くたにするようでは乱暴だ。一体、土俵が違い過ぎる。歌と踊りで一世を風靡したにはせよ、横浜に銅像を建てるほどのことではないだろう。そもそも隆盛像は上野なので、横浜には毫ごうも関わらない。山下公園に建っているのは赤い靴はいた女の子像である。
     近くにいた知らないおかみさんが、下を向いて顔を隠した。よほどおかしかったらしい。
     自分は原君の素ボケにどこからつっこんだものかその場で咄嗟に判断できず、「ん?」と言ったきり黙ってしまったから、おかみさんには同レベルだと思われたかも知れない。今でも時折どうかした弾みに思い出して、片付かない心持がする。


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    随筆家。日常をそれっぽく書いたり、気持ち悪い話を書いたりする。 著書∶『牛おばさん・他49篇』 パスタ屋店長、人材派遣屋、メーカーのEC担当など種々の職業に就く傍ら、2003年よりウェブ上で執筆活動中。

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