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たた、明日。第1話「十幎ぶりの郚屋」





「䞉田村さん、お氎、垞枩で倧䞈倫ですか」

䞉田村圭介は、若い制䜜スタッフが䞡手に持った2本のペットボトルを芋た。

冷たいものず、垞枩のもの。

「ああ。どっちでも。ありがずう」

スタッフは䞀瞬迷い、垞枩の方をテヌブルに眮いた。

「偉くなったなあ」

入口から声がした。

振り返るより先に分かった。

橘盎哉が立っおいた。

10幎前たで俳優だった男は、髪が少し短くなり、黒瞁の県鏡をかけおいた。肩から提げた茶色い革の鞄は、皜叀堎より䌚瀟垰りの方が䌌合いそうだった。

巊手の薬指には、圭介の知らない10幎があった。

「10幎ぶりの第䞀声がそれ」

「だっお昔、お前、氎なんか自分で買っおただろ」

「今も買えるよ」

「買えるようになったんだ」

「そういう意味じゃない」

盎哉が笑った。

声たでほずんど倉わっおいなかった。

10幎ずいうのはもっず厚い壁みたいなものだず思っおいたのに、たった䞀蚀で、その半分くらいがなくなった。

若いスタッフが2人の顔を芋比べおいる。

「昔からこうなんで」

圭介が蚀うず、スタッフは少し安心したように笑った。

盎哉がテヌブルを芋る。

「垞枩」

「䜕でもいいっお蚀った」

「圭介、昔から困るず氎飲むよな」

「ただ䜕も困っおない」

「じゃあ、そのうち」



東京・䞋北沢駅から歩いお7分ほどの貞し皜叀堎だった。

癜い蛍光灯の䞋、床には前の座組が残した赀ず青のビニヌルテヌプが䜕本か走っおいる。壁際には折り畳み怅子。叀い電気ポットから䜎い音がしおいた。

コヌヒヌず、少し湿った垃の匂い。

『明日を埅぀郚屋』初挔10呚幎。

䞀倜限りの蚘念公挔ぞ向けた、最初の読み合わせだった。

「橘さん」

舞台監督の森䞋沙織は、すでに長机いっぱいに進行衚や図面を広げおいた。

「お久しぶりです」

「沙織、倉わんねえな」

「䜕が」

「もう働いおる」

壁の時蚈は13時42分。

「14時開始だから」

「ただ18分あるよ」

「18分しかない」

盎哉が圭介を芋る。

「ほら」

沙織は聞こえなかったこずにした。

その隣では、脚本家の真壁䜳乃が台本に赀を入れおいた。

「3ペヌゞ目」

制䜜スタッフが顔を䞊げる。

「はい」

「『片付ける』」

ただ読み合わせも始たっおいない。

盎哉が小さく蚀った。

「こっちも倉わっおない」

䜳乃は顔を䞊げない。

「聞こえおる」

「そこも」

最埌に小野寺静銙が入っおきた。

「ごめんなさい」

10幎前、『明日を埅぀郚屋』で盎哉ず2人だけの舞台に立った俳優だった。今は出挔を絞り、若い俳優ぞの挔技指導もしおいる。

沙織が時蚈を芋る。

「3分前」

「じゃあ、ごめんなさい取り消しおいい」

「奜きにしお」

静銙が笑った。

入口では若いスタッフが段ボヌル箱を持ち䞊げようずしおいた。

静銙は䜕も蚀わず、反察偎を持぀。

「え、あ、倧䞈倫です」

「どこ」

「奥です」

「じゃあ奥たで」

昔からそうだった。

盞手が口にするより前に、しおほしいこずを芋぀けるのが少し早い。

盎哉は壁際でふくらはぎを䌞ばしおいた。

静銙が気づく。

「痛いの」

「準備」

「もう」

「10幎ブランクの42歳をなめるな」

盎哉は鞄から喉风を取り出した。

俳優を蟞めたあず、実家の葬儀䌚瀟ぞ戻った。今では䌚瀟を継ぎ、芝居ずはほずんど瞁のない生掻をしおいる。

「昚日、家で台詞合わせただけで脚぀った」

静銙が吹き出す。

「脚䜿わないでしょ」

「立っおたんだよ」

「家で」

「劻に盞手圹やらせお」

「䜕それ」

「3ペヌゞで逃げられた」

静銙も笑った。

その顔を芋ながら、少しだけ安心した。

10幎ぶりでも、䜕もせずここぞ来たわけではない。

そう思ったこずには觊れず、台本を開いた。



読み合わせが始たった。

『明日を埅぀郚屋』。

90分の2人芝居。

匕っ越し前倜。すでに別れた男女が、か぀お䞀緒に䜏んでいた郚屋の最埌の荷物を片づける。

盎哉の声は、最初の数ペヌゞだけ少し硬かった。

声量が足りないわけでも、台詞が出ないわけでもない。

自分の声を自分で確かめながら眮いおいるようだった。

静銙には分かった。

昔の盎哉は、そんなこずをしなかった。

20分ほど進んだずころで、静銙が䞀箇所だけ台詞の前で止たった。

制䜜スタッフがペンを動かしかける。

圭介が指先で止めた。

そのたた続けさせる。

堎面が終わる。

「静銙」

「はい」

「さっきのずころ、残しおみお」

「詰たったずころ」

「詰たったんじゃない。盞手の蚀葉が䞀回ちゃんず入った」

静銙は少し考えた。

「分かった」

盎哉が圭介を芋る。

「䜕」

「ちゃんず挔出家になったんだな」

「昔は䜕だったんだよ」

「怅子運ぶ人」

「垰れ」

盎哉が笑いながらペヌゞをめくる。

少ししお、静銙ぞ蚀った。

「そういや、お前、昔䞀回でかい仕事蹎ったよな」

静銙の指が止たった。

「急に䜕」

「いや。こういう皜叀しおた頃だったなず思っお」

「昔の話」

「うん」

盎哉はそれ以䞊聞かなかった。

静銙も続けなかった。

その話は、ただそこにいる必芁がないように消えた。



䌑憩前。

制䜜担圓の若い男が資料を芋た。

「最埌だけ確認させおください」

䜳乃の赀いペンが止たった。

「ラストは、もちろん䌝説の圢ですよね」

盎哉が県鏡を倖す。

静銙は台本を芋たたた。

沙織の指が進行衚の端で止たった。

圭介は氎ぞ手を䌞ばした。

キャップに觊れたずころで、䜳乃が蚀う。

「䌝説っお、䜕」

若い男は、䞀瞬だけ冗談だず思った顔をした。

「え  最埌の。䞉田村さんが、最埌の䞀行を削った  」

䜳乃が圭介を芋る。

圭介は氎を飲んだ。

「あれ」

䜳乃は蚀った。

「圭介が䜜ったんじゃないよ」


📖次の話 → 第2話「最埌の䞀行」


📚『たた、明日。』党10話䞀芧



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