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木次線

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木次線
シンボルマーク
木次線で運用されるキハ120形気動車(2023年8月 木次駅)
木次線で運用されるキハ120形気動車
(2023年8月 木次駅)
基本情報
国 日本の旗 日本
所在地 島根県、広島県
種類 普通鉄道(在来線・地方交通線)
起点 宍道駅
終点 備後落合駅
駅数 18駅
電報略号 キスセ[1]
路線記号 E
開業 1916年10月11日
全通 1937年12月12日
所有者 西日本旅客鉄道
運営者 西日本旅客鉄道
使用車両 使用車両を参照
路線諸元
路線距離 81.9 km
軌間 1,067 mm
線路数 全線単線
電化方式 全線非電化
閉塞方式 特殊自動閉塞式(軌道回路検知式)
最高速度 75 km/h
路線図

地図

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木次線(きすきせん)は、島根県松江市の宍道駅から広島県庄原市の備後落合駅に至る西日本旅客鉄道(JR西日本)の鉄道路線(地方交通線)である。

2016年2月に導入されたラインカラーは「沿線の紅葉の色」をイメージする山吹色(■)、路線記号は E [2]。2018年に三江線が廃止されたため、島根県と広島県を結ぶ唯一の鉄道路線となった。

概要

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木次駅と宍道駅を結んだ簸上鉄道(ひかみてつどう)によって開業し、後に鉄道省によって南方に延伸されて芸備線と接続し、芸備線と共に陰陽連絡路線の一つとして機能していた路線である。1950年代から1990年までは広島・松江へ直通する急行「ちどり」などの優等列車が運転されていたが、山陽新幹線の開業と伯備線の電化に伴う旅客の流れの変化に加え、道路整備の進展と自家用車の普及(モータリゼーション)・高速バスの隆盛にも押されて、1990年代以降は陰陽連絡線としての役割は失われた。

JR西日本の他のローカル線と同様に、保守点検の合理化を目的とした25 - 30 km/hの速度制限箇所が多数あり、軽便鉄道並みの運用となっている。

2013年度(平成25年度)の輸送密度(平均通過人員)は245人/日である[3]。本来ならば1980年代初頭の「第2次特定地方交通線」(輸送密度500人/日以上2000人/日未満)に指定され、廃止対象となる予定であったが、当時「沿線道路が未整備である」として対象から除外された。

中国統括本部直轄(沿線の地域対応は山陰支社が担当)の宍道駅と備後落合駅(沿線の地域対応は広島支社が担当)を除くと、路線の運行と営業は木次鉄道部が、沿線の地域対応は広島県に属する油木駅のみ広島支社が、島根県に属するその他の区間は山陰支社が担当している。

路線データ

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  • 管轄(事業種別):西日本旅客鉄道(第一種鉄道事業者)
  • 路線距離(営業キロ):81.9 km
  • 軌間:1067 mm(狭軌)
  • 駅数:18(起終点駅含む)
    • 木次線所属駅に限定した場合、山陰本線所属の宍道駅と芸備線所属の備後落合駅が除外され[4]、16駅となる[5]。
  • 複線区間:なし(全線単線)
    • 列車交換可能駅:5(加茂中駅・木次駅・出雲三成駅・出雲横田駅・出雲坂根駅)
  • 電化区間:なし(全線非電化)
  • 閉塞方式:特殊自動閉塞式(軌道回路検知式)
  • 最高速度:
    • 宍道駅 - 木次駅間 75 km/h
    • 木次駅 - 備後落合駅間 65 km/h
  • 運転指令所:中国総合指令所米子指令所木次派出
  • IC乗車カード対応区間:なし

歴史

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簸上鉄道

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簸上鉄道
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
島根県八束郡宍道村[6]
設立 1914年(大正3年)7月31日[6]
業種 鉄軌道業
事業内容 旅客鉄道事業、自動車運輸、電燈電力供給業[6]
代表者 社長 絲原武太郎[6]
資本金 1,300,000円[6]
発行済株式総数 26,000株[6]
特記事項:1928年(昭和3年)3月末現在[6]。
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1914年1月鉄道免許状が下付された簸上軽便鉄道は八束郡宍道村 - 大原郡木次町間と支線大原郡幡屋村 - 同郡大東村間の軽便鉄道を計画していた。同年5月に簸上鉄道に社名を変更。1915年2月には路線を八束郡宍道村-大原郡木次町間のみにすることに変更した。 1916年10月に宍道駅 - 木次駅間が開通した。営業状態は当初政府の補助を受けていたが、成績は良好であった。1927年になると、国鉄木次-落合間の建設工事の資材運搬に使用され貨物収入を増やした。

  • 1914年(大正3年)1月31日:簸上軽便鉄道に対し鉄道免許状下付(八束郡宍道村 - 大原郡木次町、大原郡幡屋村 - 同郡大東村間)[7]。
  • 1916年(大正5年)10月11日:簸上鉄道(ひかみてつどう)宍道駅 - 木次駅間(13.1 M≒21.08 km)が開業。加茂中駅・大東町駅(現・出雲大東駅)・木次駅が開業[8]。
  • 1918年(大正7年)2月11日:幡屋停留場が開業[9]。
  • 1921年(大正10年)3月29日:幡屋停留場が駅に変更され、幡屋駅が開業。
  • 1930年(昭和5年)4月1日:営業距離の単位をマイルからメートルに変更(13.1 M→21.1 km)。
簸上鉄道輸送・収支実績
年度 輸送人員(人) 貨物量(トン) 営業収入(円) 営業費(円) 営業益金(円) その他益金(円) その他損金(円) 支払利子(円) 政府補助金(円)
191681,5735,80722,00317,1864,817検査改算増額7814,08212,614
1917177,85523,72665,22238,20827,014寄付金80021,11216,235
1918224,75735,326104,92051,22253,69810,469
1919246,79734,562128,78873,66455,1247,118
1920240,22040,947164,66698,78365,883積立金編入30613,710
1921240,78543,161182,09799,46982,628
1922243,47042,413187,04196,08690,955
1923255,07442,145191,76489,773101,99117,170
1924249,18841,794198,00891,065106,94316,139
1925246,38243,523203,61693,777109,83915,837
1926251,41542,825206,502103,056103,446償却金2,40415,826
1927248,30448,035209,011103,360105,65115,962
1928253,38752,212214,100100,614113,48615,831
1929264,84349,109201,711100,897100,81419,824
1930239,32144,101172,16789,24382,92421,039
1931215,03145,519161,93983,62578,31419,519
1932216,98641,017143,59377,41766,17621,311
1933263,76753,609175,57291,55184,02121,195
1934101,34621,98160,12859,2318977,561
  • 鉄道院鉄道統計資料、鉄道省鉄道統計資料、鉄道統計資料各年度版

木次線開業及び簸上鉄道国有化後

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1927年(昭和2年)12月より国有鉄道木次線の工事が開始された。三成までの工事を3区間に分けて工事が行われた。1928年(昭和3年)6月14日より下久野トンネルの工事が開始された。2年2か月後の1930年(昭和5年)8月にトンネルが貫通し、翌年の1931年(昭和6年)4月19日に竣工した。トンネルには117万9788円もの費用を要した[10]。

  • 1932年(昭和7年)12月18日:国有鉄道木次線 木次駅 - 出雲三成駅間 (20.4 km) が開業。日登駅・下久野駅・出雲八代駅・出雲三成駅が開業。
  • 1934年(昭和9年)
    • 8月1日:簸上鉄道が国有化され、宍道駅 - 出雲三成駅間が木次線となる[11]。大東町駅が出雲大東駅に改称。
    • 11月20日:出雲三成駅 - 八川駅間 (14.8 km) が延伸開業。亀嵩駅・出雲横田駅・八川駅が開業。
  • 1937年(昭和12年)12月12日:八川駅 - 備後落合駅間 (25.6 km) が延伸開業し全通。出雲坂根駅・油木駅が開業。
  • 1949年(昭和24年)12月24日:三井野原仮乗降場が開業。
  • 1958年(昭和33年)9月1日:三井野原仮乗降場が駅に変更され、三井野原駅が開業。
  • 1959年(昭和34年)11月:木次線管理所設置。
  • 1962年(昭和37年)1月1日:南宍道駅が開業。
  • 1963年(昭和38年)
    • 2月1日:加茂中駅、幡屋駅、下久野駅、出雲八代駅、亀嵩駅、出雲坂根駅において、大口貨物の取扱が廃止。
    • 10月1日:南大東駅が開業。
  • 1969年(昭和44年)4月25日:蒸気機関車による運転が廃止され、無煙化[12]。
  • 1971年(昭和46年):貨物の取扱量が1965年と比較して5年間で半減。沿線で生産されていた木炭の需要がエネルギー革命で消滅、木材の運搬も減少したことによる[13]。そのため、加茂中駅、木次駅、出雲三成駅、出雲横田駅を除くすべての駅で荷物・貨物の取り扱いが廃止される。
  • 1982年(昭和57年)11月7日:全線の貨物営業が廃止。
  • 1983年(昭和58年)3月2日:出雲坂根駅 - 三井野原駅間で木次発備後落合行の単行列車が脱線し崖下に転落。6人負傷。キハ53-6が廃車。
  • 1985年(昭和60年)3月14日:全駅で荷物の取扱が廃止。

民営化後

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  • 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により西日本旅客鉄道が承継。
  • 1990年(平成2年)
    • 3月10日:急行「ちどり」の運転区間が備後落合駅 - 広島駅間に短縮され、木次線から優等列車がなくなる[14]。
    • 6月1日:宍道駅(構内を除く)- 備後落合駅(構内を除く)間が米子支社から木次鉄道部の直轄になる[15]。ワンマン運転開始[16][17]。
  • 1993年(平成5年)4月24日:使用車両がキハ120形気動車に統一[18]。最高速度が従来より10 km/h向上したことによりダイヤ改正を実施し、宍道駅 - 出雲横田駅間で最大17分短縮した[19]。
  • 1998年(平成10年)4月25日:トロッコ列車「奥出雲おろち号」が運転開始[20]。
  • 2001年(平成13年)
  • 2005年(平成17年)12月22日 - 2006年(平成18年)3月29日:大雪のため出雲横田駅 - 備後落合駅間が運休。
  • 2007年(平成19年)4月:木次駅 - 三井野原駅間の各駅の駅名に古事記や日本書紀にちなむ愛称が付与される[21][22]。
  • 2012年(平成24年)1月4日 - 3月29日:大雪のため出雲横田駅 - 備後落合駅間が運休し、タクシーによる代行輸送が実施される[23][24]。
  • 2013年(平成25年)12月28日 - 2014年(平成26年)3月22日:大雪のため出雲横田駅 - 備後落合駅間が運休[25]。
  • 2015年(平成27年)2月10日 - 3月27日:大雪のため出雲横田駅 - 備後落合駅間が運休[26]。
  • 2016年(平成28年)1月23日 - 2月20日:大雪のため出雲横田駅 - 備後落合駅間が運休[27]。
  • 2017年(平成29年)1月23日 - 3月8日:大雪のため出雲横田駅 - 備後落合駅間が運休[28]。
  • 2018年(平成30年)
    • 1月11日 - 3月15日 : 大雪のため出雲横田駅 - 備後落合駅間が運休[29]。
    • 7月5日:平成30年7月豪雨の影響により、木次駅 - 備後落合駅間が運休[30]。
    • 7月6日:宍道駅 - 木次駅間も運休[30]。
    • 7月7日:宍道駅 - 木次駅間が運転再開[31][32]。
    • 7月10日:木次駅 - 出雲横田駅間が運転再開[33][34]。
    • 8月8日:全線で運転再開[35]。
  • 2020年(令和2年)12月20日 - 2021年(令和3年)2月15日:大雪のため出雲横田駅 - 備後落合駅間が運休。
  • 2021年(令和3年)
    • 3月:木次鉄道部に所属するキハ120形気動車の全8両が出雲支所に転出。
    • 12月25日 - 2022年(令和4年)1月9日: 大雪のため出雲横田駅 - 備後落合駅間が運休[36]。1月10日に運転再開したが[37]、12日に出雲坂根駅 - 三井野原駅間で列車が雪で立ち往生し、13日から再度出雲横田駅 - 備後落合駅間で運休[38]。運転再開は同年3月26日となった[39]。
  • 2022年(令和4年)12月18日 - 2023年(令和5年)3月9日 : 大雪のため出雲横田駅 - 備後落合駅間が運休[40]。
  • 2023年(令和5年)11月23日:トロッコ列車「奥出雲おろち号」が運転終了[41][42][43]。
  • 2024年(令和6年)
  • 2025年(令和7年)1月9日 - 4月4日: 大雪のため出雲横田駅 - 備後落合駅間が運休[46][47]。代行輸送は1月17日から実施[48]。
  • 2026年(令和8年)1月2日 - 3月5日: 大雪のため出雲横田駅 - 備後落合駅間が運休[49]。代行輸送は1月5日から実施。1月2日は木次駅 - 出雲横田駅間も大雪で運休した。

沿線概況

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停車場・施設・接続路線
ABZq+l BHFq
0.0 宍道駅 山陰本線
SKRZ-Au
山陰自動車道
BHF
3.6 南宍道駅
WASSER+4 BHF
8.7 加茂中駅 ↖赤川
WABZgl hKRZWae
幡屋川
WASSER BHF
11.8 幡屋駅
WASSERl hKRZWae
赤川橋梁 赤川 65 m
BHF
13.9 出雲大東駅
BHF
17.5 南大東駅
WSPLa BHF
21.1 木次駅 ↙斐伊川 / 久野川↘
WSHI1+l TUNNEL2
木次トンネル 224 m
WASSER BHF
24.8 日登駅
WASSERl hKRZWae WASSER+r
第一久野川橋梁 久野川 58 m
WASSER+l WBRÜCKE1 WASSERr
第二久野川橋梁 久野川 32 m
WASSERl WBRÜCKE1 WASSER+r
第三久野川橋梁 久野川 43 m
WASSER+l WBRÜCKE1 WASSERr
第四久野川橋梁 久野川 42 m
WASSERl WBRÜCKE1 WASSER+r
第五久野川橋梁 久野川 39 m
TUNNEL2 WASSER
日登トンネル 50 m
TUNNEL2 WASSER
天狗山トンネル 64 m
WASSER+l WBRÜCKE1 WASSERr
第六久野川橋梁 42 m
WASSER TUNNEL2
真野トンネル 216 m
WASSERl WBRÜCKE1 WASSER+r
第七久野川橋梁 35 m
TUNNEL2 WASSER
阿用トンネル 80 m
WASSER+l WBRÜCKE1 WASSERr
第八久野川橋梁 久野川 27 m
WASSERl WBRÜCKE1 WASSER+r
第九久野川橋梁 久野川 27 m
BHF WASSER
31.5 下久野駅
WASSER+l WBRÜCKE1 WASSERr
第十久野川橋梁 久野川 39 m
WASSERl WBRÜCKE1 WASSER+r
第十一久野川橋梁 久野川 46 m
tSTRa WASSER2
下久野トンネル 2,241 m
tSTRe
WBRÜCKE1
八代川橋梁 八代川 24 m
BHF
37.4 出雲八代駅
WASSER+4 TUNNEL2
矢谷トンネル ↖斐伊川 236 m
WASSER TUNNEL2
三成トンネル 156 m
WASSER BHF
41.5 出雲三成駅
WASSER TUNNEL2
湯ノ原トンネル 235 m
WASSER hSTRae
湯ノ原橋梁 61 m
hKRZWae WASSER+r
亀嵩川橋梁 亀嵩川 59 m
BHF WASSER
45.9 亀嵩駅
TUNNEL1
反谷トンネル 660 m
WASSERl+4 hKRZWae WASSER+r
第一斐伊川橋梁 斐伊川
TUNNEL2 WASSER
第一大曲トンネル 43 m
WASSER+l hKRZWae WASSERr
第二斐伊川橋梁 斐伊川
WASSERl hKRZWae WASSER+r
第三斐伊川橋梁 斐伊川
TUNNEL2 WASSER
第二大曲トンネル 65 m
WASSER+l WBRÜCKE1 WABZgr
室原川橋梁 下横田川(室原川)
WASSER BHF WASSER2
52.3 出雲横田駅
WASSER BHF
56.3 八川駅
WASSERl WBRÜCKE1 WASSER+r
第一小八川橋梁 下横田川(室原川)
WASSER+l WBRÜCKE1 WASSERr
第二小八川橋梁 下横田川(室原川)
WABZgl WBRÜCKE1
第四小八川橋梁 小風川川(小八川川)
WASSER STR ENDEa
WASSER3 ABZg+l ABZgr
KBHFe STR
63.3 出雲坂根駅
TUNNEL2
第一坂根トンネル 60 m
STRo
第二須々暮橋梁 37 m
TUNNEL2
第二坂根トンネル 66 m
TUNNEL1
第三坂根トンネル 626 m
TUNNEL2
中央坂根トンネル 80 m
TUNNEL1
第四坂根トンネル 610 m
TUNNEL2
第五坂根トンネル 75 m
TUNNEL2
第六坂根トンネル 50 m
hSTRae
第三三国谷橋梁 57 m
TUNNEL2
第七坂根トンネル 87 m
STRo
第四三国谷橋梁 41 m
TUNNEL2
第八坂根トンネル 32 m
STRo
第六三国谷橋梁 34 m
BHF
69.7 三井野原駅
STR+GRZq
↑島根県/広島県↓
WASSER+l WBRÜCKE1 WASSERr
第一三井野原川 西城川
WASSERl WBRÜCKE1 WASSER+r
第二三井野原川 西城川
BHF WASSER
75.3 油木駅
WASSER+l WBRÜCKE1 WASSERr
第三三井野原川 西城川
WASSERl WBRÜCKE1 WASSER+r
第四三井野原川 西城川 20 m
WASSER+l WBRÜCKE1 WASSERr
第五三井野原川 西城川
WASSER TUNNEL2
皿谷トンネル 218 m
WASSERl hKRZWae WASSER+r
第一油木川橋梁 西城川
WASSER+l hKRZWae WASSERr
第二油木川橋梁 西城川
WASSERl hKRZWae WASSER+r
第三油木川橋梁 西城川
TUNNEL2 WASSER
第一猪子尻トンネル 150 m
TUNNEL2 WASSER
第二猪子尻トンネル 46 m
TUNNEL2 WASSER
馬路トンネル 76 m
WASSER+l hKRZWae WASSERr
第四油木川橋梁 西城川
WASSER TUNNEL2
第一梶谷トンネル 44 m
第五油木川橋梁 西城川
WASSER TUNNEL1
第二梶谷トンネル 351 m
WABZqr hKRZWae
小鳥原川橋梁 小鳥原川 40 m
ABZql+xl BHFq
81.9 備後落合駅 芸備線
exKDSTaq exSTRr
備後落合機関区

山陰本線との分岐点である宍道駅を出ると、すぐに南下を始める。南宍道駅を過ぎて、最初の峠を最大25‰の勾配と、最小半径161mの急カーブで越えると加茂中駅で、大きく東に回って出雲大東駅を経由して木次駅に至る。木次駅からは久野川の渓谷を25‰の勾配で進み、下久野駅を経由して木次線では最長の下久野トンネルを通過する。出雲三成駅からは遡上する斐伊川に沿って南下するが、亀嵩駅を経由するため一度支流の亀嵩川に沿い、出雲横田駅から閑散区間に入る。

八川駅を過ぎると勾配は30‰に達するようになり、中国山地の高所を出雲坂根駅から2段式スイッチバックで越えて中央坂根トンネルを通過すると、国道314号の「奥出雲おろちループ」を眺めることが出来る。第八坂根トンネルを通過すると下り勾配になり、JR西日本で最も高い標高727 mの位置にある三井野原駅を通過し、やがて広島県に入って西城川に沿って芸備線との分岐駅である備後落合に達する。

三井野原駅との標高差は、木次線では一番低い宍道駅で722 m、備後落合駅では274 mにもなる。

運行形態

[編集]

前述のとおり、1950年代から1980年代には急行「ちどり」「夜行ちどり」などの優等列車が運転されていたが、1990年3月10日に「ちどり」が廃止されて以降は普通列車のみの運転となっており、同年より一部の列車を除いてワンマン運転が実施されている。2024年3月16日改正で、すべての定期列車がワンマン運転となった。

2019年3月16日改正時点で、全線通しの列車のほか宍道駅 - 木次駅・出雲横田駅間などに区間運転列車があり、宍道駅 - 木次駅間は1 - 2時間に1本程度、木次駅 - 出雲横田駅間は2 - 3時間に1本程度が運行されている。全線通しの列車は2往復で、出雲横田駅 - 備後落合駅間を走行する定期列車は、全線通し列車に朝方に運行される木次駅 - 備後落合駅間の区間列車1往復を加えた1日3往復のみである。2003年11月30日までは4往復が運行され、備後落合駅で車両の夜間滞泊があった。

朝には山陰本線に直通して松江駅まで運転される列車があり(逆方向はなし)、平日のみ山陰本線内で快速列車(来待駅・玉造温泉駅通過)となる。2001年3月2日までは米子駅まで直通する列車もあった。夜の宍道発出雲横田行き最終列車は土曜のみ、朝の出雲横田発宍道行き始発列車は日曜のみ木次駅 - 出雲横田駅で区間運休する。保守工事のため、日中の列車は宍道駅 - 木次駅間は第3日曜日、木次駅 - 備後落合駅間は第2木曜日に運休し、その場合出雲横田駅 - 備後落合駅間は1日2往復しか運行されない。この運休については、かつては代行輸送もなかったが、現在は代行輸送がある旨時刻表に案内されている。

なお、木次駅や出雲横田駅などで行き違いによる長時間停車を行う列車が存在するため、所要時間は全線通しで2時間半から3時間程度かかるものもある。

木次線は中国地方きっての山岳路線であり、豪雨・豪雪による運休も多い。記録的な大雪を記録した2005年度(平成18年豪雪)には、出雲横田駅 - 備後落合駅間が2005年12月22日から2006年3月29日まで積雪を理由に運休し、2006年7月20日から同年7月27日にも豪雨による災害のため同区間が運休している。さらに、2012年以降はほぼ毎年冬期に出雲横田駅 - 備後落合駅間で雪のための長期運休が発生している(年表参照)。これはこの区間は急峻な地形に加えて積雪量が多いため、除雪によって雪崩を誘発する危険がある(特に出雲坂根駅付近では駅舎の真上に線路があるので雪崩が発生すると駅周辺を押し潰すことになる)ことと、最大の難所であった出雲坂根駅 - 三井野原駅間で並行する国道314号が整備されたためで、大雨・大雪の際にはタクシーによる代行運行が頻繁に行われている。これにより木次線の存続要因であった「沿線道路が未整備」という理由は解消されている。ただし、同じく島根県・広島県境の超閑散路線であった三江線(2018年4月1日廃線)と異なり、廃線の提案はこれまでのところ浮上していない。ただ、2022年4月11日にJR西日本はローカル線の線区別収支を公表し、路線の活性化策などを関係自治体と協議したい考えで、廃線も視野に議論が進む可能性があると報じられている[50][51]。

奥出雲おろち号

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1998年4月25日から木次線の利用促進を目的として、行楽シーズンにトロッコ列車「奥出雲おろち号」が運転されていた[52]。

2009年度から出雲の國・斐伊川サミット[53]が運行経費などを負担しており、2010年度の乗車数は16,712人(乗車率72.1%)で、島根県外からの観光客が利用する人気列車として島根県を代表する観光資源となっていた[54][55]。

なお「奥出雲おろち号」が運転されていない日には、木次駅 - 出雲横田駅間で臨時列車が1往復運転されていた[56]。

車両の老朽化に伴い、2023年11月23日をもって運行を終了した[41][42][57][43]。

あめつち

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2024年4月7日から奥出雲おろち号の後継として運行されている観光列車[58][57][45]。

車両性能の関係から出雲横田駅 - 備後落合駅間には乗り入れない[59]。

使用車両

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定期列車は、1993年4月24日から後藤総合車両所出雲支所に所属するキハ120形気動車で運転されている。普通鋼製車体の200番台が3両、ステンレス製車体の0番台が5両の計8両が使用されている。かつてこの8両は木次鉄道部に所属していたが、2021年の3月と4月に出雲支所に転属した。

木次線の魅力向上のため、「次へつなごう、木次線。RAIL is BATON」というブランディングキャッチコピーを2022年10月に決定するとともに[60]、木次線の沿線風景や歴史をテーマとしたラッピング車両が4両それぞれ異なるデザインで2023年1月13日より同線で運行を開始した。各ラッピングには愛称が一般公募により設けられ、車両番号1から4の順に「たたら」「たなだ」「さくら」「しんわ」となった[61][62]。

過去の使用車両

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米子機関庫木次分庫(後の木次機関区)が1934年8月に開設され簸上鉄道時代の車両を承継したが、1935年3月31日現在[63]で230形、1260形、3040形の3形式の蒸気機関車が配置されていた。米子機関庫出雲三成分庫にはC12形が配置されていたが旧簸上鉄道線宍道 - 木次間は線路が脆弱で入線できず、C12形は木次 - 八川間の運転で、木材輸送の貨物列車は木次で機関車を付け替えていたという。やがて1937年に備後落合まで開通し芸備線と接続するようになると木次機関区にC56形が配置され(最大13両配置)全線で客貨を牽引することになった。同機牽引による3両編成の夜行快速列車「夜行ちどり」の運転も行われた。やがて1969年4月1日に旅客列車は全部ディーゼルカーとなり貨物列車も1971年6月に蒸気機関車牽引が廃止された。また1957年よりC11形も配置されていた。

キハ53形気動車(宍道駅 1988年7月31日)

ディーゼルカーは1959年にキハ02形気動車が配置され、続いてキハ07形気動車も配置された[64]。キハ02形は1965年6月30日で姿を消したが[65]、キハ07形は国鉄では最後となる1970年まで見られた。やがて勾配向け2基エンジンの強力車であるキハ52形気動車やキハ53形気動車が主力となり、キハ40形気動車も使用されていた。急行列車にはキハ58系気動車が使用された。

簸上鉄道時代の車両

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簸上鉄道時代は以下の車両が使用された。鉄道省に引き継がれた車両は蒸気機関車5両、客車10両[注 1][66]、貨車138両[66]である。

蒸気機関車
  • 1・2 - 1915年に鉄道院より払下げられた120形(121, 123)。2は国有化以前の1926年に加悦鉄道に譲渡された。1の国有化後は120形(121)に復帰。
  • 2(2代目) - 1933年に日本車輌製造で新製した。国有化後は3040形(2代)(3040)。
  • 3 - 1916年に鉄道院より払下げられた5形(5)。国有化前に廃車された。
  • 4 - 1919年に鉄道院より払下げられた1040形(1045)。国有化後は1040形(1045)に復帰。
  • 5・6 - 1923年に日本車輌製造で新製した。国有化後は1260形(1260, 1261)。
客車
すべて木製ボギー客車
  • ホロハ1・ホロハ2 - 1916年に日本車輌製造で新製した。国有化されコロハ1620、コロハ1621となり1937年に出石鉄道に払下げる。
  • ホロハ3 - 1924年に日本車輌製造で新製した。国有化されコロハ1622となり1937年に出石鉄道に払下げる。
  • ホハ5 - 1916年に日本車輌製造で新製した。国有化されコハ2471となり1937年に温泉電軌に払下げる。
  • ホハ6 - 1918年に日本車輌製造で新製した。国有化されコハ2472となり1937年に温泉電軌に払下げる。
  • ホハ4、ホハ7 - ホハ10 - 日本車輌製造で新製した。国有化された後、コハ2470、コハ2473 - コハ2476となり金名鉄道へ2両、金石電気鉄道へ3両払下げ。
貨車
  • ワ7 - ワ39 - 10トン積み有蓋車。国有化されワ1形(ワ9317 - ワ9349)となる。
  • ワブ107 - ワブ110 - 10トン積み有蓋緩急車。国有化されワフ7700形(ワフ7700 - ワフ7703)となる。
  • ワフ111 - ワフ114 - 10トン積み有蓋緩急車。国有化されワフ7700形(ワフ7704 - ワフ7707)となる。
  • カ401 - カ404 - 10トン積み家畜車。国有化されカ1形(カ240 - カ243)となる。
  • ト220 - ト306 - 10トン積み無蓋車。国有化されト1形(ト4767 - ト4853)となる。
  • リ303 - リ308 - 10トン積み土運車。国有化されリ1800形(リ1800 - リ1805)となる。
車両数の変遷
年度機関車客車貨車
有蓋無蓋
1916-1917351221
1918361221
1919461528
1920462036
1921463556
1922464261
1923564553
1924-19255104553
1926-19274104553
1928-19324104593
19335104593
  • 鉄道院鉄道統計資料、鉄道省鉄道統計資料、鉄道統計資料各年度版

高速化の提案

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2006年、広島の経済界を中心に、木次線と芸備線の高速化と、広島方面への直通列車の運行が提言された[67]。ただし、木次線スイッチバックの解消方法などの具体的な方策や、山陰本線や津山線など近隣各線での高速化工事の先例において必須であった地元の資金負担については、言及されていない。島根県は、高速化には大規模な設備の改良が必要で費用も莫大となり、利用客が減少している状況では困難としている[68]。

駅一覧

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  • 定期列車は全列車普通列車。
  • 臨時快速「あめつち」の停車駅は、列車記事を参照のこと。
  • 線路(全線単線) … ◇・◆:列車交換可能(◆はスイッチバック駅)、|:列車交換不可
駅名 愛称 営業キロ 接続路線 線路 所在地
駅間 累計
宍道駅   - 0.0 西日本旅客鉄道: 山陰本線 | 島根県 松江市
南宍道駅   3.6 3.6   |
加茂中駅 事代主命(ことしろぬしのみこと) 5.1 8.7   ◇ 雲南市
幡屋駅 大原郡家(おおはらぐうけ) 3.1 11.8   |
出雲大東駅 神阿多津姫命(かむあたつひめのみこと) 2.1 13.9   |
南大東駅 佐世の髪飾り(させのかみかざり) 3.6 17.5   |
木次駅 八岐大蛇(やまたのおろち) 3.6 21.1   ◇
日登駅 素戔嗚尊(すさのおのみこと) 3.7 24.8   |
下久野駅 動動(あよあよ) 6.7 31.5   |
出雲八代駅 手摩乳(てなづち) 5.9 37.4   | 仁多郡
奥出雲町
出雲三成駅 大国主命(おおくにぬしのみこと) 4.1 41.5   ◇
亀嵩駅 少彦名命(すくなひこなのみこと) 4.4 45.9   |
出雲横田駅 奇稲田姫(くしいなだひめ) 6.4 52.3   ◇
八川駅 脚摩乳(あしなづち) 4.0 56.3   |
出雲坂根駅 天真名井(あめのまない) 7.0 63.3   ◆
三井野原駅 高天原(たかまがはら) 6.4 69.7   |
油木駅   5.6 75.3   | 広島県
庄原市
備後落合駅   6.6 81.9 西日本旅客鉄道: 芸備線 ◇

宍道駅と木次駅がJR西日本直営駅であり、それ以外の駅は簡易委託駅もしくは無人駅である。


利用状況・経営状況

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平均通過人員

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各年度の平均通過人員(人/日)は以下のとおりである。

2013年度 - 2018年度

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年度 平均通過人員(人/日) 出典
宍道 - 備後落合
1987年度(昭和62年度) 663 [69]
2013年度(平成25年度) 245
2014年度(平成26年度) 218 [70]
2015年度(平成27年度) 215 [71]
2016年度(平成28年度) 204 [72]
2017年度(平成29年度) 204 [73]
2018年度(平成30年度) 200 [74]

2019年度以降

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年度 平均通過人員(人/日) 出典
全線 宍道 - 出雲横田 出雲横田 - 備後落合
2019年度(令和元年度) 190 277 37 [75][76]
2020年度(令和2年度) 133 198 18 [77]
2021年度(令和3年度) 153 220 35 [78]
2022年度(令和4年度) 171 237 54 [79]
2023年度(令和5年度) 189 255 72 [80]
2024年度(令和6年度) 144 212 23 [81]
2025年度(令和7年度) 157 232 25 [82]

収支・営業系数

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各3か年平均の収支(運輸収入、営業費用、営業損益)、営業係数、収支率は以下のとおりである。▲はマイナスを意味する。

宍道駅 - 出雲横田駅間
年度 収支(億円) 営業
係数
(円)
収支率 出典
運輸
収入
営業
費用
営業
損益
2017 - 2019年度(平成29 - 令和元年度)平均 0.6 7.7 ▲7.2 1,323 7.6% [76]
2018 - 2020年度(平成30 - 令和2年度)平均 0.5 7.4 ▲6.9 1,482 6.7%
2019 - 2021年度(令和元 - 3年度)平均 0.5 6.9 ▲6.5 1,521 6.6% [83]
2020 - 2022年度(令和2 - 4年度)平均 0.4 6.6 ▲6.2 1,538 6.5% [84]
2021 - 2023年度(令和3 - 5年度)平均 0.5 6.9 ▲6.4 1,342 7.5% [85]
2022 - 2024年度(令和4 - 6年度)平均 0.5 6.9 ▲6.4 1,388 7.2% [86]
出雲横田駅 - 備後落合駅間
年度 収支(億円) 営業
係数
(円)
収支率 出典
運輸
収入
営業
費用
営業
損益
2017 - 2019年度(平成29 - 令和元年度)平均 0.04 2.8 ▲2.7 6,596 1.5% [76]
2018 - 2020年度(平成30 - 令和2年度)平均 0.03 2.6 ▲2.6 8,119 1.2%
2019 - 2021年度(令和元 - 3年度)平均 0.03 2.5 ▲2.5 7,453 1.3% [83]
2020 - 2022年度(令和2 - 4年度)平均 0.04 2.4 ▲2.4 5,695 1.8% [84]
2021 - 2023年度(令和3 - 5年度)平均 0.07 2.3 ▲2.2 3,424 2.9% [85]
2022 - 2024年度(令和4 - 6年度)平均 0.06 2.3 ▲2.2 3,725 2.7% [86]

脚注

[編集]

注釈

[編集]
  1. ↑ 参考にした雑誌からはホロハ1 - ホロハ3、ホハ1 - ホハ10の計13両となるが、統計上でも最大10両であり払下げも10両であることからホハ1 - ホハ10のうち3両(ホハ1 - ホハ3?)は欠番の可能性がある。

出典

[編集]
  1. ↑ 日本国有鉄道電気局『鉄道電報略号』1959年9月17日、22頁。
  2. ↑ 『お客様によりわかりやすく鉄道をご利用いただくために 米子支社エリアに「ラインカラー・路線記号」を導入します!』(プレスリリース)西日本旅客鉄道、2016年2月4日。2016年2月8日閲覧。
  3. ↑ 「区間別平均通過人員および旅客運輸収入(平成25年度)」『データで見るJR西日本2014』 (PDF) - 西日本旅客鉄道、2015年2月25日閲覧
  4. ↑ 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』JTB、1998年。ISBN 978-4-533-02980-6。
  5. ↑ 鉄道事業ダイジェスト Archived 2014年3月14日, at the Wayback Machine. - 西日本旅客鉄道
  6. 1 2 3 4 5 6 7 『地方鉄道軌道営業年鑑』(国立国会図書館デジタルコレクション)
  7. ↑ 「軽便鉄道免許状下付」『官報』1914年2月4日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  8. ↑ 「軽便鉄道運輸開始」『官報』1916年10月20日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  9. ↑ 「軽便鉄道停留場設置」『官報』1918年2月18日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  10. ↑ 『木次線下久野隧道其他直轄工事概要』鉄道省米子建設事務所、1932年。
  11. ↑ 「鉄道省告示第337号」『官報』1934年7月28日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  12. ↑ “木次線が完全無煙化”. 交通新聞. 交通協力会. 1969年4月27日. p. 3.
  13. ↑ 「合理化にゆらぐ木次線 道路整備が客足奪う 過疎が追い打ちをかける」『中國新聞』昭和46年8月25日島根版 8面
  14. ↑ 今尾恵介・原武史『日本鉄道旅行歴史地図帳-全線・全駅・全優等列車- 11号・中国四国』新潮社、2011年。ISBN 978-4-10-790045-6。
  15. ↑ 『データで見るJR西日本 2001』西日本旅客鉄道
  16. ↑ ジェー・アール・アール『JR気動車客車編成表 2011』交通新聞社、2011年。ISBN 978-4-330-22011-6。
  17. ↑ 「JRワンマン運転線区一覧表」『JR気動車客車編成表 '92年版』ジェー・アール・アール、1992年7月1日、191頁。ISBN 4-88283-113-9。
  18. ↑ 「JR年表」『JR気動車客車編成表 '94年版』ジェー・アール・アール、1994年7月1日、189頁。ISBN 4-88283-115-5。
  19. ↑ “新型車導入でダイヤ改正 JR木次線”. 交通新聞. 交通新聞社. 1993年4月24日. p. 1.
  20. ↑ 『鉄道ジャーナル』第32巻第7号、鉄道ジャーナル社、1998年7月、103頁。
  21. ↑ 山と海 鉄師が結んだ JR木次線 - 朝日新聞 2009年7月4日
  22. ↑ 市報うんなん2007年5月号 - 雲南市
  23. ↑ 1月7日以降の木次線列車運行計画について - 西日本旅客鉄道プレスリリース 2012年1月6日、2012年1月30日閲覧
  24. ↑ 木次線 運転再開見込みについて - 西日本旅客鉄道プレスリリース 2012年3月19日
  25. ↑ 木次線(出雲横田〜備後落合駅間)の運転再開見込みについて - 西日本旅客鉄道プレスリリース 2014年3月12日
  26. ↑ “木次線運休区間、28日再開見通し”. 毎日新聞 (毎日新聞社). (2015年3月20日)
  27. ↑ “JR木次線、運休区間あす再開”. 毎日新聞島根版. 2016年2月19日. 2016年2月21日閲覧.
  28. ↑ “木次線全線の運転を8日に再開 /島根”. 毎日新聞. 2017年3月8日. 2017年4月15日閲覧.
  29. ↑ 裕匡, 赤玉 (2020年12月21日). “木次線・出雲横田〜備後落合駅間、大雪で約3年ぶり「冬眠」か 代行輸送は12月23日から”. TRAICY(トライシー). 2024年2月23日閲覧。
  30. 1 2 平成30年台風第7号及び前線等による被害状況等について(第7報) (PDF) - 国土交通省 災害情報、2018年7月7日 5:00現在
  31. ↑ 西日本豪雨:避難指示1万人超に 土砂崩れ、冠水で孤立も /島根 - 毎日新聞、2018年7月8日
  32. ↑ 平成30年台風第7号及び前線等による被害状況等について(第8報) (PDF) - 国土交通省 災害情報、2018年7月7日 14:00現在
  33. ↑ 西日本豪雨:1市2町、33人自主避難 床上浸水159件 知事が被災地視察 /島根 - 毎日新聞、2018年7月10日
  34. ↑ 平成30年台風第7号及び前線等による被害状況等について(第14報) (PDF) - 国土交通省 災害情報、2018年7月10日 5:00現在
  35. ↑ “豪雨被害のJR木次線、「廃線危機」一転、スピード再開”. 朝日新聞デジタル. 2018年8月8日. 2018年8月8日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2018年8月8日閲覧.
  36. ↑ “木次線10日運転再開 出雲横田ー備後落合間”. 山陰中央新報. 山陰中央新報社. 2022年1月8日. 2022年1月20日閲覧. 2021年12月25日から大雪のため運転を見合わせていた木次線出雲横田(島根県奥出雲町横田)-備後落合駅(広島県庄原市)間の運転を10日の始発から再開すると発表した。
  37. ↑ “出雲横田-備後落合間 きょうの始発雪で運休”. 山陰中央新報. 山陰中央新報社. 2022年1月12日. 2022年1月20日閲覧. 同区間は10日、17日ぶりに運転再開したばかり。
  38. ↑ “雪で列車立ち往生 木次線部分運休 きょうも一部区間運休”. 山陰中央新報. 山陰中央新報社. 2022年1月13日. 2022年1月20日閲覧.
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  40. ↑ “全国でもレア、一部区間が「冬眠」する鉄路 たまに二度寝することも:朝日新聞デジタル”. 朝日新聞デジタル (2023年3月15日). 2024年2月23日閲覧。
  41. 1 2 『トロッコ列車「奥出雲おろち号」の今後の運行計画について』(PDF)(プレスリリース)西日本旅客鉄道、2021年6月3日。オリジナルの2021年6月3日時点におけるアーカイブ。2021年6月3日閲覧。
  42. 1 2 “JR西 おろち号23年終了 木次線 老朽化で方針利用促進に影響”. 山陰中央新報. 2021年5月27日. 2021年5月27日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2021年5月27日閲覧.
  43. 1 2 「奥出雲おろち号ラストラン 沿線住民や鉄道ファンに見送られ」『山陰中央新報』2023年11月23日。2023年11月24日閲覧。
  44. ↑ “2024年3月16日(土)ダイヤ改正を実施します”. 2024年2月9日閲覧。
  45. 1 2 『観光列車「あめつち」2024 年 3 月〜9 月の運行について〜運行区間を拡大します〜』(PDF)(プレスリリース)西日本旅客鉄道、2023年12月15日。2023年12月16日閲覧。
  46. ↑ 『木次線出雲横田~備後落合間の運転再開について』(PDF)(プレスリリース)西日本旅客鉄道、2025年4月4日。2025年4月8日閲覧。
  47. ↑ 「JR木次線・出雲横田-備後落合駅間、きょう5日運転再開 積雪で運休」『山陰中央新報』2025年4月5日。2025年4月6日閲覧。「同本部によると、同区間は1月9日から運休しており、」
  48. ↑ “木次線 出雲横田駅~備後落合駅間降積雪に伴う代行輸送についてのお知らせ” (2025年1月16日). 2025年2月4日閲覧。
  49. ↑ 「木次線・出雲横田-備後落合駅間 6日、運転再開へ 雪のため、1月2日から運休」『山陰中央新報』2026年3月2日。2026年3月8日閲覧。
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  51. ↑ “JR西日本、ローカル線収支を初公表 利用少ない17路線、廃線議論も”. 毎日新聞. 2002年4月11日. 2022年4月11日閲覧.
  52. ↑ JR西「奥出雲おろち号」 - 時事通信社
  53. ↑ 出雲市・雲南市・奥出雲町および飯南町で連携・協力し、共同事業を行う組織
  54. ↑ 奥出雲町総合計画 (PDF) - 奥出雲町
  55. ↑ トロッコ列車「奥出雲おろち号」のJR 出雲市駅片道延長運行(臨時運行の実施)について (PDF) - 出雲市
  56. ↑ 『JR時刻表』2012年3月号、交通新聞社、pp.386 - 387。
  57. 1 2 「おろち号 11月23日最終運行 乗車券 1カ月前から販売 木次線」『山陰中央新報』2023年8月25日。オリジナルの2023年8月26日時点におけるアーカイブ。2023年11月24日閲覧。「24年度はおろち号の後継として木次線に乗り入れる観光列車「あめつち」は週末を中心に30日間、上下計60本を運行する。」
  58. ↑ 木次線に「あめつち」乗り入れ 沿線自治体が受諾 - 日本経済新聞 2022年2月9日
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参考文献

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  • 安保彰夫『出石鉄道』ネコパブリッシング、2010年
  • 今尾恵介『鉄道車窓絵図』 西日本編、JTBパブリッシング、2010年、99-103頁。ISBN 978-4-533-07723-4。 
  • 川島令三編著『山陽・山陰ライン - 全線・全駅・全配線』6 広島東部・呉エリア、講談社、2012年。ISBN 978-4-06-295156-2。
  • 藤井浩三「中国地方ローカル線建設の歩みと蒸機」『蒸気機関車』NO.38、キネマ旬報社
  • 宮田雄作「昭和24・30年代の北陸鉄道の車両」『レイル』1980Summer
  • 山本宏之「温泉電軌車両史」『鉄道ピクトリアル』No701
  • 『世界の鉄道』1967年版、朝日新聞社
  • 『日本国有鉄道百年史』第9巻、646-648頁

関連項目

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外部リンク

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