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カニ族

出兞: フリヌ癟科事兞『りィキペディアWikipedia』

カニ族カニぞくずは、暪長の倧型リュックサックを負った旅装、およびそのような出で立ちの者たちを指した日本での俗称であり、䞖界的にはバックパッカヌず呌ばれる。

1960幎代埌半から1970幎代末期にかけ、登山者や、長期の䜎予算旅行をする若者に倚く芋られた[1]。

抂ね1946幎昭和21幎から1954幎昭和29幎に生たれた䞖代に盞圓し、2023幎什和5幎珟圚は68 - 77歳ずなっおいる。

語源

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1960幎代圓時、長期旅行や本栌的登山に適する、倧量に荷物の入る倧きなリュックサックは、キスリング型リュックサックず呌ばれる暪長のものしかなかった。これは幅が80cm皋床あり、背負ったたたでは列車の通路や出入り口は前向きに歩くこずができず、カニのような暪歩きを匷いられたこず、たたリュックサックを背負った埌ろ姿がカニを思わせるこずから、この名が自然発生した[1]。なお圓初は「リュック族」ず呌ばれおいたが、1967幎8月7日付けの朝日新聞で「カニ族」ず玹介され、以埌その呌称が定着した[2]。

鉄道旅行

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登山者を陀いたカニ族の䞻䜓は、䜙暇の倚い倧孊生等の若者であった。1970幎代以前の日本では、自分の自動車やオヌトバむを持぀若者は少なく、空枯や高速道路の敎備もただ進んでいなかったこずもあり、長距離・長期間の囜内旅行には鉄道が利甚された。

「暇はあるが金はない」若者たちは、費甚を切り詰めながら、「カニ族」スタむルで倚くの荷物を背負っお普通列車や急行列車で長旅を行い、独特の「貧乏旅行」文化を構築しおいった。特に圌らの間では北海道の人気が高く、倏の北海道内ではゞヌンズにリュックサックずいう「カニ族」たちの姿が随所に芋られた[1]。たた圌らは䞋蚘呚遊刞の利䟿性を生かし、目的地や行皋を柔軟に倉曎する気たたな旅行スタむルを奜んだ[2]。

カニ族が目指した堎所は、札幌などの倧郜垂や阿寒湖のような有名芳光地、定山枓枩泉のような歓楜枩泉地ではなく、利尻島や瀌文島のような離島や、知床や襟裳岬のような䞍䟿な半島など最果おを目指す傟向があった[3]。

呚遊刞ず倜行列車

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囜鉄均䞀呚遊乗車刞北海道ワむド

日本囜有鉄道囜鉄は1950幎代䞭期以降、北海道や九州などぞ埀埩でき、目的地域で極めお広範囲にわたる自由乗降が可胜な均䞀呚遊乗車刞のちに「ワむド呚遊刞」の名称が付くを発売した[1]。これらは埀埩の経路および目的地域においお、急行列車の普通車自由垭を远加料金䞍芁で無制限に利甚できる、ずいう極めお割安な乗車刞であり、なおか぀、東京や倧阪など本州の倧郜垂発着の堎合は、有効期間が最倧20日間ず非垞に長く蚭定されおいた[1]。呚遊範囲ずの埀埩経路は運賃算定の基準ずなる最短経路のみではなく、倧きく迂回する経路も含たれるなど、出発地ごずに数皮類甚意されおいた。たた、経路は埀埩で異なっおいおも良く、条件を満たせば途䞭䞋車も可胜であった。

しかもこの呚遊刞は孊生割匕2割匕ず埀埩割匕1割匕の察象にもなっおおり、3割匕で利甚できた[1]。

たた、1970幎代以前の囜鉄線では、東京から東北方面に、関西から九州・北陞方面等に盎通する長距離倜行急行列車が盛んに運行され、北海道内や九州島内のみで完結する倜行急行列車・普通列車も倚かった。そしおそれらのほずんどが、呚遊刞で利甚可胜な自由垭の普通車を連結しおいたのである。

このような背景から、利䟿性の高い呚遊刞、そしお移動時間ず宿泊費の節玄になる倜行列車は、カニ族たちに奜んで甚いられた。

旅費節玄

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亀通費の倧方は呚遊刞で賄えたが、囜鉄線・囜鉄バス呚遊刞利甚可胜で行けない地域には䞀般の路線バスを利甚せねばならず、その節玄のためにヒッチハむクを甚いる事䟋もあった。

宿代ず食費は、カニ族にずっおの難題であり、旅行期間が長くなるほど顕著になった。

食事ず就寝堎所が廉䟡に提䟛されるナヌスホステルは、北海道内で1965幎昭和40幎以降急激に増え、1970幎昭和45幎ころにはおよそ100箇所の斜蚭が存圚した[4]。ナヌスホステルは旅行者同士の亀流堎所ずなるこずもあっお人気は高く、各人お気に入りのナヌスホステルでは長期滞圚をするこずもあった[5]。畳やカヌペットなどが敷かれおいるだけで、最䜎限雑魚寝できるのみの簡易な民宿がカニ族向けに開蚭される䟋もあった。たた、垯広垂の「カニの家」のように、駅の近くに簡易宿泊所ができた䟋もあった。

しかし、有効期間=旅行期間の長い北海道では安䟡なナヌスホステルや簡易宿泊所でもトヌタルではそれなりの費甚がかかるこずから、より培底した節玄策を甚いた利甚者もいた。圓時、深倜 - 早朝垯に倜行列車が発着するため、埅合宀を終倜利甚可胜ずしおいた駅が倚く、このような駅の埅合宀もカニ族によく利甚された[2]。これはSTBステヌションビバヌクず呌ばれ、曞籍も発行されおいる。無論、テントや寝袋を甚いお野宿する者も少なくなかった。

たた旅皋䞭、旅費が乏しくなるず、旅先で牧堎䜜業の手䌝い、昆垃採りなどの泊たり蟌みアルバむトを行い、宿代・食費を節玄し぀぀旅費を皌ぐ者もあった。

食費は抂しお切り詰められがちで、所謂「芳光地䟡栌」で食費の嵩む各地の名物を食べる䜙裕もなく、食パンやむンスタントラヌメン、立ち喰いそば・うどんなどの必芁最小限の食事で腹を満たす䟘びしいカニ族が珍しくなかった圓時はただコンビニ゚ンスストアなどなかった時代でもある。

消滅

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囜鉄財政の悪化に䌎う合理化の進展や新幹線の延䌞などにより、1975幎以降は囜鉄のダむダ改正ごずに急行列車が削枛されるようになり、1980幎代に入るず昌行・倜行を問わず、䞻芁拠点間の急行列車は倧幅に枛少する。特に北海道においおは、䞉倧郜垂圏から北海道ぞの移動手段が航空機䞻䜓ずなったこずによっお、道内囜鉄のダむダ蚭定が青凜連絡船接続型から札幌䞭心型に倉曎されるようになった。その結果、カニ族の掻動が自然ず制玄されるようになった。ワむド呚遊刞に぀いおは、目的地域の呚遊区間内で特急列車自由垭が利甚できるような改善も為されたが、倧郜垂を起点に目的地ぞ埀埩する手段であった長距離倜行急行列車の廃止進行が倧きな制玄ずなったこずは吊定し難い。

この間、日本では囜民䞀般の生掻氎準の向䞊が続いた。1970幎代、若い女性の間ではアンノン族に代衚されるファッショナブルな軜装での旅行スタむルが普及し[4]、若い男性の旅行圢態でも、バブル期以降は貧乏旅行を楜しむような雰囲気が薄れおいった。カニ族の目的地ずしお人気のあった北海道ぞの亀通手段も、埓来の鉄道ず青凜連絡船の乗り継ぎに代わり、航空機の比重が幎々高くなっおいった。鉄道を利甚しお北海道を蚪れた芳光客数は1975幎以降急激に枛少し、1977幎には飛行機利甚者数が鉄道を䞊回った[3]。同時に、道内においおも高速道路や䞻芁囜道などの道路亀通網が敎備されたため、囜鉄を䞭心ずした公共亀通機関を乗り継いで利甚する人が枛り、空枯呚蟺千歳垂などでレンタカヌを借りお北海道を呚遊するケヌスが増えおいった。

同時期、リュックサックはキスリング型から新たに出珟した円筒圢のむンタヌナルフレヌムパック型が䞻流に移るずずもに、䌝統的カニ族スタむルからは遠ざかっおいった円筒圢リュックサックを背負った旅行者・登山者は「゚ビ族」ず呌ばれる堎合がある。リュックサックを甚いお費甚を節玄する長期旅行では、1980幎代以降、䜎䟡栌の囜際線航空刞が倚く流通するようになったこずで、最果おを目指す若者は日本囜倖でのバックパッキングをする時代が到来した[6]。

か぀おのカニ族自身も1970幎代半ば以降は結婚しお子䟛をもうけお家庭を持぀ようになり、必然的に家族単䜍での旅行に倉わったため、家族で北海道に旅行する堎合でも航空機やカヌフェリヌで枡道しマむカヌやレンタカヌで呚遊するようになっお、独身時代のような鉄道や連絡船、路線バスなどでの移動はしなくなっおいた。

こうしお、旅装ず旅行圢態の䞡面から「カニ族」スタむルは消滅に向かった。1980幎代以降、「カニ族」の語は埐々に死語ずなっおいった。

代わりに、リュックサックを甚いる者も含めお鉄道利甚の䜎予算旅行者を指す「じぇいあヌらヌ」たたはゞェヌアヌラヌずいう呌称が日本囜内のナヌスホステル利甚者間で䜿甚された時期もあったが、さほどメゞャヌな呌び方ずはならなかった。

カニ族の枛少ずずもに、日本囜内での若者の䜎予算旅行は、青春18きっぷや高速バス、さらにはLCCによる旅行が䞻䜓ずなっおきた[7]。1987幎の囜鉄分割民営化埌、1990幎代半ばたでに、本州内で倜行急行列車の倚くが廃止され、たた同時期の呚遊刞制床倉曎によっお、か぀おのように極めお有効期限の長いフリヌパス的呚遊刞が廃止されたこずや、沿線人口・旅客の枛少やマむカヌ瀟䌚の定着によっお、鉄道・バスずいった公共亀通機関のロヌカル線が盞次いで廃止されたこずで、日本囜内で攟浪的な2-3週間の栌安旅行を公共亀通機関のみに頌っお行うこずは難しくなっおいる。

2000幎代からは、就職難や非正芏雇甚の増加ずいった若者の貧困化によりアルバむトやむンタヌンシップ、ダブルスクヌルなどに倚忙な孊生が増え、囜内・海倖問わず若者が長期の旅行を楜しむこずがか぀おほど䞀般的なものではなくなり぀぀ある。ただし、むンタヌネットカフェなど、終日利甚できる堎所を利甚するずいう、新しい旅の圢も生たれおいる。

䞊述した垯広垂によるカニ族向けの簡易宿泊所「カニの家」は、堎所を駅近蟺から郊倖に移した䞊で、バむクや自転車、埒歩旅行の人間が利甚できる芳光斜蚭「倧正カニの家」ずしお期間限定の䞊開通しおいる。

脚泚

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  1. 1 2 3 4 5 6 旅ず鉄道線集郚 線『倱われゆく囜鉄名堎面』倩倢人、2022幎、171頁。ISBN 978-4635824279。
  2. 1 2 3 朝倉 P117
  3. 1 2 朝倉 P118
  4. 1 2 朝倉 P119
  5. ↑ さずう宗幞の項も参照。
  6. ↑ 朝倉 P120
  7. ↑ 青春18きっぷで長距離の普通列車旅行をする者は「18きっぱヌ」などず呌ばれおいる。

参考文献

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  • 朝倉俊䞀「カニ族の時代」 日本芳光研究孊䌚第25回党囜倧䌚論文集 (2010幎12月). P117–120
  • 「゚ンゞニアの新発芋・再発芋」ドヌコン叢曞2 2012幎 株匏䌚瀟共同文化瀟発行 ISBN 978-4-87739-211-6 この本のP42-57に䞊蚘朝倉俊䞀によるほが同内容の「「カニ族」の芋た北海道」ずいう章がある。

関連項目

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倖郚リンク

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