エフェメラ
エフェメラ(ephemera)は長期間の使用と保存を考慮しない一時的な筆記や印刷物。しばしば収集の対象となり、その例としては、しおり、グリーティングカード、手紙、写真、葉書、ポスター、チケット、パンフレット、リーフレット、チラシ、マッチ箱、商品ラベル、包み紙(包装紙)、などが挙げられる。
概要
[編集]図書館情報学におけるエフェメラとは、役割を終えたら捨てられる一枚ものの印刷物や冊子状でも薄くて書籍と呼べるほど厚くないもの等を指す言葉である。「短命資料」[1][2]「一過性資料」[3][4]などと訳される。印刷されていない手紙や写真は含まれず、そちらは手稿(マニュスクリプト)やタイプ原稿(タイプスクリプト)などと呼ばれる。大学図書館、国立図書館、博物館、公文書館などでは歴史的資料としてエフェメラを収集・整理・保存する場合がある。
ギリシャ語で1日しか存在しえないものを指す言葉がエフェメラという言葉の起源である。エフェメラ(ephemera)は名詞で、ephemeron および ephemeros の複数中性格にあたる。ギリシャ語および近代ラテン語で古くは epi = on, hemera = day を意味し、カゲロウなどの短命な虫、花、その他の1日ないし短期間のみ存在するものを指すようになった。ちなみに英語のephemerisやフランス語のéphémérideは、日記・日誌・日めくりの意味から天体暦を指す言葉になっている。英語ではカゲロウと区別するため、修飾句を添えてプリンテッド・エフェメラと称したり、形容詞形を使ってエフェメラル・マテリアル(ephemeral materials)と呼んだりしたが、次第に名詞一語のみで通用するに至った。
史学資料論の文脈では、「一紙文書」や「単葉文書」に相当するものとされることがある[5]。もともと文書館は図書館と違って冊子に綴じてない書類が多いからか、薄さ(ページ数の少なさ)についての言及を欠く定義がなされ、アメリカ・アーキビスト協会では「通例は印刷された文書の資料で、特定の限定された目的のために作成され、一般的には使用後に廃棄されるよう図られたもの」[6]と定義された。しかしなおもエフェメラを論じる者の間では、まずエフェメラが定義し難く、捉えどころのない呼称であること自体が、議論の種となっている[7][8][9]。
印刷物としてのエフェメラについては、ジョン・ジョンソン(パピルス学者)のコレクション[10]をタイポグラフィ(活字)の観点からまとめたジョン・ルイス(タイポグラファー)著『プリンテッド・エフェメラ(印刷されたエフェメラ)』(1962)[11]が記念碑的書物となった。1975年にルイスはモーリス・リッカーズらとイギリスにてエフェメラ協会を結成し、1980年にはアメリカ・エフェメラ協会も設立された。こうしてエフェメラは収集趣味にとどまらず学問研究の対象となり、その集成がリッカーズによる『エフェメラ百科事典』(2000)[12]に見られる。
近年は、エフェメラル・メディアという概念に拡張され、映画・テレビ・ウェブ動画などに関する映像文化論で用いられている[13]。またSNOWやSnapChatなど、一定時間経過すると投稿が消滅する「エフェメラルSNS」(ephemeral app)が2016年頃から話題となり、これらは日本では「消える系SNS」とも呼ばれる。
関連図書
[編集]- 野島寿三郎編『ペーパーコレクション入門 紙くず収集百科』日外アソシエーツ、2003
- 大平一枝『かみさま』ポプラ社、2006→改題新版『紙さまの話 紙とヒトをつなぐひそやかな物語』誠文堂新光社、2016
- 橋爪紳也『モダニズムのニッポン』角川選書、角川学芸出版/角川書店、2006
- オルネ ド フォイユ『フランスの古い紙 蚤の市で見つけた、アンティークのデザイン』PIEブックス、2007→PIEインターナショナル、2011
- 田中正明『印刷物の考現学――デザインから見た印刷――』オフィス・リテロ/印刷学会出版部、2008
- 『紙モノカタログ』1~6、倉敷意匠計画室、2008~2017
- 上杉剛嗣『駅弁掛け紙ものがたり 古今東西日本を味わう旅』けやき出版、2009
- 貴志俊彦『満洲国のビジュアル・メディア――ポスター・絵はがき・切手』吉川弘文館、2010
- 『建築雑誌』2010年11月号(第125集第1610号)「特集 エフェメラ(ephemera)―短命な建築媒体を後世に―」日本建築学会
- 土屋礼子『対日宣伝ビラが語る太平洋戦争』吉川弘文館、2011
- 「アジビラは語る」編集委員会編『アジビラは語る――60年代同志社学生運動』同志社大学学友会倶楽部、2012
- モリナガ・ヨウ『東京大学の学術遺産 捃拾帖』メディアファクトリー新書、KADOKAWA、2014
- ブライアン・ディー・コールマン/中村亜希子訳『ヴィンテージ紙もの雑貨コレクション カヴァリーニから届いたエフェメラたち』グラフィック社、2015
- 和田光弘『記録と記憶のアメリカ モノが語る近世』名古屋大学出版会、2016
- 仁平綾『ヴィンテージからかわいいパッケージまで 紙もの図鑑A to Z』(Encyclopedia of paper and ephemera from New York)エクスナレッジ、2016
- 堤信子『堤信子のつつみ紙コレクション』玄光社、2018
- 近藤和都『映画館と観客のメディア論 戦前期日本の「映画を読む/書く」という経験』青弓社、2020
- 橋爪節也『大正昭和レトロチラシ 商業デザインにみる大大阪』青幻舎、2020
- 三遊亭あほまろ(工藤裕司)『紙モノ・コレクション大百科 絵はがきから鉄道切符まで』切手の博物館/日本郵趣出版、2020
- 青幻舎編集部編『昭和モダン広告デザイン1920-30s ポスター、チラシ、マッチなど。紙もの大集合!』青幻舎、2022
- Japan Cultural Research Institute, erA編集『ephemera』2023
- 和田恭良『箸袋からのメッセージ』龍鳳書房、2023
- 上ヶ島オサム『レトロ包装シール・コレクション 大正・昭和の封緘紙・レッテルデザイン』グラフィック社、2023
- 嶋村博『みどりや主人の大正・戦前昭和 スクラップ帳が語る庶民史』風媒社、2024
- 平山雄『昭和の[広告・カタログ・絵葉書]紙モノ画報356枚』大洋図書、2025
- 『近代出版研究』第5号「特集 エフェメラって?――軽薄短命の紙がみ」近代出版研究所/皓星社、2026
脚注
[編集]- ↑ 木寺清一『洋書事典』明治書院、1975、p.256
- ↑ 日本図書館学会用語辞典編集委員会編『図書館情報学用語辞典』丸善、1997、p.172「パンフレット」の項目中にて「簡易資料,または短命資料(ephemeral)に分類されることがある」と原語を形容詞形にして使用。
- ↑ 丸山昭二郎・高鷲忠美・坂本博監訳『ALA図書館情報学辞典』丸善、1988、p.8「(1) 一時的に関心を集め価値を持つ資料で,主としてパンフレットまたは切り抜き資料からなり,ふつうは限定された期間バーチカル・ファイルに保管される.(2) 過去のものとなった上記の資料で,文学的・歴史的重要性を獲得するに至ったもの.」
- ↑ エドワード・P.アドコック編・木部徹監修・国立国会図書館訳『IFLA図書館資料の予防的保存対策の原則』第4章「6 スクラップブックとエフェメラ」、シリーズ本を残す、日本図書館協会、2003、p.57
- ↑ 和田光弘「18世紀アメリカに関するエフェメラ――ワシントン・受領証・手形――」『名古屋大学文学部研究論集 史学』2014年3月
- ↑ リチャード・ピアス=モーゼス, A Glossary of Archival and Records Terminology. The Society of American Archivists, 2005, p. 149.
- ↑ Martin Andrews, The Importance of Ephemera. In: S. Eliiot and J. Rose (eds.) A Companion to the History of the Book. Blackwell Companions to Literature and Culture. Wiley-Blackwell, Oxford, pp. 434-450.(2007, ISBN 9781405127653)
- ↑ Henry Raine, The Importance of Ephemera. In: S. Eliiot and J. Rose (eds.) A Companion to the History of the Book, 2nd Edition. Blackwell Companions to Literature and Culture. Wiley-Blackwell, Oxford, pp. 633-644.(2019, ISBN 9781119018179)
- ↑ 北村智仁「浮上するエフェメラ研究の素描:絶えず遠ざかる敷居の共有」『The KeMCo Review』04「特集 プリンテッド・マター」、慶應義塾ミュージアム・コモンズ、2026年4月
- ↑ データベース The John Johnson Collection : An Archive of Printed Ephemera
- ↑ Printed Ephemera: The Changing Uses of Type and Letterforms in English and American Printing, John Lewis, Ipswich, Suffolk, Eng.: W. S. Cowell, 1962
- ↑ The Encyclopedia of Ephemera: A Guide to the Fragmentary Documents of Everyday Life for the Collector, Curator, and Historian by Maurice Rickards et alia. London: The British Library; New York: Routledge, 2000.
- ↑ 佐々木友輔「地方映画史研究のための方法論(36)パラテクスト分析(4)ポール・グレインジによるエフェメラル・メディア論 」2024年9月6日
参考文献
[編集]- Printed Ephemera: The Changing Uses of Type and Letterforms in English and American Printing, John Lewis, Ipswich, Suffolk, Eng.: W. S. Cowell, 1962
- The Encyclopedia of Ephemera: A Guide to the Fragmentary Documents of Everyday Life for the Collector, Curator, and Historian by Maurice Rickards et alia. London: The British Library; New York: Routledge, 2000.
- Fragments of the Everyday: A Book of Australian Ephemera /Richard Stone (2005, ISBN 0-642-27601-3)
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- National Library of Australia: National Library of Australia's Ephemera homepage; catalogue records for general printed ephemera in the National Library of Australia.
- Ephemera Society of America
- Evonian Collection of Ephemera at the British Library Collection of 5,000 items relating to Victorian entertainment, especially conjuring, in the UK including posters, catalogues, trade cards etc.
- Western Australian Ephemera in the State Library of Western Australia
- Ephemera: theory & politics in organization an open access journal dedicated to the discussion of all aspects of organization
- Hugh D. Auchincloss Middle East Book Collection at Pell Center of International Relations and Public Policy at the McKillop Library at Salve Regina University
- The John Grossman Collection of Antique Images - A popular collection of printed ephemera of visual culture from 1820-1920.
- The Art of Bookmark - Bookmark Exhibition - Includes images of early bookmarks from Victorian era and later
- ephemera- a popular blog that explores the world of old paper.
- Ampersand Vintage - Seattle-based blog dedicated to vernacular photography & vintage paper.
- 箸袋趣味の会 - 日本の数ある蒐集グループのうち、箸袋を主体に蒐集する団体。
- 田中芳男・博物学コレクション · HOME · 東京大学学術資産等アーカイブズ共用サーバ - 幕末から明治時代の日本で収集されたエフェメラを掲載