【インタビュー】Psycho le Cémuのseek、ソロプロジェクトという聖域とギャップを語る「自分の深層世界まで確実に聴いてもらえるアルバム」

Psycho le Cémuのseek (B / MIMIZUQ, etc.)が10月7日、初のソロアルバム『白日をたゆたう雨虎、水に溶ける数列』をリリースする。Psycho le Cémuのステージでシャウトする声を耳にしたことがあっても、アコースティックギターやアップライトベースの弾き語りという独自のスタイルで、このように渋いハスキーボイスを響かせているとは、Psycho le Cémuの印象が強ければ強いほど驚かされるだろう。
自身のルーツだというフォークソングを土台に、西山小雨のピアノ、aie (deadman, kein, gibkiy gibkiy gibkiy, the god and death stars)のギター、晁直 (lynch.)のドラムなどが加わり、ミニマムながら芳醇なバンドアレンジを施した楽曲が並ぶ全11曲。
愛好する文豪たちの影響が窺える歌詞の世界は一見ファンタジックだが、話を聴くと、そこには剝き出しの本音、バンドマンとしてのリアリティー、消えゆくものを残したいという願いなど、切実な想いが刻み込まれていた。ソロプロジェクトの深淵を語る17,000字超のロングインタビューをお届けしたい。
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■少年時代からいろいろな文豪が好きでした
■そういう影響はふんだんに入っている
──初のソロアルバム『白日をたゆたう雨虎、水に溶ける数列』リリースおめでとうございます。まずはソロ始動のきっかけから伺えますか?
seek:バンド活動が思うようにできないコロナ禍の時期に、ひとり弾き語りを始めまして。どのバンドマンもそうだったと思いますが、あの時期は皆さん、いろいろな形や表現方法で活動をされていましたよね。その中で自分には、どちらかと言うとステージに立ちたい欲求がありました。集団で何かをすることが世間的に厳しい時期だったし、であれば“いつかやってみたいな”と元々思っていたソロをこのタイミングで、ひとり弾き語りという形でどさくさに紛れてやってみようかなと。
──Psycho le Cémuは言わば極彩色のイメージですが、seekソロとなる今作『白日をたゆたう雨虎、水に溶ける数列』は仄暗い世界観とブルージーで哀愁を帯びた歌があって、ギャップを感じます。
seek:ヴィジュアル系バンドを27年間やってきて、しかもそのヴィジュアル系の中でもPsycho le Cémuには特に奇抜なイメージを持たれていると思うんですけども、自分の元々の音楽的なルーツで言うと、高田渡さんとか友部正人さんとか、フォークも好きで。弾き語りでは、最初は自分がやってきたバンドのセルフカバーをしていたんですが、その時に改めて“やっぱり自分は、ボーカルの声に合った楽曲を作ってきたんだな”と感じたんです。

──ソロ始動したことが、Psycho le Cémuにおける曲作りを俯瞰する機会にもなったんですね。当然ではありますが、DAISHIさんのキーや声質に合わせて作っていたという。
seek:そういったキー的な問題や自分の声質的なこともあって、最初の1年半ぐらいは“全然思うようにいかんな”と。でも、途中でやめるのは嫌だったので、恥をかいても必ず次の月のブッキングを決めて帰る、というライブを続けていたんです。そういう中で、“果たしてこれは、ファンの方にどこまで求められているのか?”とも思ったし、2021年以降になるとバンド活動も少しずつ戻ってきていたので、どこまでチャレンジできるかも分からなかったんです。だけど、ソロを続けていく中で見つけられたのは、“自分の声に合った楽曲を作って、ちゃんと勝負したい”という気持ちだったと思います。そこからは、たっぷりある過去のデモ曲の中から“自分の弾き語りに合いそうやな”と思うものをピックアップしながら、新作も含めてソロ用のオリジナルソングをどんどん作っていきました。
──seekさんのハスキーな声が、今回のアルバムの世界観にマッチしていました。
seek:普段からお酒を飲むということもあってか、ハスキーというかガラガラ声で(笑)。Psycho le Cémuの時はシャウトのようなコーラスが多いので、元から喉が常に潰れているような状態なんです。ソロを始めた頃はここまでしゃがれてなかったんですけど、“今回は比較的こういう潰れ気味の声質が合ってるかもな”と思って、よりその方向に持っていけるよう意識しました。でも、完全に潰しちゃうと本当に声が出なくなっちゃうから、その潰し加減の調整が意外と難しいのは、やり始めて分かったことで。
──なるほど。
seek:ひとり弾き語りなので、自分の声がダメになってしまった時のパフォーマンスをどうするか。普段バンドだと誰かの弦が1本切れたら、トークで繋ぐのもそうだし、何かあった時にメンバーがサポートし合う中で育ってきているから、“声が出ない日にはどうしたもんやろう?”ってことも含め、考えながら続けてきましたね。

──今作『白日をたゆたう雨虎、水に溶ける数列』ではseekさんのアップライトベースによる弾き語りに加えて、ピアノの存在感も大きいですよね。
seek:西山小雨さんというピアニストの方にお願いしています。僕がMix Speaker’s,Inc.でアニメ『男子高校生の日常』のオープニングテーマを担当させていただいた時、同じアニメのエンディングテーマを担当していた雨先案内人とういバンドのピアニストだったんです。その時からのご縁で、「ライブで一度セッションをしてみたい」とオファーしたのが始まりです。
──そこでseekソロのスタイルみたいなものが出来上がってきたという?
seek:“自分の声とピアノのマッチングが面白いかもな”と思っていたし、“ずっとアコギ1本でやっていたことをバンドサウンドにしてみたい。そうするにしてもピアノはマストやな”と思ったタイミングでした。そうやってピアノとアコギで始まった中で、小雨さんに「バンドアレンジしてみたいんですけど」みたいな相談もしつつ、アルバムに向けたレコーディングに本格的に取り掛かったのが2年ぐらい前、という経緯です、ざっくりですが。

──最終的にバンドサウンドになるにしても、ソロとPsycho le Cémuでの曲作りとではプロセスが違ったと思うのですが、そこで培われたものもありましたか?
seek:バンドだと、選曲会に向けて曲出しの締め切りがあって、メンバーがワンコーラスずつぐらい作ってくるんですね、まだ歌詞のない状態で。その中で「じゃあ、この曲を今回こういう風にアレンジしましょう」と決めて、そこで初めて詞をワンコーラス分書いて、ボーカルが歌ってみて、「じゃあ、プリプロしましょう」という作り方をしてきました。特に僕がやっているバンドのボーカルは、僕より2音半から3音ぐらいキーが高いから、その頃のテクノロジーだと実際に僕が歌ってデモを作ることができなかったんです。ところが、自分で弾き語りをするとなったら、自分の一番気持ちがいいところに合わせて作れるし、何なら詞とメロディーが同時にできてくる。自分の中で“こういう歌詞にしたいな。初めに枕があって、落ちを付けるワードをこれにしたいな”みたいなものが、スポンとメロディにハメられるのは心地良かったですね。それがソロを始めてからの曲の作り方になってきた。逆に言えば、言葉のハマり具合を前より意識できるようになったから、そこはバンドにもフィードバックできるようになってきたと思います。
──曲作りの変化がバンドにも還元されているのですね。
seek:バンドでは、「このサビのこのワードを絶対タイトルに付けなあかん」とか、バンド内ルールに縛られてきたんですけど、ソロだと自由にできるんですよね。アルバム後半に掛けての曲は、自分がやってきたこれまでのバンドにはなかったという意味でも、確実に自分の世界観のディープなところを聴いてもらえるものになっていると思うし、そういうアルバムを今回は作れたな、と感じています。

──アルバム収録全11曲中、歌詞にオノマトペがふんだんに散りばめられていますよね。8曲目 「相食む」に《オノマトペを作ろう》というフレーズもありますし。7曲目「夜掴奇譚」に《合言葉は「カンパネルラ」》とあるのもヒントですが、宮沢賢治に通ずる世界観があるように思えて。これは意識的なものでしょうか? 自然にそうなったのでしょうか?
seek:宮沢賢治も好きですし、中原中也や安部公房など、少年時代からいろいろな作家さんが好きでした。バンドマン系の方だと大槻ケンヂさん、町田康さん、バンド系ではないですけどバンドもされていた中島らもさんもすごく好きで育ってきたので、そういうところからの影響はふんだんに入っているのかなと。「夜掴奇譚」は、先日亡くなられた漫画家・つげ義春さんの『夜が掴む』という作品からインスパイアを受けています。
──文豪のような佇まいの今回のアーティスト写真には、そういった必然があるんですね。創作物から受けてきた影響がseekさんの血肉となり、今作に結実したという。
seek:元々ああいったレトロな世界観が好きで。いつもアーティスト写真を撮っていただいている小松陽祐さんに加えて、デザイナーの三崎了さんにも今回の撮影には来ていただいたんですけど、僕が好きなものをお二人ともよく知ってくださっていて。特に小松さんは僕の教科書みたいな方なんです。僕が好きな作家さん、映画や漫画はリアルタイムじゃないものが多くて、そういう世界が何となく好きなんだけど言語化できないし、かつ、バンドマンや学生時代の仲間内ともそういう話はあまりしたことがなくて。Psycho le Cémuは、RPGの世界でモンスターでキャラクターで……みたいなことを言っているバンドですから、そこに対して皆さんが抱くパブリックイメージと全く噛み合わないので(笑)。だから若い頃はそういう話をするのが苦手で、“自分の好きなものは好きなもの、バンドはバンド”みたいな、自分の中の切り分け方をしていたところもありました。
──ソロでは自分の好きなものを全開にできたと。
seek:小松さんと出会った時に、好きなものの話をしたら「じゃあ、こういうのも好きだと思うよ」と、勅使河原宏監督による安部公房原作/脚本の実験映画のDVDを貸してくださったり、いろいろ教えてもらったりして。今回も「こういうアーティスト写真を撮ろうと思ってるんです」とお話したら、三崎さんがスタジオを探してきてくださって、小松さんと僕とでロケハンに行ったり。ヴィジュアルアートワークも含めて、自分の好きなものをちゃんと詰め込むことができたかなと感じています。


──アルバムタイトルに“数列”という言葉が入っているのも、安部公房のSF的世界観に通じる気がします。
seek:実はそこまで深い意味はないんですけども、本名が白水なので、苗字をタイトルに隠したいなと思って”白”と”水”を入れています。雨にまつわるものがこれまで多かったし、雨とか水とか、そういうものが好きなので。
──それは昔からですか?
seek:はい。あと、魚がすごく好きなんです。それも説明しづらいんですけど(笑)。高校生の時に割烹料理屋でバイトしてて、鯛の兜煮を作る際、鯛の頭を毎日一日中ずっと割っていたんですよ。その時に“顔が一匹ずつ違うんやな”と気付いて、妙に魚に惹かれ始めて。釣りをするとか熱帯魚を飼っているとかいうわけではないですけど、魚モチーフのものがすごく多いし、何年か前に急にフィボナッチ数列に興味が沸いて調べたことがあって、その時に“数列が面白いな”と。今使っているマイクスタンドのオブジェみたいなのもフィボナッチ数列の形だったり。そういう自分が本当に好きなものを全部ギュッと集めた作品ですね。
──アルバムは最後《魚になろう》(11曲目「行雲流水」)という言葉で終わり、1曲目のインストゥルメンタル曲「dot」の冒頭では水音が聴こえて、ループする感じもあるのかなと。
seek:あると思います。“dot”には泡ぶくという意味もあったので、水の中のイメージです。ライブのオープニングで出囃子のようにずっと前から使っていたインストゥルメンタル曲を今回、アルバムバージョンにアレンジして、テンポを変えて収録しました。「夜掴奇譚」のドラムをそのままこの曲で使っているので、晁直(lynch.)さんのドラムがいきなりここだけ出てくるんです。作った時系列でいうと「行雲流水」が一番古くて。バンドマン仲間とトークしながらアコースティックライブをする<魚群>というイベントをLOFTプラスワンで主催したんですけど、その時に作ったオリジナルソングです。言葉自体は大槻ケンヂさんの『のほほん雑記帳』というエッセイで読んで知ってて、「座右の銘だ」と書いていらっしゃったんです。その言葉がすごく心地良くて、僕もそういう曲を作ってみたいなと。昨年オーケンさんと弾き語り2マン企画<相食む>をさせていただいた時も、そのエピソードを話しながら演奏させていただきました。







