触れられなくなった負債に、熱を加える
この記事が語ること
「凍結」した負債に対して、個人はどうアプローチしていくべきなのか。
これは、解消以前の段階――判断不能状態を回復させる話である。
本当に厄介なこと
技術的負債は避けられない。
だが、本当に不健全なのは「負債があること」そのものではない。
負債に触れられない状態が固定化することだ。
- 誰も明確に管理していない
- 議論にも上らない
- 優先順位にも乗らない
- 「そこは触ると怖い」という空気だけが残る
これらはときに、業務の成り行きとして自然に起き得るが、負債の存在以上に不健全だ。
なぜなら、それは問題が問題として認識されない状態を意味するからだ。
本記事で扱うテーマは、負債の除去ではない。
上記のような、「凍結」した負債に対して、個人がどう向き合い始めるか、という話だ。
凍結した負債
「この機能、まだ動いてるんですか?」
「さあ……触るとどこが壊れるかわからないので、放置してます」
安定稼働という免罪符のもと、誰の管理下にもなく、しかし確実にリソースとリスクを食いつぶしている構造。
大抵どんな現場にも、こうした 「負債の空白地帯」 が存在する。
触れられなくなった負債には経路がある。
- 戦略的に保留されたもの
- 安定稼働の結果、監視から外れたもの
- 管理責任が行方不明になっているもの
- 暗黙知化し、触れづらくなったもの
共通しているのは、再評価の回路から外れていることだ。
つまり、その負債は判断空間から外れ続けていることになる。
その結果、
- 変更コストが読めなくなる
- 不意のトラブルに対応できなくなる
- 依存関係がブラックボックス化する
- 組織が学習できなくなる
など、マイナスの面が静かに堆積していく。
こうした負債には、非常に手を出しづらい。
なぜなら、解消すべき問題として扱われにくいからだ。
状況を悪化させないための観察
ここで重要なのは、この種の負債は均衡の結果でもあるという点だ。
それを短絡的に、
「放置されている」
「危険だ」
「今すぐ直すべきだ」
と断じれば、組織にも個人にも防衛反応が起きる。
これは、「凍結」した負債には、相応の理由があることが多いためだ。
これが、通常ありがちな負債とは異なる部分だ。
戦略的保留を怠慢と解釈すれば衝突になる。
自然漂流を無責任と見れば対立になる。
管理蒸発を責任追及に変えれば政治になる。
観察を誤れば、負債は解凍されるどころか、さらに厚く封印されかねない。
だから解決のための最初の一歩は、強さではなく観察の精度だ。
やるべきことは改善案の提示でも責任の追及でもない。
識別と、可視化だ。
-
戦略保留か
-
自然漂流か
-
管理蒸発か
-
封印状態か
-
負債の中に何が存在しているのか
-
どこまでが負債の構造か
-
どこに依存があるのか
-
管理境界はどこか
凍結した負債に対しては、冷静でフラットな評価が求められる。
個人が担うのは、判断を押し切ることではない。
判断可能性を回復させるところまでだ。
症例:触れられない機能
ある案件で、長年稼働し続けているが
管理主体が曖昧な機能に気づいた。
障害は出ていない。
しかし誰が責任を持っているのかは不明。
ヒアリングしても答えは出ない。
典型的な凍結状態だった。
目的は、その機能を正すことではない。
別案件の前提条件として整理が必要だった。
そこでまず、
- 成り立ち
- 現在の依存関係
- 管理境界の曖昧さ
を整理し、共有した。
モジュール構成図、ER図、ユースケース図、あるいはパワーポイントの資料。
道具はなんだっていい。
重要なのは、評価を加えなかったことだ。
「リファクタすべきだ」
「どの部門の管轄とするか」
とは原則言及しない。
ただ、鏡のように現実を映し出した。
それだけのことだ。
すると、
「その機能の存在を知らなかった」
「え、そのキャンペーン条件、まだ生きてるの?」
「どこかが管理すべきだろう」
と、声が上がり、認識が揃った。
結局、その機能は妥当な部門が管轄を引き取ることになった。
そこで初めてリファクタリングに着手でき、
本来進めたかった案件も完遂できたのだった。
熱を加える、という力学
ここで重要なのは、負債を除去できたことではない。
判断不能だった状態を、判断可能な状態へ戻したことだ。
凍りついた構造を溶かし、再び意思決定のテーブルに戻す。
筆者は、このようなスキルを
負債デフロストと呼んでいる。
対象は、一般的な負債ではない。
だから必要なのは改善計画ではない。
構造を可視化し、歴史を整理し、管理境界を明らかにする。
凍った判断系に、熱を戻す。
その結果、
- 解消に進むかもしれない
- 維持と判断されるかもしれない
- 再凍結されるかもしれない
だがそれは、判断された結果である。
そこに意味がある。
現場の盲点
安定稼働は、ときに構造を隠す。
留保は、いつの間にか忘却へと変わる。
負債が危険なのではない。
判断不能であることが危険なのだ。
あなたの現場にも、既に凍結し、静かに存在し続けている構造があるかもしれない。
そこに熱を入れなければならない瞬間は、いずれ訪れる。
その瞬間に、誰が最初に熱を入れるのか。
Discussion