文化財紹介

1.正暦寺庭園(京都府名勝)

当庭園は、第十五世湛信上人が、藩主の後援を得て天保年間に完成させた。庫裡の西側に位置し、江戸時代中期に作庭された枯山水の名園である。約159平米の広さをもつ庭園内は、小高い築山のほぼ中央部に雌雄二つの枯れ滝を組んで全庭の重心とし、鶴島や出島、岩島さらに三尊石組、洞窟石組などを配石する優れた構成になっている。こうした構成の巧みさや、チャート、硬砂岩等地元産の大振りの石を用いた石組の力強さと巧みさ、更に石一つひとつの据え方に高い技術が伺われる。また背後の藤山を借景に取り込んだその姿は、府北部最優美の庭園との評価に違わぬ美しい景観を呈している。

2.絹本著色仏涅槃図(国重要文化財)

涅槃図は釈迦入滅の2月15日、釈尊の遺徳奉賛追慕のために行なう涅槃会の本尊とする仏画で、釈尊がまさに入滅しようとする劇的な場面を描いたものである。
沙羅双樹の下にしずかに身を横たえ臨終をむかえようとする釈尊の姿を描いている。周囲には文殊、普賢などの諸菩薩、十大弟子、在家の信者たち、像・獅子・などの動物までが描かれ、釈尊の死を悲しむ姿が表現されている。
この涅槃図は鎌倉時代の作品で,時代の風潮を反映して動きの激しい画面を濃厚な色彩と肥痩のある線を駆使して描いている。大げさに泣き叫ぶ羅漢,身を転げて悶える禽獣の姿には活気と動きがあらわされ、まとまりよく描かれている。
寺伝では画僧兆殿司(明兆=南北朝から室町時代の代表的画僧)筆と伝えているが、描き方からみて鎌倉時代の作とかんがえられている。

3.木造千手観音立像(市指定文化財)

綾部地方では十二世紀末ころから熊野信仰が盛んになった。その頃作られたものと思われ、藤原様式の繊細な感じの像である。
本体部分は一木造で、両肩のところで腕を矧つけてある。冠飾り、髪の毛の生え際のつくり方、耳の曲線のつけ方、頬から顎にかけての顔の輪郭に平安時代後期ころの仏像と共通した特色がみられる。
肩から胸部、腰辺から膝にかけては細い体躯につくられ、着衣の襞の表し方も彫が浅く、穏和な表現が特徴である。

4.木造不動明王立像

江戸時代、綾部藩主が参勤交代の折に道中の安全を願い、守り本尊にした仏像。新義真言宗を起こした興教大師(覚緵上人)の作と伝えられている。
毎年1月28日に行なわれている「不動明王大祭」の本尊になっている。

5.正暦寺客殿 襖絵

客殿は昭和9年(1934)に建造されたものと考えられ、ふすまもそれに合わせて描かれたものと考えられています。作者は、文帝展で11回もの入賞をし、明治から昭和にかけて活躍した伊藤渓水(1880-1967)です。
正暦寺には、伊藤渓水の作品が、「白孔雀」一面・その背面に「鶴」一面・白孔雀の一面に続く格好の天袋には「雀」一面・破損が激しい「鳥?牡丹?」一面・衝立の格好の「鷲」一枚が存在します。