
もし、割れたドーナツを元に戻す魔法があるのなら
うぎやああ~!!
幸せそうなカップルの笑い声が聞こえる紅葉の公園で、息子の金切り声が響き渡っていた。願わくば「この子は私の知らない子なんです!」と母親が宇宙の彼方へ消えたくなるような癇癪だ。
それは息子が「まるいもの」を愛するあまりに起きた悲劇だった。
その日、保育園のお迎えから2人で公園に向かった。いつも夕食がてらピクニックをしている。息子が楽しみにしているのは、おやつに食べるドーナツだ。
テーブルの上にお弁当とドーナツを並べると、息子はじっと見た。そして数秒後、吠えるように泣き始めた。
外で癇癪を起こすのは初めてだ。オロオロしながらドーナツをみると、半分にぱっくり割れてた。
「ドーナツを元にくっつけて!」そう言いたげに息子はわたしに差し出した。「割れたものは戻らないのよ?」そんな正論は届かず、みるみる顔が真っ赤になった。
息子は生まれた頃からまるの執着が凄まじい。トミカのタイヤを床にべたっとして見たり、友達の服の柄がまるだと付きまとう。
だからこそ、この癇癪を止めるにはやるしかない。
お願いだ、くっついてくれええ!!
心の中で呪文を唱えてみたが、魔法なんて存在しない。
息子はわたしからドーナツを奪い取り、くっつけようとした。悲しみのあまり力をいれすぎたのか、ポロポロ落ちていく。
彼の小さな世界が終わりを告げたのだ。
帰りも息子は泣いていて、周りの視線がちくちくする中、仏頂面で自転車を漕いだ。
「あー、疲れた。最悪」
荷物をリビングに放り投げ、姉にラインすると、すぐに返事がきた。
「あんたが仕事で疲れるように、あの子も保育園で色々あったんやで」
ハッとした。わたしが仕事でへこむように、息子にも色々ある。夕方まで大冒険をして任務を終えたのだ。それは大好きなマルのドーナツさえ食べられたら、帳消しにできる悲しいことがあったのかもしれない。
「今日もいっぱい頑張ったー」
小さな体をぎゅっと抱きしめると、息子が鼻をくしゃっとさせた。いつか割れたドーナツを友達と半分こできたらいいね。まるへの執着を超えて、誰かと喜びも悲しみも分かち合える優しさを知ってほしい。だったらまずはわたしから。
この日を境にドーナツを揚げるようになった。割れにくいように工夫して。

彼が誰かと半分こにできる日はいつだろう。それまで、いびつなドーナツの穴から覗いて見える秘密の景色を分かち合おう。
そこには、喜びも、苦しみも、愛くるしく映っている。