
「もう頑張れない」ではなく、「今なら間に合う」──双極症と20年以上向き合って見えてきたこと
22歳の頃、私は初めて躁転を経験した。
大学卒業のタイミングだった。
あの頃の私は、自分の中で何が起きているのか分からなかった。
気分が高揚し、眠らなくても平気になり、自分が何でも出来るような感覚になった。
しかし、その先に待っていたのは入院と長い抑うつ状態だった。
それから20年以上。
私は双極症という病気と付き合いながら生きてきた。
そして今、ようやく自分を褒めてあげてもいいのではないかと思えるようになった。
身体は言葉より先に教えてくれる
ここ2週間ほど、朝起きると胸が苦しい。
仕事へ向かう前から、すでに身体が緊張している。
私は現在、未経験の仕事に就いて半年ほど経つ。
常に強い緊張感を持ちながら働いてきた。
未経験だから覚えることが多い。
ミスをしないよう気を張る。
人間関係にも配慮する。
そして障害者雇用という立場で働いていることもあり、「期待に応えたい」という気持ちも強かった。
半年間、私はアクセルを踏み続けていたのかもしれない。
その結果として現れたのが、朝の胸の苦しさだった。
これは単なる気分の問題ではない。
ストレスが続くと、自律神経は警戒状態を維持する。
交感神経が優位になり、
・呼吸が浅くなる
・胸の筋肉が緊張する
・心拍数が上がる
・身体が休息モードへ切り替わりにくくなる
という反応が起こる。
つまり身体は、
「もう少し休ませてほしい」
と、私に教えてくれていたのだ。
コーピングだけでは追いつかない時がある
私は自分なりに対策をしていた。
睡眠時間を増やした。
整体を受けた。
マッサージを受けた。
ゲームをした。
音楽を聴いた。
映画を観た。
ドライブをした。
それでも回復が追いつかなかった。
気づいた。
問題は「休み方が下手」なのではない。
問題は、
回復量より消耗量が上回っていること
だったのだ。
どんなに質の高い休息を取っても、
毎日100消耗して80しか回復できないなら、
少しずつエネルギーは減っていく。
そしてある朝、
身体は限界を知らせる。
私は今、その段階にいるのかもしれない。
20年かけて身につけた「自分の取扱説明書」
昔の私は違った。
無理をしていた。
障害を開示せず働いていた。
相談しても理解されない。
我慢する。
無理をする。
悪化する。
そして辞めざるを得なくなる。
それを何度か経験した。
しかし今は違う。
私は障害者雇用で働いている。
主治医がいる。
信頼できる公認心理師がいる。
そして何より、
自分自身の状態を観察できるようになった。
胸が苦しい。
疲れが取れない。
休んでも回復しない。
これは危険信号かもしれない。
そう考えられるようになった。
主治医からは、
「調子が悪い時は早めに相談してください」
と言われている。
だから今回は相談する。
悪化してからではなく、
悪化する前に。
「もう無理」ではなく、「今なら間に合う」
私は双極症の診断を受けてから20年以上経つ。
これまでたくさん失敗してきた。
たくさん遠回りもした。
でも、その経験があったから、
今は身体の声を聞けるようになった。
「まだ頑張れる」ではなく、
「今休めば回復できるかもしれない」
と思えるようになった。
それはきっと成長なのだと思う。
私は病気を克服したわけではない。
でも、
病気との付き合い方は確実に上手になった。
20年以上、自分と向き合い続けてきた。
その積み重ねを、今日は素直に褒めてあげたい。
助けを求めることは弱さではない。
長く生きるための知恵なのだ。
かつての私は、
エンジンが焼き付くまで走り続けていた。
けれど今は違う。
「そろそろピットインが必要だな」
そう判断できるようになった。
それはきっと、
20年以上かけて育ててきた私の力だ。
助けを求めることは弱さではない。
長く生きるための知恵なのだ。
そして私は今日も、
私の『トリセツ』を書き続けている。
双極症についての経験して得た私の知見を落ち着いたら記事にします。
では、また次回。☺️
あ、よく遊びに来てくれるフォロワーさんが質問箱というのを置いていて私もやってみようと思いました。よかったらどうぞ。