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デジタル時計が、過去を懐かしみ始めた午後。

    近所の小さな雑居ビル。その薄暗い階段を二階まで上がると、私の行きつけの音楽バーがある。

    いや、「バー」と呼ぶべきか、「昼だけ営業している喫茶店」と呼ぶべきか、今でも少し迷う。
    この店最大の経営上の特徴は、あまりにも客が来ないことである。普通なら欠点だろう。しかし私にとっては、最大の長所だ。

    風の噂では、夜になると煙草の煙をまとった常連たちが集まり、音楽談義に花を咲かせるらしい。
    私は煙草を吸わないので、その時間帯には現れない。
    代わりに選ぶのは、土曜や日曜の午後二時過ぎ。昼食も終わり、夕飯にはまだ遠い。世間が少しだけ人生を休憩している、あの中途半端な時間である。

    扉を開ける。やはり今日も、貸切。
    店というより、私専用の書斎である。
    もちろん、経営の心配は毎回ほんの少しだけする。
    だが、その心配は私が背負うより、マスター本人に任せた方が効率がいい。

    私は遠慮なく、カウンターではなくボックス席へ座り、まずビールを一本頼む。
    この店は料理が実にうまい。下手なレストランなら軽く追い越してしまう。唯一の弱点は、料理が出てくる速度が、時間ではなく「季節」で測れそうなことだ。
    注文してからしばらくすると、一度「忘れていた」ことまで忘れる。そして本当に忘れた頃に、何事もなかった顔で現れる。だが、急ぐ相手もいない。時間だけは、私にも店にも十分すぎるほど在庫がある。

    私はスマホを開く。14:08。実に味気ない。

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    アナログ時計なら針が少し考え込みながら進むようにも見えるが、デジタル時計には情緒がない。
    14:08。次は14:09。一分前など最初から存在しなかったような顔をして数字を更新する。なんとも現代的な薄情さである。

    その無機質な数字を眺めながら、私は次の記事のことをぼんやり考える。
    店内には七〇年代、八〇年代の洋楽が流れている。

    昔はマスターが、一枚一枚レコードを選び、針を静かに落としていた。
    あの儀式を見るのも、この店の楽しみだった。
    ところが最近は、文明に敗れたのか、面倒くささに勝てなかったのか、Amazon Music が黙々と仕事をしている。
    人間は歳を重ねると頑固になると言う。しかし、便利さには案外あっさり負けるらしい。もっとも、巨大なアンプと重たいスピーカーだけは昔のまま鎮座している。音だけは実に立派だ。

    最新の配信サービスが、昭和生まれのスピーカーから堂々と流れてくる。新旧の世代交代というより、世代間の業務提携である。

    ようやく料理が現れた。待たされた腹いせに、一口目から妙にうまい。ビールを流し込んだ、その時だった。聴き覚えのあるイントロが流れる。一瞬で景色が変わる。

    スマホには14:31と表示されている。しかし私の頭の中では、一九八〇年代が営業を再開していた。

    あの頃の街。
    あの頃の仕事。
    あの頃のわがまま。
    あの頃は未来しか見えていなかった私まで、きちんと戻ってくる。
    AmazonのAIは、おすすめ曲を選んだだけなのだろう。だが結果として、七十年以上積み重ねた私の記憶を、見事にハッキングしてしまった。

    気がつけば、大瓶が二本空いていた。
    私はもう一度スマホを見る。数字は相変わらず冷静だった。けれど私の目には、その数字まで少し酔っているように見えた。
    本当は、お前も過去を懐かしんでいるんじゃないか。

    時計には針がなくても、この店には時間の針がちゃんとある。
    しかも、ときどき前へ進むことを忘れ、勝手に後ろを振り返っている。そんな店だから、私はつい通ってしまうのだろう。

    私は静かに手を挙げた。

    「マスター。もう一本。」

    人生には、未来へ進むためではなく、少しだけ昔へ帰るためのビールもあるらしい。


    もし今、人生の途中で立ち止まっている人がいたら。
    肩書きを失い、 自分を見失いそうな人がいたら。
    私のこの一冊が、小さな伴走者になれば嬉しく思います。

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    日常の裏側に隠れた“静かな真実”を探すエッセイ。 些細な出来事の中に、人の心や時代の気配を見つめています。 71歳でKindle初出版。 人生は、まだ途中です。

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