
【日めくり短編 25】一億円の風邪
銀座の裏通りで風呂敷包みを拾ってから三日、恭介は高熱にうなされて寝込んでいた。
「まさかマラリアじゃないでしょうね」
看病に来た妹の理恵が、冗談めかしてそう言った。先月までケニアの研究所で蚊と格闘していた彼女は、DNA解析のサンプルを運ぶために一時帰国したばかりだった。
「一億円を拾って熱を出すなんて、誰も同情しないわよ」
恭介はうめいた。警察に届けた帰り道、冷たい春の雨に打たれたのが悪かったのだ。
金はまだ、誰のものでもなかった。三か月後、もし持ち主が現れなければ、それは彼のものになる。
「ねえ」
理恵が氷のうを差し替えながら言った。
「お金って、他人のものから自分のものに変わる瞬間、何かが書き換えられると思う?」
恭介は天井を見上げた。
「DNAみたいに?」
「そう。意味はほとんど変わらないのに、どこかの配列が一つだけ違う。それで人生がまるで別物になったりする」
恭介は目を閉じた。一億円の重さを、彼はまだ計りかねていた。
窓の外で、雀が鳴いていた。熱の底で、恭介は三か月後の自分を想像しようとして、結局うまくいかないまま眠りに落ちた。
理恵は静かに本を閉じ、兄の額の汗をぬぐった。
拾ったときのことを、恭介は何度も思い返した。
あの日、彼は打ち合わせの帰りだった。銀座の八丁目を裏に入って、古い寿司屋の角を曲がったところで、ビルとビルのあいだの路地にそれは落ちていた。紫の風呂敷で、結び目のところが少しほどけかけていた。
恭介は立ち止まった。通り過ぎようとして、もう一度戻った。
拾い上げたとき、ずしりと腕に来た。米袋を抱えたときの重さに近い、と恭介は思った。けれども開けてみれば、入っていたのは一万円札の束だった。十束ずつまとめられた塊が、さらに十組。整然と並んでいた。帯封は白かった。銀行名も、支店名も、何も印刷されていなかった。
一億円というのは、こんなに重いものなのか、と恭介は妙に感心した。
雨が降り始めたのは、交番までの途中だった。恭介は風呂敷を両手で抱え直して歩いた。濡らしてはいけない、と思ったわけではなく、ただそうするのが自然に思えた。腕が少しずつ痺れてきた。
交番の警官は、最初、彼の話を信じなかった。数えて、それからもう一度数えて、奥から年配の警官が出てきた。
「本当に、拾ったんですか」
恭介はうなずいた。
書類を書きながら、彼は自分の名前の字が少し震えているのに気づいた。住所と、電話番号と、拾得の場所。三か月間、持ち主が現れなければ、法律上それは拾った人のものになる、と説明された。
「まあ、これだけの金額だと、現れる可能性のほうが高いですがね」
年配の警官はそう言って、少し笑った。
恭介も笑った。けれども、帰り道の雨の中で、彼はなぜだか持ち主は現れない、と思っていた。根拠はなかった。ただ、腕に残った風呂敷の重みが、そう告げているような気がしたのだった。
熱は一週間ほどで引いた。
理恵はケニアに戻っていった。出発の朝、玄関で、彼女は恭介の顔をじっと見た。
「お兄ちゃん、ちゃんと食べてる?」
「食べてるよ」
「三か月なんて、すぐだからね」
「そうかな」
「そうよ」
理恵は少し黙ってから、付け加えた。
「向こうではね、三か月で人が何人か入れ替わるの。戻ってみると、机の並びが違ってる。だから、すぐよ」
恭介は妹の目の下の隈に、そのときはじめて気づいた。ケニアでの暮らしの話を、彼は結局ほとんど聞いていなかった。
理恵はそれ以上何も言わず、キャリーケースを引いて出ていった。
一人になると、恭介は少し手持ち無沙汰になった。会社には戻った。同僚は風邪の具合を気遣い、取引先には菓子折りを持って詫びを入れた。日常は何も変わっていないように見えた。
けれども、夜、部屋で一人になると、彼は時々、銀行のアプリを開いて残高を眺めた。もちろん、一億円はそこにはなかった。ただ普段通りの数字が並んでいるだけだった。それでも恭介は、その数字の奥に、見えない別の数字が重なっているような気がした。
通勤電車の窓から見える景色も、少し違って見えた。同じ駅、同じビル、同じ看板。けれども、そのどれもが、夏の入口には違う意味を持つかもしれなかった。
理恵の言ったことを、恭介は時々思い出した。DNAの配列が一つだけ違う。意味はほとんど変わらないのに。
彼は、自分の中のどこかの配列が、もう書き換わり始めているのを感じていた。それが何の配列なのか、書き換えられた先で自分がどうなるのか、まだわからなかった。ただ、引き返せないような気はしていた。
三か月後、警察署から電話があった。
初夏の、よく晴れた日だった。恭介は会社にいて、携帯を持ったまま給湯室に移動した。係員の声は事務的だった。持ち主は現れませんでした、規定に基づき、お受け取りいただけます、書類の準備ができ次第、ご連絡します——。
恭介はメモを取った。ボールペンの先が、紙の上で少し滑った。
電話を切ってから、彼は給湯室の窓から外を眺めた。中庭の木々が、濃い緑に覆われていた。誰かが電気ポットに水を足す音がした。
戻るべきだ、と思った。戻って、午後の会議に出て、メールの返信を片付けて、いつも通りに帰宅するべきだ。
けれども恭介は、しばらくそこに立っていた。一億円が自分のものになった、という事実を、彼はまだうまく飲み込めずにいた。飲み込もうとすると、喉の奥で何かがつかえるような感覚があった。
風邪の、あの熱の感触に、それは少し似ていた。
夜、恭介はケニアにメールを書いた。
件名は空欄のままにした。本文も、何度か書いては消した。結局、彼はこう書いた。
「持ち主は現れなかった。来週、受け取りに行く。どう使えばいいか、まだわからない」
送信ボタンを押してから、彼は窓を開けた。初夏の夜の空気が、部屋の中に流れ込んできた。どこか遠くで、犬が一度だけ吠えた。
返信は、翌朝に来ていた。
「おめでとう、とは言わないでおく。配列のどこが書き換わったか、そのうちわかる日が来るかもね。来ないかもね」
恭介はしばらく画面を見ていた。それから、メールを閉じた。
台所でお湯を沸かし、茶を淹れた。湯気が立ち上り、窓ガラスを少し曇らせた。
カーテンの向こうで、雀が鳴いていた。あの雨の朝と、同じ鳴き方だった。あるいは、同じではなかったのかもしれない。恭介には、もう区別がつかなかった。
彼は茶をすすり、それから、しばらく何も考えなかった。
何も考えないでいられることが、少しだけ怖かった。自分ではない誰かが、同じように黙って茶を飲んでいるような気がした。
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
原案:Y
執筆:Claude
今日は何の日?
世界マラリアデー (World Malaria Day)

4月25日の「世界マラリアデー」は、マラリアの予防・制御・根絶に向けた取り組みへの関心を高めるための国際デーです。
WHOによれば、この記念日は2007年の世界保健総会でWHO加盟国によって制定され、マラリア対策への継続的な投資や政治的コミットメント、地域社会の行動を後押しする日として位置づけられています。
日付の理由は、WHOが毎年4月25日を世界マラリアデーとして定めているためです。
少し遠い国の感染症の話に見えるかもしれませんが、中身はかなり現代的です。医療、格差、気候、ワクチン、地域保健といった幅広いテーマがつながっていて、「いのちを守る仕組み」を世界規模で考えられるところに、この記念日の重みがあります。
DNAの日(DNA Day)

4月25日の「DNAの日」は、DNA二重らせん構造の発見とヒトゲノム計画の完了を記念する日です。
米国国立ヒトゲノム研究所(NHGRI)によれば、DNA Day は1953年のDNA二重らせん構造の発見と、2003年のヒトゲノム計画完了を記念するもので、米議会の決議を受けて4月25日に毎年祝われるようになりました。
目的は、ゲノム科学の進歩を祝うとともに、遺伝やゲノム研究への理解を深めることにあります。
日付の理由は、DNAの二重らせん構造に関する歴史的発見と、ヒトゲノム計画完了の節目がともに4月25日に結びついているためです。
やや理系寄りの記念日に見えますが、実はかなり身近です。病気の理解、医療の進歩、そして「自分たちの体はどうできているのか」という根本的な問いに自然につながるところに、この記念日の面白さがあります。
拾得物の日

4月25日の「拾得物の日」は、1980年4月25日に東京・銀座で現金1億円が拾得された、いわゆる「1億円拾得事件」にちなむ日として広く紹介される記念日です。
明確な公的制定者が確認できるタイプの記念日ではありませんが、銀座エリアの歴史紹介でも4月25日を「拾得物の日」として取り上げる例があり、この出来事に由来する雑学系の記念日として定着しています。
日付の理由は、1980年4月25日に銀座で1億円の落とし物が見つかったことです。
名前だけ見ると少し軽い雑学に思えますが、中身は案外おもしろいです。大金の落とし物というインパクトの裏で、日本の拾得物制度や「拾ったものをきちんと届ける」という社会の振る舞いまで思い出させてくれるところに、この記念日の味わいがあります。