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溶けた時間のゆくえ

    気づいたら、あっという間に1時間。
    いや、2時間。
    SNSを眺めていただけのはずなのに、時計を見た瞬間に思わずため息が出る。
    「また、時間が溶けたな…」って、なんとなく空しい気持ちになる。

    この「時間が溶ける」っていう表現、なんだか不思議。
    氷なら溶けても水になる。
    形は変わるけど、ちゃんとそこに存在している。
    でも、時間が溶けたとき、それはいったい何になるんだろう。

    その時間で得たものがあるならいい。
    新しい情報を知ったとか、誰かの言葉に救われたとか。
    けれど、何も残らず、ただぼんやりスクロールして終わった時間は、
    まるで命の一部が静かに蒸発していくような感覚になる。

    「私の命、溶けて何になったのかな」って考えると、
    なんともいえない喪失感と、自分へのがっかり感が押し寄せる。
    本当はもっと有意義に過ごしたかった。
    家族と話したり、本を読んだり、自分のために何かをしたかった。
    なのに、なんでこんなに「何もしてない時間」ばかりになってしまうんだろう。

    でも、最近少し思う。
    もしかしたら、時間が溶けること自体が悪いことではないのかもしれない。
    氷が水に形を変えるように、
    溶けた時間も、心の奥にしみ込んで、何かをやわらかくしてくれているのかもしれない。

    頭を空っぽにしてぼんやりする時間があるから、
    そのあと新しいアイデアが浮かぶこともあるし、
    誰かの言葉に素直に共感できる瞬間も生まれる。
    そう考えると、「無駄だった」と切り捨ててきた時間にも、
    ちゃんと意味があったのかもしれないと思える。

    ただ、やっぱり次に時間が溶けそうになったら、
    「今、この時間をどう使いたい?」と自分に問いかけてみたい。
    命の一部をどう溶かすかは、自分で選べるから。

     
     
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