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【エッセイ】自分の気持ちの居場所

    昔は、今日の嬉しかったこと、誰かとした会話、趣味の話、そんな些細なことも誰かと共有したいと思っていた。

    「彼がアイスを買ってきてくれたの」
    そう言うと、「あなたはアイスが嫌いなのに?好みも考えない彼なのね」と返ってきた。
    私を思い出して買ってきてくれたことが嬉しかっただけなのに。

    「俳優のあの人が出てる映画を観たの」と言うと、「俺あの俳優嫌いなんだよね」と返ってきた。映画の感想は言わないでおいた。凄く面白かったのに。

    私の気持ちって、誰がそのまま受け取ってくれるのだろう。自分の欲しい言葉が返ってくるとは限らない。そう思うと、少しずつ話す内容を選ぶようになった。

    相手の好みを先に考えた。相手が好きそうな話題を振るようになった。褒めて欲しそうな人は褒めた。本当は知っていることも、知らないフリをした。その方が上手く会話が進んだ。受け取ってもらえなくて、傷つくこともない。

    でも、それを続けているうちに、自分の気持ちが分からなくなった。買い物でさえ、自分の好きなものを選んでいるか分からなくなった。誰かに薦められただけじゃないだろうか。自分で選んでいるつもりだったのに。

    合わせるために飲んだお酒は、本当に美味しかっただろうか。面白いと言って笑った会話は、本当に面白かっただろうか。

    心から「面白い」と笑ったのはいつが最後だろう。本当に好きなものってなんだろう。誰かの好みじゃない、自分が好きだと思うもの。きっとあったはずなのに、どこかへ置いてきてしまった。

    それに気づいたら、もう一度自分の気持ちを探したくなった。

    そのために一人の時間を選んだ。一人で映画を観て、本を読んで、誰にも感想は言わない。SNSで調べたりもしない。とっておきの美味しいお店は一人で行った。

    彼が私の好きなピンクのハンカチを買ってくれたことも、もう誰にも話さない。話さなくても嬉しい気持ちは、あの日と何も変わらない。

    まだ誰かと話すときは、相手の好みを先に考えてしまう。面白いと思って笑っているのかも、まだ分からない。

    それでも、大事な気持ちだけは自分で受け取ってあげよう。誰にも受け取ってもらえなくても。そう思うようになってから、少しだけ好きなものが増えた気がする。

    #創作大賞2026
    #エッセイ部門

     
     
    風俗嬢をしています。 だいたい誰かの都合で生きてきました。 それでも幸せになれるかの記録です。 記録日記と、たまに余談を書きます。

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