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短編IMAGINESSEY|おかえり初恋

    はじめに|境界

    これは、私が高校時代に犯した罪の物語。
    あくまでも個人的な過去の振り返りに過ぎない。
    謝罪の意を示したものでも、
    自分の罪を美化するものでもない。
    過去と今を未来へ繋げていくためのNarrativeである。



    序章|鎖

    アイツの第一印象は最悪だった。
    当時のことを思い出すと今でも腸が煮えくり返る。
    でも、何故か少し胸が締め付けられた。
    あの痛みは漂い続ける。
    曖昧な未解決の出来事として─────。





    出会いは高校一年の春だった。
    お互い同じ学校へ進学した新入生の一人。
    そんな二人は一年にも満たない接点を持った後に、突然の別れを告げる。
    挨拶もなく心に大きな穴をあけて去っていったアイツを追い詰めたのは…
    多分、私。
    「ごめんね」の一言では到底片付けることのできない傷。
    当時はまだ自分自身を受け入れられるほど強くもない。
    向き合うのが怖かった。

    直視するのも憚られるほどの膨らみ続ける闇。
    そんな過去へ、ニ十三年後の私は踏み込んでみることにした。
    闇の入り口で当時の私が未だに後悔を背負っている。
    その後ろ姿があまりにも苦しく見えたから。

     取り返しのつかないことをしちゃった。
     でも連絡先も知らない。
     会った所で、私の顔も見たくないかもしれない。

    闇の内側で渦巻く自分よがりな醜い感情。
    嫌な過去と向き合うのは────もう、うんざり。
    それでも一人で行くと決めた。
    私の涙を止められるのは私しかいないことを知っていたから。


    第一章|闇の穴

    常に周りを見て、その場の空気に合った対応をする。
    自分は一生懸命みんなのために頑張ってると思ってた。
    その頑張りが思った通りに伝わった試しはない。
    考えていることと行動が結びつかない。
    心も身体もちぐはぐな思春期だった。
    そして、そのままの私で高校へと進学する。
    今までと同じような失敗は繰り返したくない。
    心機一転を図りたかった。
    それなのに────
    その計画はあっという間に白紙に戻されることとなる。

    私とアイツは同じクラスだった。
    同じ教室で一年を共にするただのクラスメイト。
    そのはずだった。
    計画が崩れ始めたのは入学初日。
    入学式の予行練習をしている時。
    ふざけ合っている生徒の喋り声が辺りに響いていた。
    喋り声は近くに居た私の耳にも届いた。
    他のクラスメイトは聴こえているだろうに知らん顔。

     ────なんで静かに並んでられないんだよ。

    急にイライラし出した。
    傍観者でいる周囲にも腹が立った。
    「ねぇ、静かにしなよ。」
    勢い余って注意する。
    すると投げつけた苛立ちがそっくりそのまま自分へ返ってきた。
    「はぁ!? うるせぇんだよ。」
    私へ向けられた怒りの表情。
    隣にいた生徒の面倒臭そうな態度。
    若干凍りつく辺りの空気。
    ────あ、私またやっちゃったんだ。
    気づくのはいつも結末を迎えた後。
    でも正しいことをしたはずなのになんで?
    答えを教えてくれる人はいない。
    周囲は決まって気まずい表情で私を見守るだけだった。
    生まれ変わった私で高校生活を送りたかったのに。
    アイツのせいだ。そう思った。


    第二章|不快で、曖昧なもの。

    最悪な出会いを遂げ、私だって少しは学ぶ。
    可能な限りアイツと距離をとって過ごすことにした。
    思い描いた高校生活にはほど遠くとも少しでも理想に近づけたら。
    そんな思いで過ごす一方で、あちらは挑戦的な態度で責めてきた。
    すれ違う度に眉間に皺を寄せ私を睨みつけたのだ。
    会話を交わせば苛立ち、言葉遣いも荒れる。
    入学早々あんなことをしたばっかりに。
    後悔ってこういうことか、と思った。
    目が合う度に売られる喧嘩を躱す日々が続いた。

    最悪な日々に追い討ちをかける出来事は続く。
    犬猿の仲だった私たちは、ある日の席替えで隣り同士になった。
    左側から漂ってくる圧が「関わるまい」との決心を揺るがした。
    喧嘩するほど仲が良いなんて嘘だ。
    アイツに一言何か言われるだけで腹が立つ。
    諺も万能ではないことを思い知った。
    唯一の救いは、仲のいい友達が右隣の席だったこと。
    なるべく左を見ないようにして過ごした。
    ただ、隣の席というだけあってアイツとの絡みを完全には避けられない。
    休憩時間に喧嘩腰で文句を言われてはキレていた。
    授業中もちょっかいを出してくる。
    殴る振り。
    頭を叩いて知らんぷり。
    名前を呼んでも知らんぷり。
    ことあるごとに繰り広げられるおちょくりに嫌気がさしていた。
    溜まっていく不満や苛立ちは右側の友達が聞いてくれる。
    「また頭叩かれたんだけど。マジでむかつく!」
    尽きない文句を笑って流してくれる。
    それが有り難かった。

    あの日もいつものように文句を言っていたら、右側の友達が口を開いた。
    「アイツ、絶対じあんのこと好きだって!」
    藪から棒に何を言ってるんだろう?
    理解が追いつかなかった。
    これまで育ててきた好きの概念と余りにも違い過ぎる。
    私は真っ向から否定した。
    これが好きという感情ならば教えて欲しかった。
    どうして私はこんなにも苛立ちを覚えるのかを。


    第三章|共鳴

    はっきりとした答えのないまま日常は過ぎていった。
    アイツからの嫌がらせも相変わらず続いた。
    ────私のことが好きならこんなにムカつくはずがない。
    その思いに一点の曇りもなかった。

    苛立ちがピークに達すると、その不満を別の男子にぶちまけていた。
    アイツと同じ部活に所属しているクラスメイトだった。
    「アイツのせいで本当にイライラするの。どうにかしてくれない?」
    私はこんなに嫌な思いをしてるんだ。
    アイツも同じ気持ちを味わうべきだ。
    そう思ってしまった。
    話を聞いた男子は
    「マジで? わかった。ちょっと締めとくわ。」
    と言ってニコリと微笑んだ。
    私は何も考えず、任せろと言った男子の言葉を鵜呑みにしてしまった。
    その言葉にどんな意味が含まれていたのか?
    自分の行いがどんな未来を招くのか?
    何も解っていなかったのに────。

    後日、アイツが頬に湿布を貼って登校してきた。
    どうしたのかと尋ねても
    「うるせぇな。関係ねぇだろ。」
    と言うだけで怪我の理由は分からなかった。
    いつもの態度と大差なく、私もそこまで深く考えてはいなかった。

    暫くしてアイツは学校へ来なくなった。
    人を揶揄うくらい元気な奴が居ない教室はどこか落ち着かなかった。
    どうしてこんなに欠席が続いているのか?
    理由が明かされたのは次の席替えが済んだ後のこと。
    「えー、上湊かみなと君は本校を退学されました。」
    担任からの知らせだった。
    私は動揺を必死で隠した。

     アイツのことなんて何とも思ってない。
     居なくなってせいせいするくらいだ。

    平気なフリをして、ぽっかり空いた心の穴を塞ごうとした。
    突然の退学ということもあって誰もが口を噤んだ。
    触れてはいけない出来事は時間と共に薄れてゆく。
    一般的には。
    けれど、アイツとの時間はいつまでも心の底に沈殿したままだった。

    アイツが学校を辞めて地元へ帰った理由を皆が噂した。
    その中の一人の話によると
    「なんか部活の同級生からリンチされたらしいよ。」
    とのこと。
    点と点が一本の線に繋がった瞬間だった。
    ずっと引っ掛かっていた。
    どうして頬に湿布を貼っていたのか。
    なんで学校を辞めたのか。
    そうだ、私が言ったんだ。
    アイツをどうにかしてって。
    それが現実になってしまっただけだったんだ。
    ────全部、私のせいだったんだ…
    自分を責めた。
    けれどそんなことをした所でアイツはもう戻ってこない。

    あれからニ十三年後、私は当時のことを思い返すことになる。
    これまでに抱えてきたトラウマと向き合う為の治療の中で。
    キッカケはふとした疑問だった。
    あの時の私は誰かに好意を向けられることが苦手だった。
    無意識に避けていた気がする。
    私へ向けられた好きが気持ち悪く感じられて、どうにも駄目だった。
    それなのにアイツの好きにはそれがなかった。
    仮説だったにしても例外過ぎた。
    どうしてなんだろう?
    私は急浮上した疑問を明らかにしたくなった。

     その先にどんな感情が渦巻いていたとしても、当時の自分を知りたい。

    なんて都合のいい言い訳を並べて。
    結局はあの時の後悔を忘れられないだけなのに。


    第四章|リフレクト

    トラウマ治療は、私を虐待してきた母親と対峙した後も続いた。
    目を閉じて、浮かんでくるイメージに働きかける。
    私の治療はそんなものだった。

    私は母親との対峙がゴールだと思っていた。
    これ以上何と向き合う必要があるんだろう?
    半信半疑で目を閉じると、真っ暗な闇の中佇む制服姿の私を見つけた。
    高校の時の制服だ。
    こちらに背を向けている。
    あそこには振り返りたくない過去が幾つもあった。
    アイツとの過去も勿論含まれている。
    だけど治療ではこうした過去と一つずつ向き合わなくてはならない。
    未解決のイメージが動き出すのをじっ待った。
    この時一番に目に留まったのがアイツとの出来事だった。
    蒸し返していいのかどうかも良く分からない。
    でも解決したい疑問もある。
    覚悟を決めて当時の自分の背中を見つめた。

    当時の私はずっと向こうを向いたまま、喋る気配はない。
    イメージが動かない時はとにかくそこに居て見つめる。
    そう教わってきた。
    見つめる内に、苦しそうな背中越しに当時の自分の感情が垣間見えた。
    心と行動が一致しない私の苦しみを理解してくれる人は居ない。
    アイツとのことも誰にも話せなかった。
    ────けっこう辛かったなぁ。
    心で呟いた途端、当時の苦しみの正体がハッキリと姿を見せた。
    あの時、私自身でさえも私のことを理解してあげられなかった。
    理解できない自分を嫌って地下へ埋めて、なかったものにしようとした。
    そっか。それが苦しかったんだ。
    ニ十三年越しに当時の感情をようやっと受け止めることができた。
    途轍もなく空虚な。
    それでいて何処か重みのある名前のない感情。
    「あの時は辛かったね。」
    イメージの中で涙を零しながら当時の私に話しかけた。
    すると彼女は闇の向こうを指さして、こんな言葉を返したのだ。
    『この先の闇はこんなもんじゃないよ。』
    彼女が見つめる闇に小さな穴が空き始め、徐々に大きく広がっていく。
    ひゅーひゅーと吹く風が勢いを増して嵐となった。
    風で吹き飛ばされないように彼女の肩をしっかり掴んだ。

     だいじょうぶ。私が守るからね。

    心でそう呟きながら両足を地につけてしっかりと立った。
    そうして次のワークで、闇の穴の中へ入って行くことになるのだった。


    第五章|ミラーリング

    苦しみを抱えたままの彼女を連れて行く訳にはいかない。
    「ここから先は一人で行ってくる。だからここで待ってて。」
    そう伝えて、私は一人闇の穴の中へと入って行った。

    闇の穴の中は時間の流れが穏やかだった。
    果てしなく続く闇。
    真っ白な道が木の根のように枝分かれしている。
    そして道を挟むように思い出の球体が並んでいた。
    悲しいことに、その殆どが木炭のような暗い色をしていた。

    その中の一つに手を触れ、思い出の中のアイツを探した。
    会えないかもしれない。
    でも、もし会えたら伝えたい言葉がある。
    イメージの中でも目を閉じ集中した。
    暫くして聞こえてきたのは波の引いては寄せる音。
    私はいつの間にか防波堤に居た。
    見たことのない景色だ。
    自分が今居る場面を見回すと、遠くの方に誰か居る。
    急いで駆け寄った。
    アイツが突然姿を消してからニ十三年も経ってる。
    あれから一度も会っていない。
    不安を抱えたまま近寄ると、当時のままのアイツがそこに居た。
    「上湊かみなと。久し振り。」
    私に気づき、当時と同じ面倒臭そうな顔をした。
    何でお前がここにいるんだよ、とでも言いたげだった。
    「実はさ、ずっと謝りたいことがあったんだ。聞きたくないかもしれないけど話してもいい?」
    アイツは顔を逸らしたまま何も返事をしない。
    勝手にしろってことだと受け取って話を続けた。
    「あの時、私のせいであんたが学校辞めることになったんだよね? 詳しい事情も知らないで余計なこと言ってあんたを苦しめたよね。ごめん。」
    どんな言葉でも受け止める覚悟はできていた。
    それなのに、アイツは私に怒りをぶつけたりはしなかった。
    「別に関係ねぇし。」
    素っ気ない一言が、余計に当時のことを思い出させる。
    近況を訊ねる私に「何とか生きてる」と教えてくれた。
    胸を撫でおろした。
    生きていてくれてよかったと思った。
    そこからほんの少し会話を交わす。
    「話聞いてくれてありがと。」
    「別にお前のためじゃねぇっつってんだろ。」
    あの頃の私たちだったら、ここでただの言い合いになっていた。
    そしてずっと苛立ちを抱えたままだっただろう。
    でも今の私たちは違う。
    「そういう所も相変わらずだね。」
    私の言葉にいちいちイラついて顔を背けるアイツの態度すら懐かしかった。
    「じゃあな、もう行けよ。」
    アイツのその一言で意識が引き戻されてゆく。
    もっと話していたかった。折角会えたのに。
    「またね!」
    別れを惜しむ私を、アイツは鼻で笑ってこう言った。
    「もう来んなよ!」
    私は知ってる。
    アイツがああやって笑うのは大概が嬉しい時だってことを。

    いつの間にか私は闇の穴の入口に戻って来ていた。
    約束通り待ってくれていた当時の私に歩み寄り
    「アイツに会ってきたよ。」
    そう告げた。
    彼女は不安そうに様子を訊ねてきた。
    当時のまま変わらなかった。
    うるせぇって怒ってた。
    そう、ありのままを伝えると
    『そっか。』
    ほんの少しホッとしたようだった。

    自分自身でも気づいていなかった当時の想い。
    それは誰にも見つけてもらえずに、心の底をずっと漂っていた。

    今まで気づかなくてごめんね。
    もう出てきて大丈夫だよ。
    思う存分泳ぎ回っていいんだよ。


    第六章|根付いた種

    アイツとの過去と向き合った後も治療を続けた。
    嫌ってほど惨めさに晒されて、それでも何とか終結を迎える。
    あれから三年。気づけば時は過ぎていた。
    世間的に見れば私もオバサンだ。
    若かった頃は気にならなかった肌のお手入れにも気を遣う。
    実年齢に見えないように服装も意識した。

    治療の中でのアイツとのやり取りは単なる想像イメージ。
    現実はもっと過酷で残忍だ。
    正解や不正解。正義と悪。目に見えるものと見えないもの。
    そんな線を引いて簡単に要らないものを切り捨てる。
    ほんと残酷。
    ずっと、そう思っていた。

    ────いや。
    今でも思う時はある。
    でもだからと言って私が見た想像イメージが消える訳じゃなかった。
    何度も通ってきた人生の分かれ道。
    それぞれの分岐点で私が選んできたのは…?
    時折、自分自身に問いかけてみたりして。
    誰かの心に癒えない傷を残したかもしれない。
    だけど真実を知っている人が居るのかもわからない。
    後悔も、苛立ちも、何もかも。
    その全てが私を創ってる気がするから。



    ふと二年前の家族旅行を思い出した。
    行き先は、アイツの生まれ故郷。
    桜が街中を彩る季節だった。
    初めて歩く大通りや神社、商店街。
    もしかしたらアイツもここを訪れたかもしれない。
    そう思いながら見る景色は、花曇りの空ですら映えていた。

    そう言えば、市内を散策していて思ったことがあった。
    アイツの地元で海の気配は感じなかった。
    それなのにあの時どうして波の音が聞こえたのだろう。
    問いを立てても答えは見つからない。
    まぁ、その曖昧さが私とアイツらしくもあった。

     サァァァ───────────────────

    街を通り抜ける風が耳元で音を立て髪を巻き上げる。
    その行方を記すように、薄ピンクの点々が空を舞った。


     ザザ─────────────ァァ



     サ───────────────────

     ザァァァ────・・・・


    さざなむ風が深層の水面を波立たせ、想像イメージの花弁を落として行く。
    あの教室で当時のままふざけ合う、私とアイツ。
    空っぽだった左隣を苛立ちではない何かが埋め尽くした気がした。

     
     
    〈メンタル心理カウンセラー〉 複雑性PTSD、トラウマ治療経験あり✳︎ 主体性を育むための“心の土台づくり”をサポートする「心のジオラマづくり」、その他事業拡大中✴︎ 今を見つめる「小さな心の観測所」アプリ近日公開🔭

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